『俺達のグレートなキャンプ59 ギネス記録を狙え!世界一固いうどん作り』
海山純平
第59話 ギネスを狙え!世界一固いうどん作り
俺達のグレートなキャンプ59 ギネス記録を狙え!世界一固いうどん作り
朝霧が立ち込める奥多摩のキャンプ場に、野太い男の声が響き渡った。
「よっしゃあああああ!今回のキャンプもグレートに決めるぞー!」
石川が両腕を大きく振り上げ、まるで世界征服を宣言するかのような大げさなポーズを決める。朝の澄んだ空気を震わせるその声に、近くでコーヒーを淹れていた中年夫婦が驚いてカップを取り落としそうになった。
「石川さん、今日は何をやるんですか?」
千葉が目をキラキラと輝かせながら尋ねる。テントの設営を終えたばかりで、まだ手に汗をかいている。キャンプを始めて半年、石川の突飛なアイデアにすっかり魅了されてしまった新人キャンパーの表情は、まさに純真無垢な子供のようだった。
「それがな、千葉!」石川は懐からスマートフォンを取り出し、画面を二人に向ける。その手は興奮で小刻みに震えている。「今回は世界記録に挑戦する!」
「せ、世界記録?」富山が眉をひそめる。長年石川と付き合ってきた経験から、嫌な予感がむくむくと湧き上がってくる。「まさか、また変なこと考えてるんじゃ...」
「世界一固いうどん作りだ!」
静寂。
まるで時が止まったかのような沈黙が流れる。鳥のさえずりだけが響く朝のキャンプ場で、富山の表情が完全に凍り付いた。口をポカンと開けたまま、まばたきすら忘れている。
「え?」かすれた声でようやく発した富山の一言。
「世界一固いうどん!ギネス記録を狙うんだ!」石川は興奮冷めやらぬ様子で続ける。その目は狂気とも取れる輝きを放っている。「昨日ネットで調べたら、世界一固いうどんの記録ってまだ誰も挑戦してないんだよ!これは俺達がパイオニアになるチャンスだ!」
富山が恐る恐る聞く。「いや、それギネスに正式な項目あるの?」声は震えている。
「ないから自分達で作るんだ!グレートだろ?」石川がニヤリと笑う。その笑顔は悪魔のようだった。
「グレートって言うか、それもう料理じゃなくて工作でしょ...」富山が頭を抱える。
一方、千葉は既に完全にその気になっていた。拳を握りしめ、目を輝かせている。「すげー!世界記録!俺達が世界初の挑戦者になるんですね!」
「そうだ千葉!わかってるじゃないか!」石川と千葉は勢いよく握手を交わす。パンパンと音が響く力強い握手だった。
富山は深いため息をつく。「ちょっと待って、そもそも固いうどんってどうやって作るの?普通のうどんでも充分固くできるでしょ?」
「甘い!富山、そんなレベルじゃダメだ!」石川は人差し指を立てて宣言する。その指先は勢いよく空を突く。「俺達が目指すのは『食べ物なのに釘が打てるレベル』の固さだ!」
「それもう食べ物じゃない!」富山の絶叫が山にこだまする。
キャンプ場の東屋で、三人は作戦会議を開いていた。石川がホワイトボードを持参していたのは、もはや誰も驚かない。ギィィィという音とともにマーカーのキャップが外される。
「まず、普通のうどんの固さを分析しよう」石川がマーカーで図を描き始める。線は勢いよく、まるで画家が傑作を描くかのようだった。「通常のうどんは茹でて柔らかくして食べる。これを逆転の発想で考えるんだ」
千葉が身を乗り出す。「逆転の発想?」
「そう!茹でずに、むしろ乾燥させて固くするんだ!」
富山が手を挙げる。「それただの乾麺じゃない?」
「違う!」石川は力強く否定する。その声は雷のように響いた。「乾麺は水分を抜いただけ。俺達は科学的アプローチで究極の固さを追求する!」
「科学的アプローチって?」千葉の瞳が期待に満ちている。
「セメントを混ぜる!」
「ダメー!」富山が即座に却下する。まるで母親が危険な遊びをしようとする子供を止めるかのような勢いだった。「それ食べたら死ぬよ!」
「じゃあ、石灰を...」
