10
また汗だくで起きた。
ジャンヌちゃんに嫌って言われて、寂しそうな顔してたから一緒に寝たんよ。口では嫌とか言うてたけど、ルノはやっぱりオレにくっついて寝た。
ジジにまたホモとか言われたけど、ルノが悪夢を見んで済むんやったら、オレはホモでもなんでもええよ。それにジジ以外はそんな事、言うてけぇへんもん。
オレの肩に顔をくっつけて、ルノはすやすや寝息を立てる。ルノは暑くないみたいで、肩までちゃんと布団をかぶってた。今日は泣いてないみたいでちょっとホッとする。
布団を蹴っ飛ばしてから、オレはルノの頭をそっと撫でた。ふわふわのきれいな金髪が触り心地よくて、オレは何回も何回も撫でた。薬が効いてて、ルノはうんともすんとも言わんと気持ちよさそうに寝てる。
時計はまだ七時半。もうちょっと寝かしといてあげよ。
オレは起き上がると、とりあえずトイレに行った。まだちょっと眠いけど、二度寝するにはちょっと遅い時間なんやもん。諦めて起きる事にした。
戻ったら、ルノは小さく丸まってた。
オレはベッドに腰掛けると、ルノの背中を撫でた。
ジェームスと寝るより楽でええな。
ルノは全然寝相悪くないし、すっごい大人しい。変な寝言も言わんくて、夜中にトイレに起きてもオレを踏んづけたりせんから。
でも昨日の晩はちょっとフラフラすぎて、トイレに行ったルノが心配やった。まあ布団に戻ってきたら、すぐにまたすぴーって言うてたけど。医者の先生が言う通りで、きっと凄い薬を飲んでるんやろな。何の薬なんかは知らんけど。
こんこんってドアをノックする音が聞こえて、オレはそっちを見た。
「おはよう」
ゆりちゃんが入口のところで、ニコニコしながら手を振ってる。
「ルノはまだ寝てんの?」
「寝てんで」
ちょっと心配そうな顔をして、ゆりちゃんは部屋に入ってきた。スリッパを脱いでオレの隣りまで来ると、布団をちょっとめくって、ルノが泣いてないのを確認する。そして安心した様子で床に座った。
「昨日はおかしなったんかと思ったで」
「確かに」
ジャメルさんになんか言われたジジが奇声上げてんのを、ルノだけがケラケラ笑ってんねんもん。ジジはずっと意味不明な奇声上げてるし、ルノは笑ってるし、兄弟そろっておかしなったんかと思った。
昨日の晩、ベッドでルノが言うてた。
ジジはジャメルさんにされた事を話されて、恥ずかしいからって奇声を上げてたんやって。詳細は聞いてないけど、ルノはずっとニヤニヤしてた。よっぽどの事をジジは言われたんやろな。
それやのに、昨日もジジはジャメルさんと一緒に部屋に引っ込んだ。ケンカするほど仲がいいってやつかな。ジャメルさんはずっと幸せそうやけど、ジジはどうなんかな。まあ嫌やったら部屋に入れてあげへんか。
ゆりちゃんはルノを見ながら、優しい声で言うた。
「今日はうち、ダンテの手伝いの予定やけど、やる事なかったらルノの相手してよか?」
「そうやな。昨日暇そうやったもんなぁ」
オフィスにおったら、ルノも落ち着かへんのちゃうかな。
やる事もないし、また誰かの仕事が気になられても困る。もう流石に見せてるつもりはないけど、騒がれても嫌やん。確かにルノのおかげでジジは無事やったかもしれんけど、あの後大変やったもん。それにジジの事を話す時、ルノはめちゃくちゃ寂しそうな顔をしてた。あんなん見てられへん。
またああいうふうに泣かれたら、流石に仕事に支障が出ると思うんよ。昨日はたまたま大丈夫やったけど、指示が聞こえんかったら危ないやん。
ゆりちゃんとどっかで遊んでてもらった方がええのは分かってる。
でもルノから目を離したくないんよ。
だって昨日また危ない目に遭ってんで?
