第3話「名前のないこの気持ちに」

 既視感———最近ではデジャブとも言うらしい。あの人と出会った時、あの人と共に歩いている時、あの人を見ている時。心のうちのどこかから、確かにそれを感じた気がする。もしかしたら、それは単なる思い込みで、もっと別の何かがあったのかもしれない。でも今は、そんなことを考える気にはならない。今はただ、その人との"これから"を考えていたいと思うから。



 あの女性と別れたあと、僕はいつものように講義を受けていた。ただ、どこか違和感がする。いつもどおりのはずなのに、胸の奥がざわつく。講義に集中しようとしても、心の奥深くに残る何かが、僕の意識を逸らしてしまう。僕はその正体がなんなのかはわからない。ただ、ひとつだけ確かにわかることがある。それはその感情の中心に、彼女がいるということだ。こんな調子じゃ講義どころじゃない。そう思った僕は、この後の学食の時間に、基意に相談してみることに決めた。



「それ、恋だろ」

僕が相談すると、基意は考える間もなくそう答えた。

「ふぁ?」

僕は今までで聞いたこともないようなマヌケな声を出してしまった。基意が言ったその単語の意味はわかるのに、理解することができない。

「な...何を...急に何を言うんだよ」

「動揺しすぎな。逆にそんな照れてる癖に、恋じゃなかったらなんだって言うんだよ」

基意はニヤニヤしながら、僕をおちょくるように言った。


これが...この思いが..."恋"なのか?はじめて知る感情。ようやく名前のついたこの気持ち。胸の奥で何かがすっと晴れていくような、そんな、言葉にはできない爽快感があった。

「そうとわかっちゃすぐ行動だ。早速どっか遊びに誘ってみようぜ!」

「ええ!さすがにあったばかりに誘うってどうなの?」

「いや、あったばかりの時こそ誘うべきだろ!第一、お前は恋愛に疎すぎるから、俺の言う事聞いとけばなんとかなるって!」

めちゃくちゃ舐められてる。何か言い返す事はないか...

「じゃ...じゃあどっちが先に彼女できるか勝負だ!」

あ、変なこと言った。少し前まで考えるよりも先に口が動くなんて事はなかったのに、こいつと仲良くなってから、そんなことが時々起こるようになった気がする。

「おう、のぞむところだ!」

基意は僕がそんなことを言うとは思っていなかったのか、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに調子を取り戻し、笑いながら言った。

「てか、そんな勝負仕掛けてくるって事は、見込みありってこと?」

基意は続けて行った。

「あ、いや、別に、そんなわけでは...」

数秒前までの威勢ははるか彼方へ消え去って、自身なさげに応えた。

「もしかして、連絡先すら交換してない感じ...?」

ソウイエバソウダッタ。葉猫さんと話せたことに喜びすぎてて、連絡先という存在自体を忘れてしまっていた。そんな僕の雰囲気を悟ったのか、基意は声を出して笑った。

「はっはっは!お前がそんなにバカだったとは思わなかったわ!」

ここまでくるとただの悪口である。さすがに言いすぎたと反省したのか、

「まあ、学校は同じなんだし、またどっかで会えるだろ」

と言ってきた。

「そ、そんな偶然を待つなんてダサいことできないよ...」

「じゃあなんだ?今から学校中を探し回るか?」

「そ、それはちょっとできないけど...」

「ほらみろ。ダサいって思うかもしんねえけど、お前にはそれしか方法はねえよ」

く、何も言い返せねえ...




 俺たちがご飯を食べ終わってきた頃、直実はいつものように錠剤を口に含んでいた。もしかしたらあまり言いたくない持病を持っているのかもしれない。などと思い、あまり聞けずにいたが、今はこんなにも仲良くなったのだから、それを聞いたところで仲が悪くなるなんて事はないだろう。普段の生活ではおちゃらけているけど、以外と俺も色々考えているんだなぁ。と、自分を褒めていた。

「前から思ってたけど、それ、なんの薬なの?」

「ああ、これ?実は僕もあんまよくわかんないんだよね。正直お父さんに飲めって言われてるから飲んでるだけなんだ」

なんだそりゃ。今まで気ぃ遣ってきたのがバカみてぇじゃんか。

「そうなのか、でもまあ、お前のお父さんが言うってくらいなら相当大事なものではあるんじゃねえか?」

「そんなことねえよ。僕のお父さんのこと買い被りすぎじゃね?」

いや、全くそんな事はない。こいつは自分のお父さんの凄さをなんもわかっていない。こいつの父親は、"照幅音政(てりはばおとまさ)"人工知能や機械工学、医療技術など、幅広く研究して、数々の論文を発表し『融合科学の開祖』と謳われているほどだ。そういえば今朝も、音政がいればしん...なんだっけ、そんぎゃらりてぃーも夢ではない!的な事が、新聞の一面にデカデカと載ってたっけ。まあ、そんなすごい人のことは、そういうのに興味のない俺ですらある程度知ってるのに、こいつといったら...てか、そんなにすごい人でも、意外と親バカなとこはあんのかな?

「おい、あんま失礼な目で見んなよ!」

あ、バレた。どうやらこいつ、俺の心が読めるらしい。

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愛は道連れ余は情け 文芸bot @azetz86y

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