第17章「こわいまま、うたう」
――昼下がりの陽が、駅前ロータリーに斜めから差していた。
放課後の町田駅は、制服姿の群れとビートの残り香で満ちている。
ことねは、リュックの中のヘッドフォンに手をやりながら、
ひとりゆっくりと歩いていた。
昨夜のライブの“余熱”は、まだ手のひらに残っている気がする。
――けれど、それと同じくらい、“怖さ”も離れてはくれなかった。
わたしは、
走れた。
音になれた。
でも、それは一瞬だった。
ラップって、“勇気”が要る。
だから、わたしはまた怖い。
「……でも、それでも」
声に出したことねの言葉は、すぐに電車の騒音にかき消された。
ポケットから取り出したスマホには、フォロワーが1000人を超えた通知。
まるで、“知らない人たち”に囲まれているみたいで、
嬉しいよりも、胸がぎゅっとした。
カフェ「glowin’ beanz」の窓際、
彩葉と芽依が、すでに次の曲作りを進めていた。
「ことね、遅っそー」と彩葉が言うと、
ことねは照れくさそうに席に滑り込んだ。
「……ごめん。ちょっと、歩いてた」
「歩いてたって、どこまで?」芽依が訊いた。
「うーん……ちょっとだけ、怖かったの。いろいろ」
ふたりは顔を見合わせた後、
「だよねー」と笑った。
彩葉が机の上に置いたタブレットには、ことねのノートが読み込まれていた。
「……これ、使っていい?」彩葉が訊く。
「うん……。それ、昨日、書いたばかりの」
「じゃあ、曲にするよ。
“止まってても、進んでる”って曲。……音を止めないで、ことばを止めないやつ」
芽依がすっとスクラッチパッドを回し、
ラップ用のビートを試し始める。重く、遅く、でも芯のある音だった。
ことねは、一呼吸してマイクを握った。
🎤ことね Verse 1(ラップパート)
※ビート:Lo-Fi調 × 重めのBoom Bap
『こわいまま 立ってたまま
だけど今は 逃げないまま』
『言えない日々に 溜めたまま
音にしてく 痛みのなか』
『歩幅はまだ 揃わない
だけど仲間が そばにいた』
『涙がフックで 笑顔がサビ
わたしのRapは まだ途中旅』
言い終わったとき、
ふたりともなにも言わなかった。
ことねは一瞬、不安になったけど――
「……やばい」芽依がぽつり。
「泣きそうになった……ことね、それ、やばい」
彩葉の目も少し赤かった。
「……うん、よかった。止まってても、歌えるんだ」
ことねの言葉に、
ふたりの指が自然に、次のビートを刻み始めていた。
怖くても、いいんだ。
怖いままでも、声を出していいんだ。
誰かのためじゃなくて、自分のために。
わたしは、歌う。
ことばで、ラップで、静かな暴動を。
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