確かにヴィヴィアンとかが見張ってる。工作員としてはもう仕事をしてへんけど、みんなめちゃくちゃ強い人ばっかり。ジェーンはジェームス以外で唯一ヴィヴィアンと組めた凄い工作員のおばちゃんやし、イーサンは確かジェームスとヴィヴィアンの事を鍛えた人やった筈。他にもいろんな人が交代で見てくれてる。
そんなめっちゃ強い元工作員が見張ってるから、ルノが仮に脱走したとしても大丈夫やって分かってんねん。一瞬で捕まるって分かってる。ルノなんか捕まえんの一瞬やと思う。
でも今は出来れば、そばにおってあげたい。
昨日、オレの事をお兄ちゃんて呼んでくっついてきたルノは、すっごい寂しそうな顔してたんやもん。今朝もオレにくっついてたけど、くっついたってなんか変わる訳やない。それこそ本人は嫌がるけど、ジジにくっついてた方が絶対安全やん。
ちらっとルノを見ると、気持ちよさそうに枕に頭を乗せてる。ゆりちゃんの手に擦り寄って、甘えるように顔をくっつけんねん。
そんなに一人になりたくないんかな。
オレには分からへんけど、虫攻めにされたせいで弱り切ってる。オレには言うてけぇへんけど、めちゃくちゃ怖かったんやと思う。
「オレ、ちょっと心配やねん」
「なんで?」
「ルノがつらそうやから」
ゆりちゃんはせやなぁって溜息をついた。
「ごめん。俺やったら大丈夫」
急に後ろから声がして、振り向く。
ルノが目だけ開けて、寂しそうな顔をしてた。寝たままで、布団にもぐって顔だけ出してる。身動きせんとじっとしてた。
ゆりちゃんがルノの顔を覗き込んだ。
「なんでルノはいっつもそうなん?」
「何が?」
「甘えたらええやんか。あんな事があってんで? 誰も笑わへんよ」
ルノはきょとんとした顔でゆりちゃんを見つめる。
「甘えろって言われても」
ゆりちゃんはルノの髪の毛を撫でると、じっと目を見つめた。
「ルノはどうしたいんよ?」
ルノは黙って目をそらした。
「そうやで、どうしたいんか言うてよ」
オレもゆりちゃんと一緒にルノの顔を覗き込んだ。
一瞬、ルノが怯えたような目をした。で、黙って目をそらすんよ。枕を握って、つらそうにするだけ。口を開く気はないみたいやった。
しばらく待って、ゆりちゃんはルノの顔を無理矢理こっち向けた。つらそうな泣きそうな、なんとも言えん顔したルノに、ゆりちゃんは詰め寄った。
「なんでルノはいっつも我慢すんの?」
「してへん」
「じゃあ、もう一人で大丈夫なんやな?」
大丈夫な訳ないのに、ルノは頷いた。
「ダンテ、おもちゃの虫ってどこ?」
「え? 机の下やけど」
ゆりちゃんは乱暴にルノの頭を離すと、真っ直ぐ机まで行った。イライラした顔してて、ちょっと怖い。そんで赤いバケツを掴むと戻ってきた。何するんかと思って黙って見てたら、ゆりちゃんはそれを勢いよくルノにぶっ掛けた。
飛び起きたルノが、泣きながら悲鳴を上げた。
「ちょっと待ってゆりちゃん」
「平気なんやろ?」
ガタガタ震えだしたルノを見つめて、ゆりちゃんは怒鳴った。
「助けてって言うてみぃや。どうしてほしいの?」
ルノは泣きながらゆりちゃんを見上げる。
変な呼吸になってきた。
苦しそうにしてるルノを見て、オレはいっぱい散らばってるゴキブリを、ベッドから払い落とそうと手を伸ばした。でもゆりちゃんが止めてくんねん。なんもすんなって言うて、ルノの事を見つめる。
でもこのままにしとかれへんやん。ゆりちゃんが怖くて、オレにはどうにもしてあげられへん。どうしよう、こういう時ってどうしたらいいん?
