仕事熱心な方々なのです

 説明会が終わり、わたしは決意と興奮を胸に、椅子から立ち上がりました。職人としての向上だけでなく、今は魔族と称される一族への汚名もそそがねばなりません。

 汚名というと『魔=悪』のようで、誤解を受けそうですが、人や獣人とは違う特性を持っていても、それが必ずしも害を及ぼすものではないということです。どうやら世間は分類が難しい存在を『魔族』と呼んでいるように感じます。

 頷きながら考え込んでいたら、背後から、低く、しかしはっきりと響く声が聞こえました。


「ねえ、そこの青い髪の人。出入り口に立っていられると邪魔なんですけど」

「え?」


 しかし振り向いても誰もいません。ぐるりと体ごと向き直ると、視界の端に見覚えのある紅い髪が映りました。先ほどカフェで見かけた女性です。座っていた時はそれほど感じなかったのですが、かなり小柄な方だったのですね。

 わたしはそっと体をずらし、身を屈めてその方に謝罪しました。


「すみません。気づかなくて」

「なによ? 私が小さいって言いたいの!?」

「いえ、そのようなことは言っておりません」


 困りました。ずいぶんと曲解なさる方なのですね。彼女の紅玉のような瞳は好戦的にきらめき、勝気そうな眉は吊り上がっています。


「私はルビナ。南のエルネスタ一族の者よ。覚えておきなさい。あなたのようなぼんやりした人には負けないんだから」

「まあ、あなたもエルネスタなのですね。わたしはアリューネ・エルネスタと申します。北のエルネスタ島出身です」


 思わぬところで同族と出会い、驚きました。かつて、エルネスタの一族は人々の迫害に遭い、北と南に分かれたと聞いております。

 なんとなく嬉しくなって握手を求めようとしたら、差し出した手を叩き落とされてしまいました。


「同族だからって慣れあうつもりはないからね。なによ、その手袋。植物染めなんて古臭い。南の一族は新しい手法を取り入れた煌びやかな鉱物染めが特徴なの。婚礼の衣装にはそっちがふさわしい。田舎者がどこまで通用するか見ものだわ。せいぜい頑張りなさいよ」


 彼女は一方的にまくしたてると、わたしの脇腹にぶつかる勢いで部屋を出ていきました。……言い返す暇もありませんでした。

 わたしは自分の手袋を見下ろしました。たしかにわたしは田舎者ですけれども。古臭いとは……。今まで誇りを持ってやってきたことが否定された気がして、チクリと胸が痛みます。でも、それと同時に、不思議な闘志が湧いてくるのを感じました。

 ライバルは自分自身ではあるけれど。これはそうも言っていられない事態だと、ようやく実感が湧いてきました。



「……と、いうことがあったのですよ」


 わたしはあれから、マルコ叔父さんの店『エルネスタの紡ぎ糸』に向かい、お茶をいただきながら事の次第を話していました。

 着くまでに何度か道に迷い、遅くなってしまったことは、恥ずかしいので内緒です。閉店時間を過ぎても待っていてくれた叔父さんには感謝しかありません。

 広い店内には所狭しと糸や織物が並び、色とりどりの花が咲いているようです。飾り窓にはマネキンと、職人が作った服や小物などが並んでいます。この店には貴族も訪れるそうで、男性向けの他に女性が喜びそうな繊細なレースやリボンを使った作品も取り揃えてあります。多くはありませんが、わたしの作品も置かせてもらっています。


「それは大変でしたね」

「ええ。でも、門では親切な騎士さまに助けていただきましたし、ギルドの方にも丁寧に応対していただきました」

「ふふ、南の一族は気性が激しい者が多いから」


 父の弟である叔父さんは、前回のニギス・マイスターの儀で優秀な成績を修め、褒賞として王都で店を持ち数十年になります。当初は差別や偏見で苦労したようですが、地道な努力により、いまやこの店は一流の染織工房、仕立て屋として知られています。そんな場所で働けるなんて、わくわくします。

 北方のエルネスタ特有の青い髪には、白いものが混じっていますが、彼の職人としての腕と能力は健在です。いつもきちんと仕立てた服を着て、口髭を蓄えた紳士然とした方です。

 

