第52話 命懸けの避難誘導! 戦場と化す校舎と、不意打ちのキス

非常ボタンを押したことで、各教室内が騒然となる。俺は教室に戻り、慎重に逃げることを指示した。めぐちゃんが大声を上げる。  


「みんな! 落ち着いて! わたしが暴漢に出くわさないように指示します。グラウンドには出ずに、体育館沿いを通って校門まで行き、その後は各自、分散して安全な場所に逃げてください。この二学年の誰一人として犠牲者が出ないように、わたしは全力を尽くします! みなさんの協力が必要です! よろしくお願いします!」


「「分かった!」」


 クラスがまとまりかけたその時、担任が叫んだ。


「勝手な行動をするんじゃない! 一旦席に戻れ! 校長と相談してから今後どうするかを決める。お前らは、ここで待機をするんだ」


「黙れ! この際、言っておく! 前々からお前の授業はくそ面白くねえんだよ! お前も教師だったら、生徒達のことを一番に考えろ! 何が席に戻れだ! いつもいつも偉そうに! 今が一刻を争う命の危機なんだよ! てめえ、ふざけんじゃねえぞ! 何が相談だ。何も出来ないんだったら黙ってろ!」


 いつも冷静な高橋遙人たかはしはるとが、ブチ切れた。


 教室が一瞬静まり返るが、俺は構わず指示を飛ばす。


「三人の暴漢は、俺と大江おおえがどうにかする! みんな! 沢村さわむらさんを信じて無事に逃げてほしい! 奴らは人質を取る作戦に切り替えるかもしれない。特に男子は女子の逃げ遅れがないか、また前方に先回りして敵がいるかいないかを索敵して欲しい。よろしく頼む」


「「おう! 任せてくれ!」」


「南浦部第一の意地を見せてやろうぜ! みんな! いくぞ!」


「「おう!!」」


 掛け声と共に生徒たちが動き出す。  俺の所に、松島まつしまセイラ、新田利香にったりか伊藤萌夏いとうもかが集まってきた。


「あたしも何かやれることない?」と松島まつしま


「うちも」と新田にったが呼応する。


「わたしは、三組の誘導を任せて。愛美めぐみと携帯で随時連絡を取り合うから」


 伊藤萌夏いとうもかが、いつものアイドルのような雰囲気とは違って、真剣な目で訴えてくる。


「みんな、ありがとう! 沢村さわむらさんだけじゃ負担が大きいから、伊藤いとうさんには三組を任せます。勇気を出して頑張れ! 松島まつしまさんと新田にったさんは一組をお願いします。伊藤いとうさんが言ったように、沢村さわむらさんと携帯で連携を取って誘導をお願いします! 決して無理しないでください! もし何かあったら俺に連絡してください! どうか宜しくお願いします!」


 俺は普段と違った丁寧な口調で、彼女達に指示を出した。


高橋たかはし君こそ、無理しないでね……」


 セイラは涙ぐんでいる。


「大丈夫だよ。俺、運はそこそこあるから。多分、ふふっ。じゃあ、お願いします!」


 三人は教室を出て行った。  


 だが、ガラッとドアが開く音がして、伊藤萌夏いとうもかだけが俺の元に戻ってきた。


「あのときのお礼、ちゃんとしてなかった。改めて、ありがとうございます」


「いやいや」


「過去のトラウマから逃げずに、頑張ります!」


「はい」


「わたしは、あなたのことが好きです」


 伊藤いとうがそう言った瞬間、俺の頬に温かい感触が伝わった。


 一瞬、俺の思考回路が遮断され、壁の一点を見つめるだけの時間が過ぎる。


「必ずミニコンサート、来てくださいね。じゃあね!」


「……はい」


 俺の目線の先には、無邪気に手を振る伊藤萌夏いとうもかの、輝くような笑顔があった。


 ――いかん。こんなところで、呆(ほう)けている暇はない。三年生は星村ほしむら先輩と九段くだん先輩に事情を簡単に説明して、誘導してもらおう。一年生は暴漢がいち早く到達する距離にあるから、俺と大江おおえ、そして野球部全員で死守する!


 一方、職員室では大混乱が起きていた。


「もう一部の生徒が避難をしているらしいです! 一応、警察に連絡します」


「不法侵入者は何人だ!」


「二人ですかね。いや、一人?」


「我々はここに残っていても大丈夫ですかね。鍵とか閉めたら時間が稼げるかと」


「あの! そんなのどうでも良くないですか! 一番の優先事項は、生徒達の元へ一刻も早く行くことでしょう!」


 野球部監督の高坂登こうさかのぼるは、半ば呆れた声で叫ぶ。


「前々から思っていたんだけどな。お前、かっこ付けんなよ! 和を乱すな! 管理職の指示に従え! こういうときに大人が冷静にならないとどうするんだよ」


 数学担当の稲田いなだが、喧嘩腰の口調で返答する。


「俺は退職覚悟で、くそどうでもいい規律とやらを破ってやるよ! 俺にとって生徒達の命が第一優先だからな! 俺は生徒達の元へ行く! たとえ侵入者と差し違えても生徒達を守る! お前ら勝手にやってろ! この保身優先者どもめ!」


「私も高坂こうさかさんに付いていきます! 可愛い生徒を、この命をかけても守りたいです!」


 その凛とした声は、新垣瞳にいがきひとみだ。


「ありがとう! 新垣にいがきさん! 俺から決して離れないでください! 全力であなたも守りますから!」


「はい! じゃあ、一緒に行きましょう! 生徒の元へ」


 二人はガッチリと握手をして、職員室のドアを蹴破る勢いで開け放ち、走り出した。

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