10
翌日の朝から、オープン前の颯香堂には、エミルとリナリィ達3人が集まっていた。
「ふぁ、あ……じゃ、あらためて
クロエは、あくびをガマンしながら言った。
「めっちゃ眠そうじゃん」
「それは……お前らが作りかけの魔法陣の上を走り回ったせいで、一から作り直しになったからだろうが……!!」
「お、落ち着いてくださいまし」
ナタリアは、詰め寄ろうとするクロエを押し留めた。
「ったく……。エミルさん、とりあえずさっき説明したとおりにやってみて」
「は、はい……!いきます……」
エミルは、顔を強張らせて杖を振った。
食器棚からカタカタと音を鳴らして、ティーカップとポットが飛んできた。店の奥からは、湯気の立ったやかんが飛んできて、エミルの前にすべり込む。テーブルに置かれたメニューが跳ね上がって、お客を探すように左右を向いた。
ナタリアは、それらがエミルの杖に合わせて動いているのを見てうなずいた。
「素晴らしいですわ、クロエ。これでエミルさんは、ほぼすべての作業をお客様の前でできるようになりました」
ナタリアは、こんどはエミルのほうを見た。
「昨日、私が颯香堂で感じたこと。それは、魔法使いの淹れたお茶をいただける体験のすばらしさ、です」
「体験、ですか……?」
「私たち魔法使いにとって、魔法は“使う”もので、“見せる”ものだと考えていません。ですから、魔法使いでない方にとって、ここで見られる魔法は、特別な体験になるはずですわ」
ナタリアは、手をひろげて熱っぽく続ける。
「私は、颯香堂を“魔法を体感できるお店”にしたいと考えております。エミルさんが常にお客様の前で杖を振るい、お客様は、魔法で淹れたお茶を飲むことで、ここで体験したことを忘れられないものにすることができるのですわ」
エミルは、不安そうに両手を合わせた。
「あ、ええと、つまり、私は……何をすればよいのでしょうか……?」
「お客様の前で魔法を使って接客してくださいまし。注文を取るのも、会計も、お皿を下げるのも、そういったことはクロエの作った
「わ、分かりました……!」
エミルは、眉を上げて、両手を握りしめた。
ナタリアは、ぐるりと店内を見回した。
「さて、これでお店の準備はできました。あとは宣伝ですが……リナリィ、どうやって人を呼ぶつもりなんですか?」
「まかせとけ!」
リナリィは、自信満々でエミルを振り返った。
「エミルさん、
「簡単な薬を作ることもありますから、ある程度はそろえていますが……どのような薬瓶が必要ですか?」
「小さいのでいいから、店にあるだけ貸して!」
エミルが杖を振る。すると、店の奥から木箱が二つ、するすると空中を滑るように飛んできた。
木箱の中には、リナリィの手に収まりそうな瓶がズラッと並んでいる。
「そうそう!これにお茶詰めて!キンキンに冷やしたやつ!」
「冷たいお茶ですか?最近涼しくなってきたので、温かいお茶の方がいいと思うんですが……」
「ううん、今日は暑くなるよ」
「どうして分かるんですの?」
ナタリアは、首をかしげた。
「あたし、郵便局でバイトしてるから」
「ああ、なるほど」
「どういうことですの、クロエ?」
「郵便局で配達する魔法使い、特にこいつみたいに長距離を飛ぶ魔法使いが、風や嵐にぶつかって届け物をなくしたりしたら大問題になる。だから郵便局には、私達が知るのと比べものにならないくらい正確な天気の情報があるって聞いたことある」
「そういうこと。郵便局の局長が、今日は暑くなるって言ってた。だから、ゼッタイ大丈夫!」
こうして、エミルが薬茶を入れて、ナタリアとクロエが魔法で冷やした薬瓶数十本が、バックパックに詰められた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
リナリィは、バックパックを担いで外に出た。まだ午前中だというのに、夏のような日差しが飛び込んでくる。
「いいじゃん!局長の天気予報、大当たりだ」
リナリィは、鉄箒にまたがると、赤い軌跡を残して飛び立った。
「さーて、どこから行こうかな」
少し飛んで大通りに出ると、一気に人が増えた。リナリィの姿を見つけたこどもが、指さして声を上げる。
「あ、リナリィ・エンデだー!」