「どうしてほしいの?」
ボロボロ涙をこぼして、ルノは呟いた。
「助けて。嫌や、怖い」
ゆりちゃんはベッドに座ると、ルノをそっと抱きしめた。
「言えるやんか」
ルノはゆりちゃんにしがみつくと、声を出して泣き出した。オレは目に付くところのおもちゃをベッドから払い落とす。バラバラ音を立てて、おもちゃは落ちていった。
ベッドの下はゴキブリのおもちゃで真っ黒になる。
一個二個やったら大した事ないけど、集団やったら流石にキモイなって、ちょっと思った。オレ、今までこんなん部屋にまき散らしてたんか。流石に悪趣味やったかもしれん。ごめんな、おばちゃん。
ルノはしばらくそうやって泣いていた。
正直にゆりちゃんに一人は嫌やって言うて、ルノはオレの部屋におる。怖いって、ちゃんと言うたから、ゆりちゃんはベッドに一緒に座っててあげるらしい。
片付けたらあかんとか言うから、相変わらず床はゴキブリのおもちゃまみれ。あれ、全部で百匹くらいおった筈なんやけど、本気なんかな。流石にルノが可哀想な気がするんやけど。まあおもちゃやから、ゆりちゃんがそのうち片付けてくれるやろ。
ジジに散々笑われてたけど、ルノはベッドから一歩も動かれへんかった。
足とかガクガクで、自力で立たれへんくらいやってん。しかもおもちゃって分かってんのに、近づく事すら出来ひん。またぐのも無理っぽい。
でも平気って言い張ってたから、ゆりちゃんにいじわるされて片付けてもらわれへんねん。素直に片付けてって言うまでそのままのつもりなんやろな。
ゆりちゃんはそんなルノの横に座って、ゲームを楽しんでる。怯えたままのルノがちょっと可哀想やけど、正直に言わんのが悪いって、オレも思うから放っといた。
ちょっと心配やったから、三つのモニタのうちの一つにはルノの様子を映してる。今もゆりちゃんの横で、ルノがしくしく泣いてるのが分かる。でも片付けてって、言われへんみたい。
ルノの下にはコンドルを映してる。
コンドルは相変わらず、一階のガレージにおる。なんであんな事をしたんか、いつから裏切ってたんか、いろんな事を聞き出そうとしてるみたい。
ヴィヴィアンの迫力のおかげで、ほとんどなんもせんでも全部ペラペラ喋ってるみたい。せやけど、相変わらずオレには教えてくれへんまんまや。
あの様子じゃジジも知らんねやと思う。今朝もジャンヌちゃんと一緒に、ルノの事をケラケラ笑ってバカにしてたから。
残りのモニタで、オレはゲイト社のサーバをチェックしてた。クラックしてるんはバレてるから、どうせロクな情報は残ってないって分かってる。でも他に手掛かりはない。
もうすぐお昼やから、ルノの様子を見に行こう。
ルノは大人しく本心言うかな? いい加減、トイレにかて行きたいやろに。ずっと我慢してるから、ゆりちゃんがイライラしてんのが分かる。爆発する前に行ってあげな、またおもちゃやけど、虫攻めにあうかもしれん。
目新しい情報も特にない。
諦めてモニタの電源を落とすと、立ち上がった。斜め前の、あいたままになってる一角が見えて寂しくなる。そこ、コンドルの席なんよ。いっつも一緒にご飯行ったのにって思い出したら悲しくなった。
カードキーをパネルに押し当て、オレは廊下に出る。真っ直ぐ歩いてエレベータに乗り込むと、ルノとゆりちゃんがいてる二階のボタンを押した。着くのを待ちながら、オレはラインをチェックする。
ヴィヴィアンがプリンを食べようって誘ってくる内容が載ってた。それ以外はなんもない。やっぱりジェームスもヴィヴィアンも、オレにコンドルの事を話す気はないみたい。
自分の仮眠室まで行くと、ドアを開けた。
「ルノ、ゆりちゃん、ご飯行こう」
声をかけると、ゆりちゃんはニコニコしながらコントローラーをベッドに放り出した。行く行くって笑うんよ。隣りで泣いてるルノに、行くでって手を出す。当然やけど、ルノはやっぱり動かれへんみたいで、悔しそうにゆりちゃんを見上げるだけ。
「お腹すいてへんの?」
ゆりちゃんって意外といじわるなんやなって思った。
ルノが強情なん分かってるんやから、この辺でやめてあげてもええやん。せやのに、あえて片付けもせんまま、ベッドの前で手を差し出すだけ。ちょっと可哀想やない?
