マギカ・トライアングル!

擬天傘

第1話

 9月のある日、ここはアルクスの街のはずれに立つ門。

 周りにいた人は歓声をあげて、あるいは色とりどりの手旗を振って、だれもがみな、同じ方向を見ている。

 視線の先には一人の女の子が、黒く磨かれた木の箒にまたがって、静かに前を向いていた。

「さあ、最終飛行はもちろんこの人!」

 街中に響く声に応えるように、女の子の足が地面からはなれた。

 箒に乗った女の子は、音もなく3メートルの高さまで浮き上がった。

 にわかに歓声が上がると、余裕たっぷりに手を上げて応える。

「今シーズンは向かうところ敵なしの28連勝中!箒レース界に彗星のごとく現れて、一気にトップの座へと駆け上がった新たな箒乗りライダー!」

 その夕焼けのような濃いオレンジ色の髪と瞳に、観客の視線が集まった。

 そのとき、バーン!!という音がして、もうもうと煙が上がるのと同時に周囲に焦げ臭い匂いが広がる。

「リナリィ・エンデ、今スタートッ!!」

 わっと歓声をあげて、観客が手を振り上げる。ややあって煙が消えると、もう、そこにリナリィの姿はなかった。

「スタートダッシュに成功しました、リナリィ選手!勢いそのまま最初のコーナーへ……」

 魔法であちこちから聞こえる実況の声に押されるように、ぐんぐんスピードを上げていく。

 ゆるやかに曲がっていく最初のカーブは、箒を少し傾けるだけでクリア。あっという間に、街中の曲がりくねった路地へと入っていく。

 灰色の地面と、両側から迫る石造りの家々。

 ちょっと進めば壁に突き当たり、少し飛んだら分かれ道。まるで迷路のように入り組んだコースを、リナリィは迷いなく飛び抜けていく。

 コースを進んでいくと、左右から建物がぐんぐん迫ってくる。

 さっきまでは車がすれ違えるくらいあったのに、今はもう、人ひとりがやっと通れそうなスキマしかない。

 しかも、コースは左に鋭くカーブしている。

 普通なら、一度ほぼ停止するくらいまでスピードを落とさなければ、曲がり切れるはずがない。下手をすれば、壁に叩きつけられておしまいだ。

「コース最大の急カーブに入っていく!ここをどれだけロスなくクリアできるかが勝敗の分かれ道だが!さすがのリナリィ選手も、ここでは減速せざるを得ないかーっ!?」

 そう、普通の箒乗りライダーなら。

「減速?」

 リナリィが小さく言った。

「――バカ言うなよ!」

 ほかの箒乗りライダーならビビってスピードを落とすような急な曲がり角を前にして、リナリィはさらにスピードを上げた。

「り、リナリィ選手さらに加速!!これはいくらなんでも暴走だ!」

「スピードを落とすくらいなら、箒乗りライダーなんてやめちまえ!」

 カーブが、壁が、目の前に迫る。

 リナリィは思い切り体を左に倒すと、箒の柄を引き付ける。硬く軽い柄から「ミシ…ッ…!」という音がしたが構わず引いた。

 壁にぶつかる寸前、リナリィは箒から飛びおりる。

 ダンッ!!と壁に着地すると、そのまま壁を横向きに走る。

 箒の穂先が壁をかすめるザーッという音を連れて。

「いくぞーっ!!」

 一瞬の暗闇の後、リナリィはアルクスの広い大通りへ飛び出すと、箒に飛び乗った。

「……ま、曲がり切ったっ!!リナリィ選手、すさまじいスピードのまま難所の急カーブをクリア!いま、壁を走ったのでしょうか!?もはや、常識では考えられない、異次元の飛行だ!!」

「ひゃっほーう!!飛ばせー!」

 絶叫する実況の声も追い越して、リナリィは大通りを駆け抜けていく。

「リナリィ選手ラストスパート!!ゴールまでひたすら真っすぐの上り坂!ここでさらにタイムを縮めるのか!」

 リナリィはちらりとアルクスの大通りを見た。

 ゆっくりと坂を登っていく路面軌道の窓からリナリィを見つけた人が、手を振っている。

 左右に何軒も並ぶ商店から、色とりどりの包み紙を抱えた人たちが顔を出す。

 なんとかリナリィを撮ろうとやっきになってカメラを構える人が見える。

 観客もそうでない人の頭上も飛び越えて、リナリィは、

「見えた、ゴール……!!」

 坂の頂上に立つ、白い石で作られた巨大な門をとらえた。

 王立魔法技術養成専門学校おうりつまほうぎじゅつようせいせんもんがっこう

 通称、マギ専。

 ゴール地点となっている、重々しい正門にリナリィは飛び込んだ。

「――リナリィ・エンデがすばらしいタイムでゴールインッ!!これで無傷の29連勝、前人未到の30連勝に王手をかけました!」

 ワッと歓声が上がる。リナリィが箒を頭上に掲げると、その声はさらに大きくなった。

「えっ?」

 そのとき、リナリィはあやうく箒を取り落としそうになった。

「ウソでしょ。あたしの箒が……!」

 毎日ピカピカに磨いていた箒の柄。それが、リナリィの握った場所から左右に大きなヒビが走っていた。

 ヒビは見る見る広がって、今にもバラバラになりそうな様子だ。

「ヤバいヤバいヤバい!!」

 箒を両手で握りしめると、リナリィは走り出した。後ろ姿を、実況の明るい声が追いかける。

「しかも30連勝がかかるのは、1週間後に迫った“魔法使いの夜マギ・ナイト”でのレースになります。年に4回の大レースでどのような飛行が見られるのか、大いに期待しましょう!」

「うぉーっ、壊れる!!」

 もはや歓声に応えている余裕なんてない。リナリィはハァハァと息を荒げて、マギ専の校舎へ駆け込んでいく。

「以上、実況はマギ専新聞部部長、ジョルジュ・コナーがお送りしました!次のレースもお楽しみに!!」

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