巫女の初めての恋物語……
彼方夢(性別男)
第1話 天気の神に捧げられし巫女
その日、夜空を眺めていた。
流星群を見るために。
野原の上で仰向けに寝る。
今日はどうやら三十年ぶりにふたご座流星群が接近するらしい。
咲田彩音は片手を空に伸ばす。星が掴めそうでつかめない。
明日、彩音は巫女としての生涯が終わる。
どうやら半年以上雨が降っていないそうだ。
そこで雨の神に彩音は身体を捧げるため、巫女として死ぬのだ。
むくっと起き上がり、この近くの神社に向かう。
神社の境内に上がらせてもらい、流星群を待っていた。
明日、人生最後の日だと言うのにこの堕落しきっている彩音。何もかも諦めてしまっているからだろう。
巫女など、誰がやりたくてやるのだろうか。
神に対しての生贄。正直に言えば辛すぎる。生まれた時点で生贄候補になっていて殺されることを正当化されている。
こんな人生、辞めてしまいたい。
――ここから逃げることは出来るのだろうか。
死にたくないから逃げる。
親や村人から恨まれるかもしれない。だがそれでも彩音は生きたいのだ。
その考えをきっかけに村から逃げたのだった。流れ始めた流星群とともに。
夜更け。柴色と薄闇の空に見下ろされながらとぼとぼと歩く。
コンビニの青の電灯が光っているのが見えた。彩音は財布の金を数える。三二〇〇円。これなら何かしら買えるかもしれないが今日は我慢しようと思った。
ここは山形県の郊外。夜中は人通りが少なくて今歩いているのは彩音一人しかいない。
路肩に車が止まる。白いセダンだ。運転席から背広姿の男性が出てくる。そうして彩音の元へと近づいてくる。
「君、何歳?」
体に電流が走ったような衝撃を感じる。思わず尻もちをついた。恐怖心が彩音の心を席巻する。「大丈夫?」
「うっ……」
男はにんまりと笑う。
「怖がらないでいいよ」
「……で、でもっ」
膝がすれ切れ出血する。それを見た青年が痛々しい表情をする。
「大丈夫かい?」
「私は……大丈夫だから……近付かないで!」
後ろを向いて走ろうとしたがまたもや膝を滑らせてしまった。激痛から歯噛みする。
そうしたら肩を叩かれた。驚いた反応をしてしまう。
恐る恐る振り返ると男性は眉を顰めていた。
「君、家族は?」
「……どうしてそんなこと、気になるんですか?」
「それは……俺は刑事だからだよ」
「へっ、け、刑事さん?」
その男性は胸ポケットから警察手帳を取り出して見せてくれた。
「佐久間……彰人さん」
そしてもう一度男性が手帳を仕舞い、彩音を担いだ。
「怖がらせてしまって申し訳ない」
「もしかして、家に帰らせるんですか?」
彩音のことを車に乗せる。佐久間自身も運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
「……君はどうしたい? 家出少女」
佐久間はバックミラー越しに彩音を窺ってくる。
「私は……家には戻りたくありません」
「それはどうして?」
「私の家系、巫女なんです。ここのところ雨が降っていないじゃないですか。それで明日、私を生贄に捧げるつもりだったんです」
「山の麓の村の話しか?」
「はい」
「咲田神社の件か。あそこの問題は警察も注視していたんだ」
「そうなんですね……」
「なあ、俺の家に来るか?」
「えっ……」
「生憎、俺には家族はいない。養護施設への手続きを終えるまでの間だがな」
「は、はい」
「――一度交番に行こう。もしかしたら捜索願が出されているかもしれない」
交番で調書を取った後、彼の家へと向かう。
2
彼の家は1LDKだった。ところどころ女の気配もある。
窓際のソファに置かれているマイメロディのぬいぐるみ。
佐久間はいま、ベランダで煙草を吸っている。
テレビの電源を点けると明日の天気予報が流れている
どうやら明日も晴天らしい。
「明日も晴れるんだ」
ベランダから佐久間が出てくる。少しのメンソールの匂い。
「どうかしたのか?」
「いや……明日の天気の確認を」
「ふーん。最近はずっと晴れてばかりだからな」
彩音は少し俯いた。「すみません……」
「どうして君が謝るんだ」
「だって私のせいで……」
「……そんなの証明できないじゃないか。天気なんか神の気まぐれさ。そう楽観視していたらいいんだよ」
「そんなもの、ですかね……」
佐久間が微笑んだ。「ああ。そうだ」
そんな優しい言葉を投げかけてくれる佐久間に、なにか恩返しが出来ないかと考える。
「あの、なにかして欲しいことはありませんか?」
「……そうだな。確かになにもしないって言うのも居心地が悪いか。――料理は出来るか?」
「はい。人並に……」
「なら、人並みにやってくれ。俺はもう寝るよ」
ベッドに寝転がる佐久間。彩音もソファに横になった。
……誰かと一緒に寝るの。久しぶりかもしれない。
そうしたら安心して目蓋を閉じられた。
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