「ほら、どうしたん?」
ルノは目をそらすと、俯いた。
「それ、どけて」
「それって何?」
「カファールのおもちゃやんか」
ルノは鼻水をすすって、オレの方を見た。
「なあダンテ、どけてぇや」
流石にもうええやろ。
ちょっともう可哀想やと思うんよ。ゆりちゃん、面白いのは分かるけどやりすぎちゃうか。ルノ、ずっと泣いたままやし、片付けてあげてもええやろ。
オレは部屋に上がると、ベッドのところまで行った。
「なんでうちに言わんねん?」
「なんでもええやんか」
ゆりちゃんはニヤニヤしながらルノの顔を覗き込む。楽しそうに笑ってるから、ルノはホンマに悔しそうな顔をした。
午前中、結局ルノは片付けてって言われへんかったんやろ。それだけの事がなんで言われへんのか、オレはさっぱり分からへんけど。よっぽど悔しいみたい。
「その辺にしとこうや」
オレはゆりちゃんに声をかけた。
「いやあかん。正直に言えるまではあかんで」
ゆりちゃんはそう言うと、オレの手を握って、くるっとドアに向かう。ルノが絶望したような顔をして、こっちを見てる。
「ほら行くで、ダンテ」
どうしようか迷ってたら、ゆりちゃんがニコッと笑った。大丈夫って笑うから、仕方ないけど部屋を出る事にした。
一緒にドアのところまで戻ったところで、ルノが叫んだ。
「嫌や、置いてかんとって」
ゆりちゃんがルノを見る。
「どうしてほしい?」
「助けて。怖いからこれどけて」
これを言わせたかったみたい。
ゆりちゃんはにこっと優しく笑うと、ルノのところまで戻っていった。足でゴキブリのおもちゃをどけると、ルノの手を握る。
「意地張らんと、次からはちゃんと言うてぇや」
めちゃくちゃ悔しそうなルノは、黙って頷いた。頷いて乱暴に顔を拭う。顔をぐちゃぐちゃにして、ルノは泣いてた。ゆりちゃんにもう大丈夫って頭を撫でられて、大人しく頷くんよ。
そんなんなるまで我慢せんと、言えばええのに。
オレはそんな事を考えながらルノとゆりちゃんと三人で部屋を出た。
食堂ではジャンヌちゃんとトランプで遊んでるジャメルさんがおって、ニコニコしながらこっちに手を振ってる。そこまで行って、一緒のテーブルに座ったら、ジャメルさんはルノの頭を乱暴に撫でまわした。なんか言ってるけど、ルノはそっぽを向いて鼻水をすするだけ。
「お兄ちゃん、まだ泣いてたん?」
「うん、そうやで」
ジャンヌちゃんに聞かれて、オレは頷いた。
ルノを見ながら笑うジャンヌちゃんは、めっちゃ楽しそうや。それを不満そうにしてるけど、ルノはなんも言わん。静かにゆりちゃんの横に座ってるだけ。
「素直に助けて下さいって言えばいいのに、お兄ちゃんアホやろ?」
「ホンマにそう。まさか昼まで粘られると思わんかったで」
ゆりちゃんは大笑いするとルノの肩を叩いた。
めちゃくちゃ悔しそうにゆりちゃんを睨んでたけど、ルノはなんも言わへんねん。ちょっとおもろいから、オレもつられて笑った。
笑ったら可哀想やとは思う。
でもルノはちょっとプライドがガチガチすぎると思うんよ。それこそシングルのトイレットペーパーくらいペラペラにした方が絶対いい。そんなにプライドばっかり高くても、しんどいだけやろに。
実際、今日もたった一言片付けてって言えばいいだけやった訳やん。我慢して泣いてるのって、きっとつらかったと思うんよ。平気って言い張って、でも一人にはせんとってって、矛盾した事を言うて。ホンマは全然平気やないって事やん。
なんでルノはこんなんなったんやろ。
根性あるからって、限界まで我慢すんのは悪いところやと思う。ヴィヴィアンにしばかれてる時も、限界ですって言われへんかったみたいで、気絶寸前まで殴られたらしいもん。
「もう言うたからええやろ」
ふてくされた様子で、ルノはそう言うた。そうやなってゆりちゃんにも、わさわさ頭を撫でられてるのが、なんかもう面白くてヤバかった。
今日のお昼は海鮮丼みたい。おばちゃんが持ってきてくれた。
