第四章「フリースタイルは、怖くない?」

「じゃあ、やってみよっか」


 放課後の忠生公園、ベンチの前のちょっとしたスペース。

 落ち葉の積もったその“即席ステージ”で、ことねは立ち尽くしていた。


「い、今ここで……?」


「そう、今ここで!」

 結城彩葉は笑顔全開でビートをスマホから流す。


 「だって、これからライブとかやってくならさ、**フリースタイルくらいできなきゃ!**でしょ?」


 音が鳴る。軽快なBPM95、柔らかく跳ねるようなビート。


 ことねの心臓のビートは、それよりずっと速かった。


「……無理だよ、即興なんて。ちゃんと書いたのじゃないと…」

 ことねが目を伏せると、彩葉はぴょんと一歩踏み出してこう言った。


「じゃあ私が先にやる!見本!」


🎤「Yo!私は彩葉、ビビってたらダメだ」

「心は自由だぜ、隠すなよ影だ!」

「ラップは感じるもん、理屈じゃねぇんだ」

「KOTONEの声で町田が目ぇ覚ます番だ!」


「……ちょっ、うまっ!?てか、ラップやってたの?」


「ダンス部のとき、バトル司会で即興MCやってたからね〜!」


 彩葉はピースをキメた後、スマホのビート音を再生したままことねを指差す。


「さあ、KOTONE!いってみよー!」


 ことねは汗ばむ手で前髪をかきあげた。


 足元の落ち葉が、少しだけ風で舞う。


 その音に導かれるように――彼女の唇が開いた。


🎤「えっと、KOTONE、ひとりが得意」

「でも今日は違う、少し無理してる」

「声を出すのが怖かった日々」

「でも今は…今は……音に乗りたい」


 そこまで言って、ことねはパッと顔を上げた。


 「……あ、できた……?」


「できてるできてるっ!しかもちゃんとライム踏めてた!!」


 彩葉が拍手をして駆け寄る。


「すごいよ、ことね!!これ、もう完全にMCだよっ!!」


 そのとき、後方のベンチから静かな拍手が響いた。


 「……まぁまぁ」


 ショートカット、パーカー姿――柴田芽依が、例のごとく無言で現れていた。


「見てたの!?」

 彩葉がびっくりして聞くと、芽依はイヤホンを外して言った。


「即興は、テクニックより、心。

 出そうとして出ない言葉より、震えてても出た一音の方が、ずっと強い」


 ことねの胸に、その言葉が深く響いた。


 「……それ、レコーディングしたい」

 ことねが言うと、芽依はMPCを取り出し、ストレートに答えた。


 「じゃあ録る。次、スタジオじゃなくて、駅前」


 そして夜、町田駅前。


 駅前のビル風に吹かれながら、3人は交差点の端で録音開始。

 芽依がポータブルMPCでビートを刻み、彩葉がスマホで撮影、ことねが即興で踏む。


🎤「Silent Riot、始動の第一歩」

「踏み出すたびに増す鼓動が結果」

「誰かじゃなくて“私”のstyle」

「届ける場所は、ここ町田から!」


 ことねの声が、町田の喧騒に交じりながら、確かに響いた。


 撮影が終わり、3人がベンチに腰かけると――

 ふいに、ひとりの女子が前を通り過ぎた。


 金メッシュ入りポニテ、ギラッとした視線。

 買い物袋にHGアカツキをぶら下げた彼女は、つぶやく。


 「フリースタイルってムズくね……マジで……」


 そのまま駅ビルへと消えていった。


「今の子……なんか気になるな」

 ことねがつぶやくと、芽依が「あの子、よくラップバトルの観戦来てる」とぽつり。


 少し離れた場所では、スーツ姿の男がラーメン屋のテイクアウト袋を片手に腕組みしていた。


「おっ……悪くないな。町田の夜もまだ捨てたもんじゃない」


 猫の刺繍入り帽子――根津猫丸は、意味深に微笑むと、


「今夜のフリースタイル、★★★★☆ってとこかな……」


 とか呟きながら、なぜかラーメン替え玉券を風に乗せて飛ばしていった。


 それを拾ったのは、校門前で空を見上げていた少女。


 一ノ瀬響は、手にした券を見て首をかしげる。


「……町田の夜、なんかザワついてる」


 そんな中、Silent Riotは、

 町田の風景にひとつ、確かなビートを刻み始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る