第9話 こんな会話はしたくなかったのに
姉をもとに戻すための方法を探り、竜の消息をいち早く知るために、ジェイデンは冒険者になった。
もともと血筋で魔法の才能には恵まれていた。また病弱な身体を克服するため、幼いころから父が雇った一流の騎士に剣の稽古をつけてもらっていたこともあり、魔物狩りの冒険者になっても戦闘に苦労することはなかった。
ロゼッタ王国の混乱により魔物が活発化していたこともあり、仕事は山ほどあった。
やがて腕利きの冒険者としての地位を手に入れたジェイデンは、ライアンたちとパーティーを組むようになり、魔竜の討伐の仕事を受けたのだった。
◇
「お前が引き上げたら、女の子たちが帰るって言いだしたもんだから、ジャックの奴、お前のこと『玉なし』だのなんだの、好き放題言ってたぜ」
ライアンは面白そうに笑いながら言った。ちっとジェイデンは舌打ちした。
「言わせとけ。そんなんだから、結局いつもイーサンに持ってかれんだよ。『明日、ジャックが1人で酒場で潰れてる』に、金貨1枚賭けるね」
ライアンは「賭けにならねぇよ」と肩をすくめる。それから「なぁ」といつになく真剣な声で呼びかけた。
「ジェイ――お前がいつもあいつらに交ざらないのは、さっきの『彼女』が原因か?」
「――そんなんじゃない」
ジェイデンは表情を険しくすると、仲間を睨んだ。
「今日はやたら
「俺たち、パーティー組んでもう1年になるだろ。俺は、お前をリーダーにして本当に良かったと思ってるぜ。お前と組んでから、面倒な魔物も楽に狩れるし、しまいにゃ魔竜討伐まで任された。田舎出の三流冒険者だった俺が大出世だ」
ライアンは肩をすくめる。
「少しはお前についても教えてくれよ。お前、俺と同い年っていってるけど、もっと下だろ、本当は。それに生まれも良いはずだ。魔法も剣もきちんと教育されたもんだし、食事の仕方や何やら見てりゃ、わかるよ」
「……」
ジェイデンは黙り込んだ。ジェイ、と名乗り、自分のことは深く語らずに冒険者をしてきた。仲間はあくまで仕事仲間だ。彼らのことも深く聞かなければ、自分のことも話さない――それでも、魔物狩りがうまくいけば問題ない。
そうやってきたはずなのに、何故ライアンは今回必要以上のことを聞いてくるのだろうか。
ライアンは黙ったままのジェイダンをしばらく見つめると、ため息を吐いた。
「まぁ、人に聞くなら、まずは自分からだよな」
彼は首から下げたペンダントを取り出した。鎖の先にはジェイデンが持っているのと同じようなロケットがついている。カチリと蓋を開けて、彼は中を見せた。
「可愛いだろ。村一番の美人でね、名前はマーシャって言う」
中には金髪の巻き毛の少女の肖像画が入っていた。
ちらりと見て、ジェイダンは訝し気に眉根を寄せた。
ライアンは苦笑する。
「村娘だからな――どこかの貴族令嬢みたいなお前の『彼女』と比べるなよ。俺にとっちゃ、一番可愛い子なんだ」
「……比べてない。何のつもりで、それを俺に見せるんだ」
「まぁ、聞けよ。マーシャとは幼馴染でね、気づいたときには恋人同士になってたよ」
ジェイダンはしばらく考えて、聞いた。
「故郷にいるのか?」
「――今は領主様の妾だ。マーシャの父親は聖壁が弱くなった時に魔物に襲われて死んでね、下に兄弟も多かったし――、俺は農家の3男坊だ。見てのとおりマーシャは美人だろ。領主様の目に留まっちまった。まぁしょうがないよな」
――聖壁が弱くなった時に、魔物に襲われて死んだ――
その言葉を受けて、ジェイダンは黙り込んだ。
ライアンは構わずに言葉を続ける。
「魔竜を倒したら、凄えたくさん金がもらえるだろ? それに……名誉も。そしたらマーシャにもう一度会いに行ってみるつもりだ。――彼女が、何て言うかはわからないけど」
言い終わると、にっと笑ってジェイダンを見つめる。
「それが俺が魔竜狩りに参加する理由だ。ジャックやイーサンのバカ騒ぎに混ざらないのもそれだな。他の女に手ぇ出してたら、マーシャに合わせる顔がねぇだろ」
「……」
ジェイダンは俯くと、口ごもった。
――ライアンのそんな話を聞きたくはなかったのに。
彼はため息を吐くと、ポケットから何かを取り出し、ジェイダンの前に差し出した。
「これは魔術書だな。お前が熱心に読んでる」
ライアンは言いにくそうに頭を掻きながら言った。