「ルノとジャンヌちゃんはナマモノ食べれるんか?」
おばちゃんは二人を見て尋ねた。
「ジャメルはあかんけど、うちら食べれんで」
ジャンヌちゃんがにこっと笑って答えた。
おばちゃんは台所に戻っていくと、ジャメルさんの分だけ卵丼を持って戻ってきた。全員の分をテーブルに並べてくれて、ニコニコしながら戻って行った。
嬉しいな。ありがたくいただこう。これ美味しいんよね。たまにしか出てけぇへんねん。でも大好き。
ちなみにこのおばちゃんも元は凄腕工作員らしくて、態度の悪かったジェームスを殴った事があるらしい。オレがランボルギーニに殺さる前の事やから、オレは知らんねんで。でもヴィヴィアンが言うてた。
そのおばちゃんも、ルノの事があってから食堂に銃を一丁置くようになった。でも多分これを知ってるのはオレだけなんちゃうかな。みんなには分からんようにしてるみたいやから。
ルノは黙ってフォークを握ると、しょうゆをかけて魚を食べ始めた。一緒に暮らしてる時、ルノが言うてた。お箸、使われへんねんって。いっつもナイフとフォークを使ってんのがちょっと面白かったんよ。
でもジャンヌちゃんはお箸で器用にどんぶりを食べ始めた。
「お箸使えんの?」
オレは思わずジャンヌちゃんに尋ねた。
「お兄ちゃんだけやで、使われへんの」
そう言えばジャメルさんはお箸を使ってたっけ? ジャンヌちゃんも上手やなって思った。卵丼やから、ジャメルさんはスプーンを使ってるけど。
おばちゃんは流しでお皿を洗いながら、ちらちらこっちを見てる。楽しそうに笑ってるから、おばちゃんもルノがちょっと心配やったんかもしれん。なんでか知らんけど、おばちゃんはルノの事がお気に入りみたいやから。
美味しい。
やっぱりみんなでご飯を食べれると、めちゃくちゃ美味しいなって感じる。それに凄い嬉しい。こうしてるとなんかやっぱり幸せやと思うんよ。一人やったら味気ないのに、みんなで食べると美味しいし楽しいし幸せや。
ルノがちらっとジャンヌちゃんを見た。そんでジャンヌちゃんになんか囁いた。日本語っぽくない響きやから、多分フランス語や。
ジャンヌちゃんは嬉しそうに笑って、ルノの器から甘エビを取った。それを嬉しそうに食べてるから、ルノに尋ねた。
「エビ嫌いやったっけ?」
でも前は、エビを食べてた筈なんよね。甘エビだけあかんのかな。そんな事なかったと思うんやけど。
ルノの代わりにジャンヌちゃんがニコッと笑った。
「虫を思い出して食べられへんねんって」
ルノはしゃーないやんって小さく呟いた。
ちょっと可哀想や。前は食べれたのに、今はあかんって事やろ? それも思い出すのが虫とか、しんどいと思うねん。味やなくて、虫なんやで?
ゆりちゃんに背中をさすられて、ルノはちょっと赤い顔すると無視して食べた。美味しいって言うてるけど、オレは心配。せめてご飯の時くらい、思い出さんとおれたらええのになぁ。
でもこれ以上サーバーの調査しても、ぶっちゃけ何の成果もないと思う。ルノに話を訊ければいいけど、こんな状態なんやったら思い出させへん方がええやろ。訊いたって、ルノはつらいだけやと思う。解決するとも限らん。
どうしてあげたらええんかな。なんも思いつかへん。
ルノはどうしてほしいんやろ。
そんな事を考えながらどんぶりを置くと、ルノの横顔を眺めた。
「おっ、今日は海鮮丼か」
嬉しそうにジジが言うた。ジャメルさんの後ろからこっちを覗き込んでニコニコ笑う。急いでカウンターまで行って、すぐに海鮮丼を持って戻ってきた。
ルノの正面にお盆を置いて、きょろきょろする。近くのテーブルから椅子を引きずってくると、そこに座って手を合わせた。
「いただきまーす」
食べながら、ルノを見て優しく笑った。
「ちゃんと助けてって言えたか?」
ルノは顔をそむけると、嫌そうな顔をした。
「うるさい」
ゆりちゃんがジジに笑いかけた。
「結局言わんかったから、置いてけぼりにしたった。最後は泣きながら言うたで」