「アリューネ、試験はともかく、あなたには王都での暮らしを楽しんでほしいと思っています。私はいつも自分にこう尋ねます。今日は何をする? 明日は? 暮らしをより楽しむためには何をしたらいい? この店は作る者が楽しみ、お客さまに夢を提供する場所なのですよ」


 わたしは叔父さんの言葉に大きく頷きました。現実主義の父とは違い、いささか理想が高いように思えますが、わたしはそんな彼を、職人としても同じ一族の者としても、とても、とても尊敬しています。

 わたしが誰にでも丁寧な言葉を心掛けているのは、魔族だから人を怯えさせないようにということもありますが、大半は彼の影響です。


「今日は疲れたでしょう? ベッドは整えてありますから、荷解きは明日にして、休みなさい。二階の部屋は好きに使っていいですからね」

「ありがとうございます」


 叔父さんは郊外に住み、いくつかの支店や工房を切り盛りしています。経営が軌道に乗るまでは、この本店の二階に住居を構えていたそうです。そこを私に提供していただけるなんてありがたいことです。明日からの生活が楽しみで、今夜は眠れないかもしれません。


 その時、ふと、何かの気配を感じて振り返りました。

 目を凝らすと、窓の一つに、何かが……。べったりと張り付いているようです。わたしは恐怖を感じて後ずさりました。

 町の明かりに邪魔されて、はっきりとは見えませんが、首なしの巨人のような影が。中の様子を伺うように、体を左右に揺らしながら窓枠にしがみついています。


「ひっ」

「アリューネ?」

「お、叔父さん、あれ」


 まさか低級な魔物が王都に入り込んだのでしょうか。わたしはガタガタ震えながら、窓の方を指差しました。その視線を辿った叔父さんも、一瞬ぎょっとしたように動きを止めました。


「ん? いや、あれは……」


 しかし叔父さんは、すぐに窓の方へ近づいて行きました。なんて無謀なことを! 

 叔父さんは窓に張り付いた影を下から見上げ、何ごとか囁いています。窓を閉めたまま聞こえるのでしょうか。そうこうするうちに、お店の扉を開けて出て行ってしまいます。わたしがドキドキしながら待っていると、戻ってきた叔父さんは、背の高い男性を伴っていました。


「アリューネ、心配ありませんよ。この方は」


 ガン!!


 叔父さんがその方を紹介しようとした時、ものすごい音が聞こえました。ちょうど扉をくぐろうとした男性が、間口の上に勢いよく頭をぶつけたのです。わたしは驚いて、うずくまった男性に駆け寄りました。


「大丈夫ですか?」


 肩章のついた紺色の騎士服を着たその方を覗き込むと、彼は額を押さえたまま、わたしの方に顔を向けました。短い銀の髪と赤くなった額、涙の滲んだ金の瞳。


「……大丈夫だ」

「あら、ヴィルム様?」


 それは、昼間に門のところで出会ったヴィルム様でした。では、先ほどの首なし巨人の影は、この方だったのですね。体が大きくて窓枠からはみ出た部分が見えなかったのだわ。正体が分かってよかったです。

 叔父さんが気を利かせて、奥から濡らした布を持ってきました。


「アリューネ、グレイシアル家はうちのお得意様なのですよ。あなたが言っていた親切な騎士さまとはヴィルム様のことだったのですね。ヴィルム様、昼間は姪を助けていただきありがとうございました。せっかくご来店いただいたのに、すぐに気づかず申し訳ありません」

「閉店していたので……」


 ヴィルム様は布を受取り額に当てながら、バツが悪そうにぼそぼそと呟きました。叔父さんは目尻のしわを深め、穏やかに答えます。


「砦からお戻りになったのですね。おかえりなさいませ。今日はどういったご用向きで?」

「あ、いや、大した用では……。この辺りを巡回していたら、明かりがついていたので、気になって立ち寄っただけだ」

「ありがとうございます。ちょうどお茶をいただきながら姪の土産話を聞いていたところです。ヴィルム様もご一緒にいかがですか?」

「いや、仕事中なのでこれで失礼する。アリューネ殿が無事到着したようでよかった。布をありがとう」


 ヴィルム様は素早く立ち上がり、今度は慎重に間口を手で押さえて扉をくぐると、大股で立ち去りました。

 ヴィルム様といい、叔父さんといい、王都はずいぶん仕事熱心な方が多いのですね。わたしも負けていられません。

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