第12話 行く先

 日が暮れて、木の枝を組んで作った野営地の中に肌寒い風が吹き込む

 ジェイダンは荷物をあさり、傍らで糸が切れた人形のように眠るリオナの上にかけてやった。

 きれいに拭いた肌は傷ひとつなく、真っ白だった。

 ふと不安になり彼女の手を握ると、じんわりと温かくジェイダンは安心して息を吐いた。


 自分が蘇らせた彼女は、はたして本当にリオナなのだろうか。

 

 姿形は、自分が覚えている彼女そのものだった。――だが、口元からのぞく牙は竜のようで、時折青い瞳の奥に赤い光が見えるように感じた。


 けれど、抱きしめたその感触も、肌の柔らかさも、匂いも、声も。

 ずっと思い描いてきた彼女そのものだった。

 さっきまで感じていた熱を思い出して、ジェイダンはそれを払うように首を振った。


 ジェイダンは立ち上がると服を着て、魔物が野営地に入らないように魔法を唱え、剣を持って外に出た。


 暗い森をかき分け、竜のいた岩場へ向かう。

 自分たちがいた痕跡を、リオナの姿を戻すため高位魔法を使った痕跡の魔法陣を早めに消しておかなければならなかった。


 まず、残った竜の遺骸の傍に登る。

 竜の身体は、リオナの再生した身体に変わった部分が不自然にえぐれていた。

 呪文を唱え、その痕跡が分からないように、風で細かく刻む。

 それから、魔法陣の跡も風で削って消した。


 それから、崩れた土に埋もれたイーサンとジャックの身体を掘り起こす。二人とも、何が起こったかわからないという顔のまま、魔力を吸われ絶命していた。顔を見ることができず、うつぶせにして、横に並べる。


 次に森に戻ると、ライアンの魔法陣のところへ向かった。

 竜の炎で燃やし尽くされたその場所に転がった骨を拾って、崖に戻った。


「3人は、竜の炎で焼かれた」


 ジェイダンは無表情で呟いてから、顔を歪めた。

 震える唇を噛み締めていると、瞳が潤んで、上を向いても溢れて零れた。

 たどたどしく、噛みながら呪文を詠唱する。

 剣を振りかざすと、周囲に炎の壁が立ち上がり、3人の身体を包んだ。

 ジェイダンは炎が消えるまで、それをじっと眺めていた。

 後には、黒く焦げた骨が月の薄明かりに照らされていた。


「ははっ」


 ジェイダンは唐突に笑い声を漏らした。

 自分を信頼していた仲間3人の命を使って、自分はリオナを取り戻した。

 彼女は――姿かたちはリオナだが、ジェイダンのことも自分のことも何もわからないようだった。そして自分は、そんな彼女を――。


「あはは、ははっ、はははっ」


 ジェイダンの笑い声が暗闇に響く。彼は、泣きながら笑っていた。

 

(俺は、今、満足してるんだ)


 ジェイダンは喉の奥から出てくる笑い声も、頬を流れる涙もどちらも止めることができなかった。


 心は満足感で満たされていた。


 自分が今、アーガディン公爵家の跡取り息子、ジェイダン=アーガディンでないこと嬉しく思った。両親がもうこの世にいなくて良かったと思った。

 リオナが彼女自身のことも、自分のことも何もわからないのが満足だった。

 あの、姉が魔物の谷に落ちて、竜に喰われたことでさえ、今は良かったとさえ思っていた。

 イザベラがローガンを姉から奪って、王妃になったことにも感謝したい気持ちさえ感じた。


 ――だって、今、彼女は俺の横にいるんだから――


 ジェイダンは喉の奥から乾いた笑い声を漏らしながら、地面に置いてあった剣を手に取った。剣先を自分に向け、両手で柄を握りしめた。


「姉さま、お父様、お母さまごめんなさい。ライアン、ジャック、イーサン……悪かった――」


 そう呟くと、剣を深く自分の腹に突き立てた。


 どくどくと血が流れて行くのを感じる。

  

 ――俺、死ぬのか――

 

 苦しさに悶えながら、ジェイデンは自分に問いかけた

 

 ――最期まで情けないな、心臓突こうとして、腹なんて――


 喉の奥から笑い声と共に血が昇ってくる。ジェイダンは地面に転がった。

 目の前がどんどん暗くなっていった。

 遠のいていく意識の中で、横でリオナが囁いた気がした。


 ――馬鹿な子、聖女のお姉さまがいて、死ぬわけがないでしょう。あなたの傍には私がずっとついててあげるから


 そして白い光が自分を包んで、ふわりと身体が軽くなる――


 ジェイダンはそこではっと意識を取り戻した。身体が温かかった。

 自分の身体を誰かが抱きかかえている。顔を動かすと、自分と同じ柔らかな栗色の、長い髪が頬にあたった。


「しなない」


 耳に聞こえるのは、愛しい声だった。

 リオナがジェイダンを抱きかかえていた。その身体は白く光っている。

 彼女は泣きそうな声で呟いた。


「おいてく、いや」


 自分の腹を触った。傷はすっかり塞がっている。

 ジェイダンは彼女の頬に触れた。体の中から湧き上がる何かがあった。

 身体を起こして彼女を抱きしめると、嗚咽を漏らした。


 ◇


 翌日、朝日が昇ると、ジェイダンは荷物を纏めて、リオナに聞いた。


「歩けるかな」


 彼女はうん、と頷くと立ち上がった。ぐらりと揺らいだその身体を支えてジェイダンは笑った。


「良かった。ゆっくり行こう」


「いく……」


 リオナは首を傾げて黙り込んだ。


「どこ、いく?」


「――どこでもいいよ、リオナがいれば」


 ジェイダンは彼女を抱きしめて、囁いた。


「俺がずっと守るから。二人で一緒に、どこか静かなところで、ゆっくり暮らそう」


 彼女は言葉の意味を考えるように首を傾げると、また「うん」と頷いた。

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【完結】婚約破棄され魔竜になった聖女を、弟は救いたい 夏芽みかん @mikan_mmm

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