第26章「放課後、それぞれの帰り道」

放課後の町田総合高校、7月の夕日が校舎を橙に染める頃。

静かな教室に、残っていたのはSilent Riotの三人だった。


ことねは、窓際でリリックノートを開いたまま、じっと夕空を見ていた。

隣では芽依がスマホでトラックの構成をチェックしており、彩葉は椅子に座って鼻歌を口ずさんでいる。


「……ねぇ、次の曲さ。ちょっと回想っぽくしてみない?」

彩葉がふいに言う。


「回想?」ことねが振り返る。


「うん。ことねと、あたしの昔話。あんた、あたしがいなかったら中学で死んでたって言ってたでしょ?」


「やめてよ……」ことねは少し照れたように視線を落とした。


「いいじゃん。ラップってさ、ただのかっこいい言葉並べるんじゃなくて、本当の気持ち吐き出す場所でしょ?」


その言葉に、芽依がふっと顔を上げた。「……あたし、それ聴いてみたい。二人の“原点”みたいな曲」


しばらく沈黙が落ちる。

夕日が窓から差し込み、ことねのノートに陰影を描く。


「……じゃあ、書く。あの時のこと、あたしなりの言葉で」


🌀数日後──町田駅前・Silent Riot定例ミーティング

「で、その“原点”ソングのタイトル、何にすんの?」芽依が尋ねる。


ことねはノートを開いて、ページの端に書いた言葉を見せた。


『こえ、こどく』


彩葉がその文字を読み、微かに笑った。「らしいね、あんたらしくて」


📍その頃──町田駅前、サイゼリヤのテラス席

猫丸がアイスコーヒーを飲みながら、膝の上の愛犬べすをなでていた。

隣ではみのたが、のんびりスパゲティをつついている。


「……あの子たち、声が変わってきたねぇ」

みのたがぽつりと言う。


「音に、芯が出てきたな。過去を吐くってのは、強くなるってことだ」

猫丸が言った。


「ふーん。……べす、ダメ。顔なめに行こうとしない。リード引っ張るよ」

「ワンッ!」


「Silent Riot最高……特にことねちゃん……今日も町田の空気がうまい……」

いつものように、忠生方面へニヤニヤ歩いていくフリーター。


夜。帰宅後の部屋、ことねはひとり、リリックノートを開いていた。

静かな部屋に、彼女の声が響く。


『こえ、こどく』


わたしは だれかに きいてほしかった

なにかに なりたかったんじゃない

ただ ここにいるってことを

ことばで 証明したかった


いろはがいて、よかった

いろはの声が、わたしの灯だった


わたしの声が

だれかの ひかりに

なれるだろうか


そして、彼女はペンを走らせる。

その言葉が──ラップとして形になる日が、近づいていた。


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