第31章「ビートの海を泳げ」
放課後、ことねは誰よりも先に音楽室へと駆け込んだ。
手には、昨日書き上げたばかりのリリックノート。
胸の中は、妙な焦りとざわめきでいっぱいだった。
(……負けたわけじゃない。でも、あのレナって子……)
MIЯRORとのステージから数日。
ことねの中に残ったのは、勝敗でも称賛でもない。
──“足りなさ”だった。
「もっと……深く、泳ぎたい」
パタン、とドアが開く。
「ことね、早ぇ~ってば!」
彩葉がギターケースを背負って入ってくる。
「まだ放課後なったばっかじゃん。やる気じゃん?」
「……うん、ちょっとね」
芽依も続いてやってきて、無言でPCと機材を広げはじめた。
「芽依、今日はどんなビートくる?」
「BPM90。ゆるめのBoom Bap。でも裏拍強めにしてる」
淡々と答える芽依の手元から、ビートが流れ出す。
──タッ、タタ、タッ、タタ……
ことねの心臓が、それに合わせて跳ねた。
「乗れるか試してみて」
芽依の言葉に、ことねはうなずいた。
🎤ことねの即興Verse(リリック):
『なにもない部屋のなか
誰もいない私の声が
壁に跳ね返りながら
だんだん 音になっていく』
『泳げないまま 飛び込んだ
深くて怖い この“ビートの海”
でも 不思議と 溺れなかった
音が 私を 支えてくれた』
『Silent Riotって 名前がある
でも これは“静寂の叫び”じゃない
表現の波に 揺られてるだけ
自分の声で 漕いでるだけ』
彩葉のギターが後ろで優しく鳴る。
芽依のスクラッチがビートを切り裂く。
ことねの声は、確かに“泳いでいた”。
(……これだ。自分の“音”を、前に進ませるって感覚)
練習後。
3人は町田のマックでミルクシェーキをすすっていた。
「今のラップ、良かったね」
彩葉が微笑んだ。
「うん……泳いでるみたいだった」
ことねが笑い返す。
芽依はストローをくるくる回しながら、ぽつりと言った。
「ラップってさ、泳ぎと似てる。
呼吸の仕方がわかれば、どこまででも行ける」
その言葉に、ことねの目がひらいた。
(そうだ。ラップは“戦い”じゃない。泳ぎだ。表現だ)
📍その頃、町田駅前のベンチ
「“泳ぐ”ねえ……いい比喩じゃんか」
猫丸が煙草をふかしながら呟く。
「音楽ってのはな、風でもあり、水でもある。
……でも溺れたら、おしまいだけどな」
隣でべすが「ワン」と一鳴きし、
そのまた隣でみのたがぽけーっと空を見上げていた。
「大丈夫じゃない? あの子たち、まだ岸も見てないもん」
「そういうのを“危うい”って言うんだがな」
猫丸は笑いながら、コーヒーを一口すすった。
Silent Riot、次なるビートへ。
泳ぎながら、彼女たちは“声”を伸ばしていく。
そして──
その遥か向こうで、“あの人”が目を細めていた。
🕶️その姿はまだ描かれない。
だが──“神ラッパー”が動き出していた。
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