「それも死ぬ!」
「卵白で固める?」
「それならまだ...でも固いうどんになるの?」
石川は顎に手を当てて考え込む。まるでロダンの「考える人」のようなポーズだった。「うーん、そうだな。それならゼラチンを大量に混ぜて固める方法は?」
「ゼラチン?」千葉が首をかしげる。
「そう!ゼラチンを普通の10倍くらい入れて、冷やして固める!これなら食べられるし、相当固くなるはず!」
富山が渋い顔をする。「でも、それって本当にうどんなの?」
「うどん粉を使ってうどんの形にすればうどんだ!」
「それはそうだけど...」
「決まりだ!」石川は勢いよく立ち上がる。椅子がガタンと音を立てて後ろに倒れそうになった。「世界一固いうどん作戦、開始!」
近くの道の駅で買い出しをする三人。石川がカートを押しながら、異様な量の食材を次々と放り込んでいく。カートがギシギシと悲鳴を上げている。
「ゼラチン20箱!」ドサドサと箱が積み重なる。
「20箱も?」富山が驚く。
「足りないかもしれない。千葉、まだゼラチンある?」
「ありますよ!こっちにも10箱!」千葉も負けじと山盛りのゼラチンを抱えている。箱の角が顔に当たって赤くなっている。
「あと、うどん粉が50キロ!」
「50キロ?」富山の声が裏返る。
「世界記録だからな!スケールが違うんだ!」石川が胸を張る。
レジの店員さんが困惑した表情で三人を見つめる。若い女性で、こんな光景は初めてのようだった。
「あの、何か大きなイベントでもあるんですか?」恐る恐る聞く声が震えている。
「はい!世界記録に挑戦するんです!」千葉が嬉しそうに答える。その笑顔は天使のようだった。
「世界記録?」
「世界一固いうどん作りです!」
店員さんの表情がさらに困惑する。まるで異世界の住人と遭遇したかのような表情だった。
「えっと...頑張ってください...」か細い声で応援してくれる。
会計を済ませた三人。袋の数は合計で15個。重さで腕がプルプルと震えている。
「これでキャンプ場に戻ったら、いよいよ世界記録への挑戦開始だ!」石川が鼻息荒く宣言する。
富山が重い袋を持ち上げながらぼやく。「これ、本当に大丈夫かな...」汗がダラダラと流れている。
「大丈夫!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって!」千葉が元気よく答える。しかし、その額にも汗がにじんでいた。
キャンプ場に戻ると、隣のサイトに家族連れがテントを張っていた。お父さんが火起こしをしていて、小学生くらいの子供たちが駆け回っている。平和な家族の時間が流れていた。
「よし、まず巨大な鍋を用意しよう!」石川が大きなダッチオーブンを引っ張り出す。ドンッという重い音が響く。
「うわあ、でっかい鍋ですね!」隣のサイトの男の子が興味深そうに覗き込む。
「おお、君たち!良いところに来た!」石川の目がキラリと光る。獲物を見つけた狼のような眼光だった。「世界記録への挑戦を見学していかないか?」
「世界記録?」お父さんも興味を示す。
「世界一固いうどん作りです!」千葉が胸を張って説明する。
「世界一固いうどん...?」お父さんが首をかしげる。
「そうです!ギネス記録を狙うんです!」
「へえ、すごいですね。でも、固いうどんって美味しいんですか?」
石川が一瞬言葉に詰まる。その表情が一瞬凍り付いた。「え?美味しさ?」
「そうですね、釘が打てるレベルを目指してるので、味は二の次で...」
お父さんの表情が困惑する。
「あ、でも!」千葉がフォローに入る。「固くても味は大丈夫だと思います!多分!」
「多分って...」お父さんが不安そうに呟く。
富山が慌てて話を変える。「あの、お子さんたちも一緒に見学しませんか?きっと面白いと思いますよ」
「面白そう!」子供たちが手を叩く。
こうして、隣のキャンパーファミリーも巻き込んで、世界一固いうどん作りプロジェクトが始まった。
