魔王軍を追放された元四天王じゃが、陰キャ勇者とバディで復讐を狙うも、なぜか聖女と崇められておる

中条トカゲ

序章

追放 黄金のクーネル蛇将軍

「黄金のクーネル蛇将軍! 貴様を魔王軍四天王から追放し、永久に除名する時が来た!」




 轟くような、獣の咆哮にも似た怒声。


 薄暗い寝室に満ちていた惰眠の香りが、その無粋な大声によってビリビリと震え、霧散していく。




(……ふぁあ……なんじゃ、騒々しいのう……)




 金貨を敷き詰めた寝台の上で、ごろりと寝返りを打つ。


 呼び起されたクーネル蛇将軍はまだ眠い。なにせ、昨夜は極上の猪豚を三頭ほど平らげ、腹ごなしに百年物の葡萄酒を樽ごと呷ったのだ。満腹と酩酊の心地よさのまま、夜明けまでぐっすりと眠りこけていたというのに。




(妾の安眠を妨げるとはどこの馬鹿じゃ。……ああ、ガロウか。あの脳筋獅子、また発情期でも来たかのう?)




 のっそりと巨大な鎌首をもたげ、寝ぼけ眼をこする。


 そこには見慣れた同僚――魔王軍四天王の面々が、三人も揃ってクーネルの根城『黄金宮』の寝室にまで土足で上がり込んでいた。


 先頭で吠えているのが、烈火のガロウ獅子王。その隣で気取ったように腕を組んでいるのが、氷結のゼノン蜘蛛公。そして、妾の姿を見て扇子の陰でクスクスと笑っているのが、深淵のメディア蝶妃。




 まったく、雑魚が三匹揃って壮観なことじゃ。




「追放じゃと? 馬鹿を言うでないわ、この脳筋獅子が。貴様ごときに、この妾をどうこうできるとでも思うておるのか?」


「ええ、できますよ。元・四天王殿」




 冷徹な声で割り込んできたのはゼノンだ。蜘蛛の如き粘着質な男はまるで出来の悪い芝居の台本でも読むかのように、淡々と告げる。




「貴女は魔王軍に何一つ貢献していない。ただ食って寝て、我らが血を流し、守っている富を独占しているだけ。はっきり言って、組織のお荷物です」




 ――は?




(……今、こやつは何と言った? 妾が……お荷物? この、塵芥どもが稼いだ富を……独占? はっ、笑わせるでないわ!)




 瞬間、全身の血が沸騰する。


 黄金の鱗が怒りにカシャカシャと鳴り、全長三十メートルはあろうかという巨体がとぐろを巻く。その威圧だけで、そこらの魔物なら泡を吹いて卒倒するだろう。




「……ほう。面白い冗談じゃな、ゼノン。その減らず口、二度と利けぬように引き千切ってやろうかのう!」


「あらあら、クーネル様。もうそのお力も使えませんわ」




 巨大な尻尾が怒りとともに地面を叩きつけ、床に散らばった宝石が弾け飛んだ。そうして魔力を解放しようとした、その刹那。


 メディアが艶然と微笑むと同時に、部屋の四方に仕掛けられていた魔道具が一斉に輝いた。眩い光の奔流が黄金の大蛇の体を縛り上げ、身の内から力がごっそりと奪われていく感覚に襲われる。




「ぐっ……!? き、貴様ら、何を……!」


「これは『女神の涙』。神々の遺品を管理する教会から奪った、呪いのアーティファクトですわ。効果は単純。装備者の過剰な魔力を中和し、存在そのものを操り、ダウングレードさせる調整装置。貴女のような強大すぎる大蛇にはか弱くて可愛らしい人間の器が、さぞかしお似合いでしょうねえ?」




 メディアの嘲笑が、金切り声となって鼓膜を刺す。


 光が、痛い。熱い。まるで全身の骨がきしみ、肉が溶けていくような激痛。巨大だったはずの体が、赤子のように縮んでいく。黄金の鱗は剥がれ落ち黒い肌がしぼむ。代わりに現れたのは人間の滑らかな小麦色の肌。八重歯の残る口から、聞いたこともないような甲高い悲鳴が迸った。




「ぎゃあああああああああっ!!」




 やがて光が収まった時、そこにいたのはもはや『黄金のクーネル蛇将軍』ではなかった。


 金貨の山の上にへたり込む、年の頃は十六、七といったところか。陽光を溶かしたかのような長い金色、爬虫類を思わせる金色の瞳を屈辱に見開いた、一人の裸の少女。


 それが今のクーネルの姿だった。




「まあ、なんてこと! こんなに可愛らしくなって! ほら、せっかくですから、わたくしが用意したこの素敵なお洋服を着てみてくださらない?」




 メディアはどこからか取り出した、フリルとレースで飾り立てられた滑稽なドレスをひらひらさせる。それは貴族の娘が着るような、しかし森を歩くにはまったく不向きな代物だった。


 有無を言わさず、その屈辱的な服を着せつけられる。黄金の髪は縛られ、ツインテールにされた。




「くっ……! やめ……やめろ……!」


「フフフ、本当にお似合いですわ。まるでお人形みたい」


「いっそ殺されれば楽だったろうに。同情するぞクーネル」




 忌々しいガロウの声が、頭上から降ってくる。




「ウロボロスの輪に魂を乗せられる蛇将軍。殺してもすぐに蘇る、厄介な化け物よ。だからこうして、その力も富もプライドも全てを剥ぎ取ってやるのだ。貴様の影響力を完全に削ぐには、これが最も効率的で確実な方法……そうだろう、ゼノン?」


「ええ。その通りです」




 足元に、禍々しい紫の光を放つ転移の魔法陣が浮かび上がる。


 行き先は人間界。魔力も力も眷属も財産も全てを失ったこの身一つで。




「その無力な体で、人間界を永遠にさまようがいい! 二度と我らの前に姿を現すな!」




 ガロウの最後の言葉と、メディアの甲高い嘲笑が遠ざかっていく。




(おのれ……おのれおのれおのれッ! ガロウ! ゼノン! メディア! 覚えておれよ……! この屈辱、この痛み、決して忘れはせん! 必ずや……必ずや、貴様らを八つ裂きにしてくれるわ……!)




 そんな復讐の誓いも虚しく、意識は強制的な空間転移の衝撃に呑み込まれていった。




 かくして、黄金の女王は地に堕ちた。


 自分たちの手で、魔王軍の財政そのものである『金の卵を産むガチョウ』の腹を、高らかに裂いたことにも気づかぬ、三人の愚かな同僚たちの手によって。

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