第五章「Hookを掴め!」

「ラップって、歌じゃない。そう思ってたけど――」


 放課後の教室、イヤホンを外しながら、ことねは呟いた。

 スマホには、芽依が提供してくれたビートの新ver。

 疾走感がありつつも、どこか“余白”がある不思議なトラックだった。


 その“空白”に――「声」がほしかった。


「そう!そこ、そこなんだよね!」


 隣で彩葉が机をバンバン叩く。


「サビって、“歌”でもいいの!むしろ耳に残るフックが大事なの!

 そこにラップ乗せれば、曲になる!」


「……サビ。フック」


 ことねは呟いて、自分の胸に手を当てた。


「Silent Riotの、声。私たちにしかできない“歌”。」


 その夜、ことねの部屋。


 ノートに何度も書いては消したフレーズが、やっと形になってきた。


🎤「Silent Riot――声になれ」

「この鼓動が導く方へ」

「閉ざされた心、ぶち破れ」

「16barsで今、羽ばたけ」


 書いた瞬間、ことねは鳥肌が立った。

 これは、**Hook(フック)**だ。

 誰のものでもない――自分たちの合言葉だった。


 次の日、3人は町田市民文化センターの空きスタジオで練習。


 芽依がMPCでビートを鳴らしながら、少し眉をひそめる。


「……悪くない。でも“らしさ”がまだ曖昧」


「らしさって、どうやって出すの?」


 ことねが聞くと、芽依は小さく首を振った。


「自分で見つけろ。それがラップ」


「ツンデレだなぁ芽依は〜」

 彩葉がニヤニヤしながら笑うと、芽依は顔を背けた。


「べ、別にアンタらのために言ってるんじゃ…」


 そのスタジオの外――

 なぜかビルの屋上で発声練習中の東雲りなが大声で叫んでいた。


「うぉぉぉおおっ!ディオラマに魂を入れ込むッ!」


 その背後、いつの間にか猫丸が拍手している。


「いい声だ。あの子、ラッパー転向いけるんじゃない?」


 何も知らず、りなは「おのれプレバン限定ィィィ!」と叫び続けていた。


 一方、図書館では――


 一ノ瀬響が、オカルト本の隣にあった「音楽と脳波の共鳴理論」を読みながら、静かに目を閉じる。


「……この“周波数”、町田に集まってる」


 響の耳には、誰にも聞こえない“揺れ”が確かに届いていた。


 そして夕方。駅前の広場。


 Silent Riotの3人は、ついに「初のHook」録音を始めた。


🎤KOTONE(Hook)

「Silent Riot――声になれ」

「この鼓動が導く方へ」

「閉ざされた心、ぶち破れ」

「16barsで今、羽ばたけ」


🎤YUIRO(ラップ)

「Yo!彩葉参上、言葉の舞踏会」

「震える鼓動が次のstepを開くmy way」

「ラブでもラフでもなくてリアルなride」

「いま声を持った、Silent Riot!」


🎤MAZY(ビート刻みながら)

「……(無言でMPCのキックに合わせてコーラス音追加)」


「……できた……!」

 ことねが涙ぐみながら、波形を保存する。


 芽依は無言のまま、親指を立てた。


「よっしゃー!!これ、めっちゃバズる未来見えた!!」

 彩葉がガッツポーズしながらジャンプする。


 その頃、少し離れた電柱の影から、郷原ゆいがひょこっと顔を出していた。


 アカツキのキット袋を抱えて、イヤホンを外しながらぼそり。


 「……あの子たち、ちょっと面白いかもね」


 ビートは、確かに町田に響いていた。

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