第三章「Silent Riot、始動。」

「それじゃあ、正式にユニット名を――」


 放課後の教室、夕陽が差し込む中。

 姫咲ことねと結城彩葉が、黒板の前で並んで立っていた。


「Silent Riot(サイレント・ライオット)」


 二人の声が重なった瞬間、なんでもない普通の教室が、ほんの少しだけ輝いて見えた。

 誰もいない、だけど、確かに何かが始まった――そんな気配。


「……それにしても、この名前ほんとしっくり来るよね」

 彩葉が机に足を乗せ、ドリンクの紙パックをくるくる回す。


「静かな暴動って、ことねっぽいしさ。表では静かだけど、言葉でぶん殴ってくる感じ」


「……ぶん殴るって」ことねが困った顔で苦笑する。


「いやいや褒め言葉だから!ほら、もう“サイレント・キル”的な?」


「どっちにしろ怖いんだけど……」


 二人の会話が放課後の空気に溶けていく。

 ギャグのようで、本気のようで、今はそれが心地よかった。


「それで、音源ってどうやって作るの?」


 ことねがぽつりと聞くと、彩葉が腕を組んで「うーん」と唸った。


「さすがにプロスタジオは無理だし……スマホで録ってみる?」


「……でも、ビートがないと」


 そこで、ふたりの脳裏に浮かぶ――あの少女。


「あっ、思い出した!昨日の子!」


 彩葉が急に立ち上がった。「柴田芽依!まじで運命だよあの子!」


「……また会えるかな」


「探しに行こ!町田っていったら、あそこじゃん!」


 その日の夕方、ふたりは町田駅近くの**“忠生公園”**へと向かった。


 人もまばらな公園。ベンチには猫が3匹、日向ぼっこ中。

 そのベンチの隣で――


 「……またいた!」

 彩葉が指差す先、ベンチに腰かけてMPCをぽちぽち叩いてる少女。


 柴田芽依。


「えっと…こんにちは」

 ことねが声をかけると、芽依はチラッとだけ顔を上げた。


「……あんた、声、出せたの?」


 その言葉に、ことねは一瞬で顔を赤らめる。


「……昨日よりは、ちゃんと……」


 芽依はちょっとだけ口元を上げた。


「フン……じゃ、これ」


 そう言ってスマホを差し出す。


 そこには、ビート音源の共有リンクが表示されていた。


「自作。使ってもいいけど、ダサい歌詞つけたら即ブロックね」


 そう言い放ち、芽依はMPCをしまい、そそくさと公園を後にした。


「えっ、ちょ、ちょっと待って!」


 彩葉が追いかけようとした瞬間――


 「オイお嬢ちゃんたち!そこ、ネタの宝庫だぞ!」


 謎の声が後方から響く。


 二人が振り返ると、公園の売店の横でラーメン丼をかきこむ猫の刺繍入り帽子の男がいた。


「さっきのビート、骨太だったろ?ああいうのはな、流行りに流されない“芯”がある」


「……また出た猫丸さん」彩葉が目を細める。


「さっきまでサイゼいたじゃん!」ことねも思わずツッコむ。


「ふっ、ワシを見かけた時点で運命だと思いな」

 そう言ってどこからともなく取り出した紙を一枚ひらり。


「『M町ライブハウス月曜バトル開催!』……行ってみな。何か始まるかもよ?」


 猫丸はそれだけ言い残し、店のおばちゃんに「替え玉お願いねー!」と叫んで再びラーメンに没頭した。


「……やっぱ怪しいよね、あの人」


「でも言ってることはちょっと気になる」


 ことねは手にしたビートのリンクと、猫丸が渡してきたビラを見比べながら呟いた。


「……やってみたい」


 ことねの目が、静かに、でも確かに燃えていた。


 そのまま町田駅まで戻ると――


 「ん? りなさん? 柊木さん?」

 前から歩いてきた二人組がいた。


 黒髪ロングにキャンキャン服の東雲りなと、眼鏡に地味OLスーツの柊木まこと。


「あれ? 今の子たち……ラップしてた?」


「……ってかりな先輩、さっきのカバンにビルドガンダムMk-II入ってましたよね?」


「黙って。ロマンなの、これは」


 二人はすれ違いざまに軽く会釈し、駿河屋の袋をぶら下げて消えていった。


「……さっきの人、モデルっぽくなかった?」

 彩葉が小首をかしげる。


「うん、なんか……強そうな空気」


 ことねは意味もなく背筋を伸ばしていた。


 学校の帰り道。


 校門近くで、地面にしゃがみ込み、真剣な表情で何かを見つめる少女がいた。


 「地面……なんか揺れてる」


 制服の胸元には『町田市立総合』のバッジ。


 すれ違いざま、ことねと視線が合う。


「……君も、なにか感じてるの?」


 その言葉に、ことねは一瞬だけ言葉を失い、静かに首を横に振った。


「……ううん、まだ、わかんない」


 少女――一ノ瀬響は微笑んで立ち上がり、ポケットから「地震メモ」と書かれた手帳をしまい、立ち去った。


 その夜。


 ことねは芽依からもらったビートを再生しながら、スマホに向かって初めての“録音”に挑んでいた。


踏み出す勇気が怖かった日々

でも逃げたままじゃ rhyme が泣くし

無音(サイレンス)の中に息づく voice

これは私の、目覚めた choice


 録音ボタンが止まり、スマホの画面に波形が残る。


 “初トラック:Silent Riot_01”


 ことねはヘッドホンを外し、ゆっくりと微笑んだ。

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