「ほんと、本物だ!」
「おおい、今度のレースがんばれよ!」
「30連勝、楽しみにしてるから」
その場にいた人が、リナリィに声を投げる。
「みんなありがとう!」
リナリィが、空中を旋回すると、人が集まってきた。リナリィは、その真ん中目がけて降りていく。
「おはよう!今日さ、めちゃ暑くない!?あたし、良いもの持ってんだけど、よかったらもらってって!」
リナリィは、駆け寄ってきた子どもに、薬瓶を手渡した。
「冷たい!……これ、なに?」
「今日リニューアルオープンした、
一本一本、エミルの
子どもが薬瓶を開けると、エミルの調合した薬草の香りが広がった。
「わ、良いにおい……」
薬茶の香りに、集まった人からどよめきが起きた。一人、また一人とリナリィから薬瓶を受け取る。
「すごく冷たいな、これも魔法なのかい?今日飲むには最高だな」
「こんなに冷たいのに香りが強い……市場で売ってるお茶より、ずっと複雑な香りがする」
「これ、すごくおいしい!」
リナリィは、バックパックに詰めていた薬瓶を残さず配り終わると、鉄箒で浮かび上がる。
「飲み終わった薬瓶を持ってお店に来てくれたら、割引しちゃうよ!」
薬瓶に夢中になっていた人たちの目線が、さっとリナリィに集まった。
「魔法使いが一つひとつ淹れる、本物の魔法のお茶を出すお店、颯香堂をよろしく!場所は……」
リナリィは、鉄箒についた
「あたしの箒の軌跡を追ってみて!赤いラインの先に、颯香堂が待ってるから!」
11
その日の颯香堂は、まさに大騒ぎという言葉がぴったりだった。
リナリィがお茶入りの薬瓶を持って飛んでいくと、しばらくして空の薬瓶を持ったお客が続々と入ってくる。
エミルは、何度も
クロエとナタリアは、最初はエミルが一人で対応できるか見守っていた。
しかし、あまりにお客の数が多いので、2人も杖を振ってエミルを手伝わざるを得なくなった。
午後になると、ジジがメモを片手に現れた。
「やっほ〜。うわ〜すごい、こんなにお客さんが入っているなんて……」
そう言いかけたジジの腕を、ナタリアがつかんでカウンターへ引きずり込んだ。
「ちょうどいいところに来てくださいました!手伝っていってくださいまし」
「え、え〜!?」
「
クロエは、床に這いつくばって、目を皿のようにして魔法陣を確認している。
「わたし、取材をしに来ただけなのに〜」
「いいから!!お前の姉さんの晴れ舞台なんだから、働いていけ!」
ジジは、ついにメモに一文字を書くことができず、ナタリアと共にティーポットを浮かせたり、メニューを持ってお客の間を駆け回らなければならなかった。
建物の影に日が沈んで、空がすっかり暗くなった頃。
最後のお客を見送ると、ナタリアは手近の椅子にどさりと座った。
「お姉ちゃん、すごかったね……」
ジジは、ナタリアの近くの椅子に頭を乗せてへたり込んでいるし、クロエは、床にへばりついたままの格好で動かなかった。
入口で派手な音がすると、リナリィが鉄箒を手に飛び込んできた。
「——おつかれ!薬瓶、配り終わったよ……って、あ、もう閉店の時間?」
「はい……。みなさん本当にお疲れさまでした」
エミルは、湯気の立つマグカップをそれぞれの前に置いた。
「1日ずっと
「こんなに店が忙しかったのは、初めてです。みなさんと、ジジ……あなたのおかげです。ほんとうに、ありがとうございました」
「……それより、約束は覚えてるよね」
クロエは、よろよろと起き上がった。
「そうだね〜。これだけやってくれたんだもん。いいかな、お姉ちゃん?」
「も、もちろん。2階の空き部屋を好きに使ってもらってかまいません……」
クロエは、その言葉を聞いてガッツポーズをした。
「よし、やった……。すぐに荷物を運び込んで、リナリィ、メンテするから鉄箒ちょうだい。それから……」
そこまで言って、クロエは、壁にもたれかかった。エミルが駆け寄って、クロエを近くの椅子に座らせると、その手にマグカップを持たせる。
クロエは、手の中のマグカップを見ると、一口すすって深く息を吐いた。
「……いや、これ飲み終わってからでいいや」
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