それは、確かにジェイダンが肌身離さず持ち歩いている魔術書だった。
「お前、俺の荷物から盗ったのか」
声を荒げ、本に手を伸ばす。ライアンはさっとそれを持ち上げた。
バランスを崩したジェイダンは床に転がって頭を打った。
「ジェイ、お前がそんなにムキになるなんてな」
ライアンは何かに納得したように頷いて言った。
「返せよ!」
ジェイダンは掴みかかろうと身を起こす。
リオナに――魔竜に近づいている緊張感で、注意力が落ちていたのか、荷物から盗られたことに気づかなかった自分に腹が立った。
「――これ、1年半前に王立魔術院から盗まれた、魔術書じゃねぇのか? 俺も多少魔術文字は読めるんでね。お前が熱心に、何を読んでるのか盗み見させてもらった」
ライアンは低い声で、探るように言った。
ジェイダンは身体を強張らせた。
その通りだった。その魔術書は、変身魔法など身体を変化させる魔法を解除する方法が書かれている、王立魔術院貯蔵の高位魔法書だった。リオナの姿を戻す方法を求めていたジェイダンが王立魔術院から盗み出したものだった。
「――図星か? お前が言わないなら、イーサンに見せるぞ。あいつは魔術学校出だからな、見たら一目でわかるだろ」
ライアンは鋭い声で聴いた。
「返せ」
ジェイダンは立ち上がると、相手に飛び掛かった。
ライアンは避けずに、それを受けた。
その予想外の行動に、振り上げた手を止める。
「――話してくれ、ジェイ。俺はお前を仲間として信頼してるんだよ。それは、お前にとって必要なものなんだろ? ――あの画の『彼女』と関係があるのか」
ジェイダンは手を下に下ろすと、一度俯いてからライアンを見つめた。
「――そうだ。『彼女』は――、今、手の届かないところにいて――、『彼女』に会うために、その魔術書と、魔竜討伐が――」
そこで言葉を濁す。
「賞金が、必要だ」
「――『彼女』は誰だ?」
「俺の、姉だ」
自分に言い聞かせるようにジェイダンは呟く。
「俺は、家族を取り戻したいんだ。もう俺の家族は姉しかいない」
ライアンは頷くと、にっと笑った。
「そういうことか。それからお前、本当は何歳だ?」
「――18」
「うわ、思ったよりガキだな」
ライアンは笑って、魔術書をジェイダンの膝の上に投げた。
「――いいのか、俺は魔術院からのお尋ね者だぞ」
ジェイダンは驚いて目を大きくすると、本を握りしめた。
自分には魔術書窃盗の罪で懸賞金がかかっている。魔術書と自分を魔術院に差し出せば、少なくない懸賞金をもらえるはずだ。
「窃盗罪の懸賞金なんてたかが知れてる。それより魔竜退治のが大事だ。お前がいないと、魔物狩りが始まらねぇだろ」
ライアンはにっと口角を上げると、ぽんぽんっとジェイダンの肩を叩いた。
「お前がシスコンのガキだってのがわかれば十分だ。ガキだから大人の宴会にも興味ないんだな。明日早朝出発って言ったのお前だろ、早く寝ろよ」
そう言うと、自分はさっさと上着を脱いで布団に入ってしまう。
「ガキガキ言うな。俺、リーダーなんだけど」
「ジャックとイーサンにはお前がガキだって言わないでおいてやるよ、感謝しろ、リーダー」
からかうような声が返ってきたかと思うと、すぐにいびきが響き始める。
「……お前は、いいやつだよ、ライアン。本当に」
ジェイダンは自分のベッドの上で膝を抱えると、暗闇に向かって呟いた。それから、唇を噛み締める。
自分の醜い考えで溺れて息ができないような感覚を覚えた。
また首に下げたロケットを開け、澄ました表情の肖像画のリオナに向かって呟いた。
「姉さま、俺はあなたにどうしても、また会いたいんだ」
瞳を閉じて、リオナの姿を――温かさを、抱きしめられた時の柔らかさをイメージする。
あれから、毎日、毎日、何度も、何度もそうやって彼女の姿を思い描いてきた。
18歳の、谷底に消えた日の、今の自分と同じ年の彼女が微笑んで、自分を抱きしめる。
そして、自分はその頬に手を添えて――。
ジェイデンは頭を押さえると、自身に言い聞かせるように唱えた。
――俺は、家族、を取り戻したいんだ。
自分のリオナに対する想いが家族に対する思慕の想いなのか――違った何かなのか、わからなくなっていた。
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