第29章「ラップユニット『MIЯROR』」

ことねは、駅前の広場に立っていた。

柔らかい春風が、制服のスカートをふわりと揺らす。

耳には、もらったばかりの紫のヘッドホン。

そこから流れてくるのは、自分たちの新曲のデモ。


ふと、足元のペットボトルが転がった。

拾おうとしたとき、すぐ目の前で手が伸びた。


「……あ、ごめん。これ、あたしの」


振り向いた先にいたのは、見慣れない制服の女子。

ピンク系のカーディガンに、スカートは短め。

表情はきつめ、だけど目はよく光っていた。


「もしかして……Silent Riotの“ことね”?」


突然の名指しに、ことねは少し後ずさる。


「え……えっと、なんで知って……」


「ネットでMV見たよ。“疾走リズム”、よかった」

そう言って、彼女は微笑んだ。だけど、ただのファンの笑顔じゃない。

挑戦者の、それだった。


その夜。町田市民会館・地下の合同練習スタジオ。


「おっそーい、ことね!」

彩葉が両手を腰に当てて怒る。

芽依はPCをいじりながらチラとだけ視線を寄こす。


「ごめん……なんか、声かけられちゃって」


ことねは玄関に入るなり、さっきの少女との会話を話した。

名前は水瀬レナ。

そして彼女は、新しく結成されたラップユニット──


『MIЯROR(ミラー)』のフロントMCだという。


「しかも、来週のステージに出るって。対バン形式で」


「マジで!? つまり……バチバチじゃん!!」

彩葉はむしろ目を輝かせた。


「どんなユニットなんだろう……?」

ことねは不安よりも、少し興奮している自分に気づいた。


📍その頃・MIЯROR側のスタジオ


ミラーのメンバーは二人組。

水瀬レナ(MC)と、DJ兼プロデューサーの沙羅(さら)。


ミラーの楽曲は、スタイリッシュなエレクトロトラックに、

毒を含んだ鋭利なリリックが乗る。


レナのスタンスは明確だった。


「ことねって子、たぶん“言葉の人”だ。

でも、私たちは“鏡”。

あの子に、自分の“影”を見せてあげようよ」


沙羅は何も言わず、PC画面を睨みつけた。

トラックをいじる指先だけが、静かに火花を散らしていた。


📍夜の町田駅前


猫丸は、コーヒー片手にベンチに座っていた。

隣には、黒ラブのベス。


「なぁ、ベス。音楽ってのはな、“対話”なんだよ」


べすは返事の代わりに、大きなあくびをした。


「この街にも、音が集まってきた。ことばが交わる。

 ……さて、次に火花を散らすのは、誰かな?」


背後からふと、柔らかい声がした。


「“音の対話”って素敵だねー。でも、誰にも届かなきゃ意味ないじゃん」


振り返れば、星野みのた。

今日も年齢不詳のゆるい笑顔。


「てきとーだな、みのた」


「うん、てきとーに喋ってるだけ~」


猫丸は笑い、立ち上がった。


「……ことね、次の“言葉”が試されるぞ」


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