「よし、まずうどん粉50キロを水で練る!」
石川が大きなボウルにうどん粉を入れ始める。白い粉が舞い上がって、あたり一面が真っ白になった。まるで雪が舞い踊るかのようだった。
「うわあ!」子供たちが歓声を上げる。
「石川、もうちょっと少しずつ入れた方が...」富山が心配そうに見守る。
「大丈夫だ!豪快にやるのがキャンプの醍醐味だ!」
粉まみれになりながら、石川が水を加えていく。しかし、分量が多すぎて、まるでセメントをこねているような状態になってしまった。ボウルの中でドロドロと音を立てている。
「これ、本当にうどんになるの?」お父さんが不安そうに呟く。
「なります!多分!」千葉が必死にフォローする。しかし、その声は自信なさげだった。
「千葉、ゼラチンを溶かしてくれ!」
「了解です!」
千葉がゼラチン20箱を大きな鍋で溶かし始める。しかし、量が多すぎて、まるで透明なゼリーの海のような状態になってしまった。グツグツと泡を立てて煮えている。
「これ、ゼラチンじゃなくて工業用接着剤みたい...」富山が青ざめる。
「大丈夫!科学的アプローチだ!」石川が力強く宣言する。
一方、うどん生地は石川の予想以上に固くなりすぎて、まるで粘土のような状態になっていた。指で押しても全く凹まない。
「これを麺棒で伸ばすんだ!」石川が麺棒を持ち出すが、生地が固すぎて全く動かない。
「麺棒じゃ無理でしょ!」富山が指摘する。
「それなら...」石川は周りを見回して、「キャンプ用のハンマーを使う!」
「ハンマー?」全員が驚く。
「そう!固いものは固い方法で攻める!」
石川がハンマーを持ち出し、うどん生地を叩き始める。
バンバンバンバン!
金属音が響き渡る。まるで鍛冶屋の作業場のようだった。石川の額に汗がダラダラと流れ、シャツが汗でびっしょりになっている。
「おお、薄くなってきた!」子供たちが拍手する。
「でも、これもうヤバくない?」お父さんが引き気味になる。
石川のハンマーの音が響く中、キャンプ場の他のキャンパーたちも興味深そうに集まってきた。まるで見世物小屋のような雰囲気になっている。
「あの、何をされてるんですか?」若いカップルが恐る恐る近づいてくる。
「世界一固いうどん作りです!」千葉が誇らしげに答える。その声は誇りに満ちていた。
「世界一固い...うどん?」女性の方が困惑する。
「そうです!ギネス記録を狙ってるんです!」
「すごいですね...」男性の方が苦笑いする。
ベテランキャンパーらしい中年の男性も興味深そうに見ている。
「面白いことやってますね。でも、そのゼラチンの量は相当ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!科学的アプローチですから!」石川がハンマーを振り上げながら答える。汗が飛び散っている。
「科学的って言うか、もう工事現場みたいですよ...」
富山が恥ずかしそうに頭を抱える。
「みんな、そろそろゼラチンと生地を合体させるぞ!」
「合体って...」
石川が溶かしたゼラチンの海に、ハンマーで叩いて薄くした生地を投入する。
ドボン!
「うわあああ!」
ゼラチンが飛び散って、周りの人たちが慌てて逃げる。まるで火山の噴火のようだった。
「石川!」富山が叫ぶ。
「大丈夫、大丈夫!これも計算のうちだ!」石川がゼラチンまみれになりながら答える。
ゼラチンまみれになった生地を、今度は麺の形に整える作業。しかし、固すぎて普通の方法では全く形にならない。三人とも汗だくになって格闘している。
「これ、包丁で切れるの?」富山が心配そうに見る。
「やってみよう!」石川が包丁を持ち出すが、刃が立たない。カチカチと音を立てるだけで、全く切れない。
「無理だ!」石川が汗を拭う。
「それなら、ノコギリを使おう!」
「ノコギリ?」全員が驚く。
石川がキャンプ用のノコギリを持ち出す。
「これで麺の形に切る!」
ギコギコギコ...
