5
リナリィが向かったのは、マギ専のすぐ近く、アルクスで一番大きな郵便局だった。7階建てのビルがまるまる郵便局になっていて、正面玄関の両開きの扉は、小包や手紙を手にした人々がひっきりなしに入っていく。
見上げると、大きな肩掛けカバンを提げた魔法使いが三人、郵便局の屋根から飛んでいくところだった。彼らは、アルクス中を飛んで、郵便物を届けに行くのだ。
リナリィは、だんだん遠ざかっていく姿を眺めた。
「なんか流されてんな。上の方は風が強いのかもな」
「——リナリィ!やっと来てくれたか!」
とつぜん大きな声が響き、リナリィは文字通り飛び上がった。
見ると、熊のような大男が郵便局から出てくると、リナリィにずんずん近づいてきた。リナリィの横幅3倍はありそうな男は、リナリィのすぐ目の前で立ち止まる。
「もー、局長!いきなりデカい声で呼ばないでよ。マジでびっくりすんじゃん」
局長は、おおよそ郵便局勤めらしからぬヒゲ面をなでて、体に見合った大声で言った。
「早速で悪いが、お前と箒の出番だ。大好きな速達郵便だぞ!早く制服に着替えてこい」
局長の後ろについて郵便局に入ると、リナリィは更衣室に飛び込んで郵便局の紺色の制服に着替える。制帽と鉄箒を抱えて事務室に入ると、局長が手招きした。
リナリィは、局長のとなりに立った。
部屋の真ん中に置かれた机の半分を占領して、アルクス周辺の地図や、当時は非常に珍しい、細かな気象情報が書かれた紙束を広げている。
「さっき見たけど、上の方はかなり風強かったよね。方向分かる?」
「ああ、西からの風が一日中吹きっぱなしだ。2、3日でまた暑さがぶり返すだろう」
局長は、やっと涼しくなったのによ、とこぼした。
「さっき、お前の学校から郵送の依頼があってな。大至急だそうだ」
「速達ね、了解。んで、どの局まで運んだらいい?」
「——王都だ」
局長は、地図の真ん中を指さした。アルクスから見て西の方角、山を2つほど超えた先に「王都カリオン」と書かれたポイントがある。
「あと1時間半以内に届けられれば、今日中に届け先へ配達できる」
局長が言うと、地図の上に書かれたアルクスから、矢印の形をした光が浮かび上がった。矢印はまっすぐ王都に向かうのではなく、一度南に向かって進み、2つの山を大きく迂回して、王都へ向かって伸びた。山を回り込む、安全なルートだ。
「成功すればアルクス、王都間の新記録だ。いけるか」
リナリィの心臓が、急に胸の奥で暴れ出した。
いつもの箒なら、たしかにギリギリ間に合いそうだ。
でも、今手元にあるのは——、
「いけるよ!絶対に間に合わせて、新記録もあたしが取ってやる!」
ああ、言っちゃった。
リナリィは、体中が痛いくらい鳥肌が立つのを感じた。これで失敗はできなくなった。この飛行で、鉄箒を使いこなせるようにならないといけない。
自分で自分を追い込んでしまった自覚はあった。でも、失敗したらどうしよう、という不安の何倍も、やってみたい、という気持ちがリナリィの胸の中でうずまいていた。
「よし、それなら王都の局に電信だ!受け入れ態勢を整えさせろ!」
局長の声に合わせて、周りの郵便局員があわただしく動き出す。
局長は、リナリィに腕時計のような魔道具を手渡した。リナリィが手首に着けると、何もついていない盤面に光の矢印が浮かんだ。
「方向計を持っていけ。山を迂回するんだ、途中で王都の方向が分からなくなったらことだぞ」
6
リナリィは、郵便局の屋上で、局長から小さなバッグを受け取った。
革製のバッグは肩掛けにできるようになっていて、箒で飛んでいる最中もじゃまにならない優れものだ。
「バッグは封をしてあるから、お前が開ける必要はねえ。向こうは受取準備ができてるはずだから、だれか局員が出てきたら放り投げればいい」
「分かってる。バッチリ届けるから、バイト代おまけしてよね」
制帽をかぶりながらリナリィが言うと、局長はうなずいて、下の階に降りていった。リナリィは、深呼吸して、鉄箒にまたがる。
「……まずはていねいに、少しずつ魔力を……」
リナリィは普段よりよっぽどていねいに魔力を入れた。やがて鉄箒が、そろりと地面から数センチ浮き上がった。
「おっ、いけんじゃね?」
そう思った途端、少しだけ強く魔力が入ってしまった。その途端、鉄箒ははじかれたように郵便局を飛び出して、アルクスの空を一直線に駆け抜けていく。
「ちょ、ちょっと待って――!!」
リナリィは慌てて鉄箒の柄を思い切り引いた。ふつうの箒なら、だいたいこれで急ブレーキになる。
ところが、鉄箒はスピードを落とされるのがイヤだ、と言わんばかりに空中で縦に一回転した。そのままリナリィは、アルクスの街中に並ぶ家の屋根へ放り出された。
屋根の上をごろごろと転がってなんとか止まると、リナリィはほうほうの体で立ち上がる。
「くっそ、難しい…!」
今までの箒より、必要な魔力の量が全然違う!で、中途半端に入れたらまともに飛ばないくせに、入れたら入れたで一気に最高速まで出やがる!魔力全開にしながら、コントロールも完璧にしろってことか!?
そこまで考えて、リナリィはとつぜん胸が高鳴った。
お腹の底から、ふつふつと煮えたぎるような熱が上がってくる。
「……そうか。あたしがビビってるからダメなんだ。中途半端だから、こいつに振り回されるんだ」
分かったよ――
「お前が欲しいだけの魔力、あたしが全部ぶつけてやる!」
リナリィは、自分が出せる最大の魔力を、一気に鉄箒へと注ぎ込んだ!
「うおおおおおっ!!」
果たして、鉄箒はすさまじい勢いで飛び始めた。
あまりの速さに、景色が後ろへ溶けていく。気が付いたらアルクスの街を抜け、目の前に、はるか彼方だと思っていた山の尾根が、ぐんぐんと迫る!
ふつうの箒なら、山の高さを超えるのは無理だ。だから、南へ旋回して、山を回り込むルートを飛ぶ。
だが、この瞬間リナリィは迷わなかった。魔力を全開にしたまま、箒の柄を小指の先ほど持ち上げた。
鉄箒は軽やかに高度を上げ続け、山の尾根の上を飛び越えていった。
「なんだよ……急に素直になったけど、なんで?」
2つ目の山の尾根を越えてしばらく飛ぶと、遠くに王都の影が見えてきた。
「そういえば、ナタリアが言ってたな。
一度言うことを聞いた鉄箒は、びっくりするほど素直で扱いやすかった。
その黒い柄を握りながら、リナリィは、ナタリアが話してくれたことを思い出していた。
「――ゼスラ文明は、今より高度な魔法文明だったって……。まじで、これがあの頃の“普通”だったのかな…ってことは、この箒、本当に千年前の文明の遺物で作っちゃったってこと!?」
リナリィの顔がじわじわとゆるんでくる。リナリィは、周りの風の音にかき消されないよう、大声で叫んだ。
「すげー!こいつマジですごいじゃん!!クロエ!ナタリア!ありがとーっ!!」
鉄箒はさらにスピードを上げていく。
「ひゃっほーーーう!!!」
その日、アルクスの空に、オレンジ色の彗星が駆け抜けた。リナリィが速達の歴史的な新記録を打ち立てた瞬間だった。
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