第21章「それぞれのリリック」

町田市立総合高校。

放課後の視聴覚室は、使い古されたスピーカーからローファイなビートが流れていた。


「ことね、これ。……次の曲のトラック案」

芽依がヘッドホンをことねに渡す。


「また、全然ちがうね……」

ことねは、静かにトラックに耳を傾ける。

ビートは重く、でもどこか優しかった。

水底のような静けさと、波のようなリズムが交互に胸に触れてきた。


「これ……彩葉に向けたやつ?」


「……うん」

芽依はうつむいたまま、言葉を吐き出すように続けた。


「彩葉はさ、ずっとことねのそばにいたでしょ? でも……あたし、いつも遠くで見てただけだった」


その頃、彩葉はひとり、駅ビルの屋上にいた。


風が髪を揺らし、手元のスマホには――

「Silent Riot次回作 “Runlight” がネットで注目急上昇」の記事が。


「……そっか。知らない人が、ことねの言葉に救われてる」

少しだけ寂しさを感じた自分に、彩葉は気づいていた。


「でも、それでいい。ことねは……やっと“音の人”になれたんだもん」


ポケットの中の小さなメモ帳には、まだ誰にも見せてない“彩葉のリリック”があった。


📍数日後・練習スタジオ

「今回は、それぞれのVerse、持ち寄ろう」

ことねがそう提案したのは、咲良レイとの対決から数日後だった。


「……自分の言葉で、自分のままで。わたしたち、それやってなかったかも」

彩葉がうなずき、芽依は静かにスクラッチを刻み始める。


Silent Riotは、初めて“ひとりひとり”として楽曲に向かい合うことになる。


🎤ことねのVerse(未完成ラップ・ノートより)


『誰かを照らす 光じゃなくて

 ただ自分を 見つけるための灯り』


『叫ぶよりも そっと響く声で

 このリリックに 自分を刻みたい』


🎤彩葉のVerse(未発表・リリックメモ)


『陽キャなんて 誰が決めたの?

 ほんとは怖がりで 泣き虫なんだよ』


『でも、あなたが前を向くから

 わたしは 笑って背中を押せるの』


🎤芽依のVerse(ビートだけのセッション)


→ ラップはしない。ただ音で感情を語る

→ 静かに、でも確かに、三人の中で“芽依の言葉”が響き始めていた


三人が無言でメニューを見ている。


「……なあ」芽依がふと呟いた。


「次のライブ、テーマ決めようよ。自分たちの“原点”ってことで」


ことねと彩葉が目を合わせる。

そのとき、窓の外を駆けていく制服姿の少女が一人。

風に揺れるポニーテール――それは、一ノ瀬響だった。


「……あの子、なんか……音の匂いするね」ことねが呟く。


「じゃあ、いつか交差するかもね。音の向こうで」彩葉が笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る