重労働が続く。石川の額に汗がダラダラと流れ、シャツがびっしょりになっている。腕がプルプルと震えている。
「本当に切れてる...」お父さんが呆然とする。
「すげー!本当に麺になってる!」子供たちが興奮する。
「でも、これもう料理じゃないよね...」富山が疲れた表情で呟く。
「料理は芸術だ!」石川が汗をかきながら宣言する。
千葉も手伝いに加わり、二人でノコギリを交代しながら作業を続ける。汗が地面に滴り落ちている。
「これ、めちゃくちゃ疲れますね...」千葉が息を切らせながら言う。
「でも、世界記録のためだ!」石川が励ます。
こうして、約3時間の重労働の末、ノコギリで切った「世界一固いうどん」らしきものが完成した。見た目はうどんというより、透明なプラスチックの棒のようだった。
「これが世界一固いうどんの完成形だ!」
石川が誇らしげに切り出したうどんを持ち上げる。確かに、かなり固そうだ。まるで木の枝のようだった。
「本当に固いですね...」集まったキャンパーたちが感心する。
「それより、これ食べられるの?」
「よし、完成した世界一固いうどんを実際に食べてみよう!」
石川が自信満々に宣言する。集まったキャンパーたちが固唾を呑んで見守る中、石川が一本のうどんを手に取る。
「まずは、伝統的にざるうどんで!」
石川が用意したざるに、固いうどんを盛り付ける。カチカチと音を立てて、まるで竹の箸のようだった。
「いざ!」
石川が箸で掴んで口に入れようとするが...
「固い!」
歯が立たない。ガリガリと音を立てるだけで、全く噛み切れない。
「石川さん、大丈夫ですか?」千葉が心配そうに見る。
「大丈夫だ!」石川が涙目になりながら答える。「これは予想以上の固さだ!」
「僕もやってみます!」千葉が挑戦する。
しかし、結果は同じ。ガリガリと音を立てるだけで、全く噛み切れない。
「うう、顎が痛い...」千葉が顔を押さえる。
「私も...」富山が恐る恐る挑戦するが、やはり同じ結果。
「これ、本当に食べ物なの?」
集まったキャンパーたちも次々と挑戦するが、誰一人として噛み切ることができない。
「だから言ったじゃない...」富山がため息をつく。
「でも、これは間違いなく世界一固いうどんだ!」石川が宣言する。
「確かに固いけど、食べられないじゃない!」
「そうだ!」石川が突然ひらめく。「食べる以外の用途を考えるんだ!」
「用途?」
「キャンプ用品として使うんだ!」
石川が固いうどんを持ち上げて、テントのペグ代わりに地面に打ち込み始める。
「おお!本当にペグになってる!」
「これは画期的だ!」
「食べられるペグ!」
キャンパーたちが興奮し始める。
「他にも使い道があるはずだ!」
石川がうどんを箸代わりに使ったり、薪を割る道具として使ったりする。
「すげー!万能だ!」
「これなら確実に世界一固いうどんだ!」
夜になって、キャンプファイヤーを囲みながら、今日の出来事を振り返る三人。
「今日も素晴らしいキャンプだったな!」石川が満足そうに言う。
「確かに、疲れたけど楽しかったです!」千葉が嬉しそうに答える。
「でも、来る度に思うけど、石川のキャンプは本当に予想がつかない...」富山が疲れた表情で呟く。
「それがグレートなキャンプの醍醐味だ!」
そして、それから一週間後...
「石川!大変だ!」
千葉が興奮しながら石川の元に駆け寄ってくる。手には一通の封筒を握りしめている。
「どうした?」
「ギネス記録の認定通知が来た!」
「マジで?」
三人が封筒を開けると、そこには正式な認定証が入っていた。
『世界一固いうどん ギネス世界記録認定』
「やったああああああ!」
三人は抱き合って喜びを爆発させた。
「俺達、本当に世界記録を作ったんだ!」
「信じられない!」
「これで俺達も世界的な有名人だ!」
しかし、認定証をよく読むと、小さな文字で注意書きがあった。
『※この記録は食用としてではなく、キャンプ用品としての用途で認定されています』
「まあ、それでも世界記録は世界記録だ!」
「次回はどんなグレートなキャンプにしようか?」
「世界一重いカレーライス作りはどうだ?」
「また世界一シリーズですね!」
三人の笑い声が響く中、新たなグレートなキャンプへの挑戦が始まろうとしていた。
【完】
『俺達のグレートなキャンプ59 ギネス記録を狙え!世界一固いうどん作り』 海山純平 @umiyama117
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