ジジが面白そうに笑った。
「ゆりちゃん、そこまでやったん?」
「素直にならんルノが悪い」
「それはそうや」
ルノは黙ってジジを睨むと、肩をすくめた。
ゆりちゃんとジジってめちゃくちゃ仲いいよなって、最近思う。ルノに対する軽い嫌がらせみたいな内容ばっかりやけど、よく話してるのを見かける。で、ゆりちゃんはときどきそれをルノにやってる。たまにジャンヌちゃんが混ざって、えげつない事を言ったりしてるから見てておもろい。
オレは食べ終わったどんぶりを、片付けようと立ち上がった。終わったみたいやったから、ルノの分も重ねて持ち上げる。
ルノがついてくる。
「座っててええで」
「一緒に行く」
二人でカウンターまで行って器を返すと、ルノがオレを寂しそうに見下ろした。
「昼からも仕事なん?」
「どうしたん?」
「部屋に戻りとぅない」
そんなにゴキブリのおもちゃが怖いんやろか。ただのゴムのおもちゃやで。ヴィヴィアンがくれたゴキ・ブリ男さん達やけど、あんなふうに使われるとはきっと誰も思ってなかったやろ。ついでにあんなに怖がられるとも思ってなかった筈。
まあ大した事ではないけど、ルノは嫌やろな。そんなんされるくらいやったら別の事がしたいよな。なんかないかな。
「そう言えば今日はヴィヴィアンがおる筈やから、地下で体を動かすのもありかも」
ヴィヴィアンとプリン食べるのにちょうどええかもと、ふと思いついた。オレがプリン食べてる横で、ちょっと歩いてみたり出来るやん。ずっとじっとしてんのって嫌やろし。
「ヴィヴィアン怖いやん」
「どこが?」
「笑顔でボコボコにされたから、怖い」
そう言えばそうやっけ?
「走ったら?」
「そうしよかな」
「オレ、今からヴィヴィアンとプリン食べんで」
「一緒に行っていい?」
「ええよ」
ルノは自分の服を確認してから、着替えなあかんって呟いた。
そう言えばパジャマにしてる白のゆったりした上下のままや。しかも裸足にサンダル。これはちょっと運動って感じやない。
ルノの着替えはジジの部屋にあるらしい。回収してなかったから、ルノの服が置きっ放しになってるんやって。まあもともと荷物が凄い少ないから、ルノの服っていうのもほとんどないみたいやけど。
オレは見てないけど、今はジジの服でいっぱいやってルノに聞いた。
「下で待ってんで」
オレはそうルノに言うた。
「え? 待ってぇや」
まさか、着替えも一人じゃ無理なんか? 一瞬やんか。そんな短時間も一人になるのが怖いんか。ちょっとびっくりして、オレはルノを見た。
「服取りに行くから、一緒に来てぇや」
ルノは恥ずかしそうに俯いて、むちゃくちゃ小さい声で呟いた。
おっ、ちょっとは素直になったんかな? ゆりちゃんには言わへんのに、オレには言うてくれてちょっと嬉しい。オレ、お兄ちゃんっぽい気がする。
「ええよ」
オレはルノの頭をそっと撫でると、お盆を持ち上げた。
「ジャメルさんも誘ったら?」
「ええかも。行こ行こ」
ルノはちょっと嬉しそうに笑うと、テーブルに向かってなんか言うた。ジャメルさんも嬉しそうに返事すると立ち上がってついてきた。
女の子だけで話すんのも、たまにはええんちゃうかな。まあジジもジャンヌちゃんも兄弟やから、家族の会話に混じってるみたいになってるんやろけど。
ジャメルさんはニコニコしながら、オレになんか言うた。ルノを見ると、訳してくれた。
「そんなところあったんだな。ずっと寝てばっかりで飽きてたんだ」
「ヴィヴィアンが組み手の相手もしてくれるよって伝えてぇや」
「それ、ジャメルが殺されへんか?」
ルノはちょっと楽しそうに笑いながら、ジジの部屋に入ってった。外で待ってると、ジャメルさんがニヤニヤしながら、ルノの背中を眺めてた。ルノが嫌そうな顔しながら出てきた。
「どうしたん?」
「なんもない」
ルノは黒いティーシャツと短パンを持ってて、青のスニーカーを履いてた。髪の毛を低い位置でまとめて縛ると、いつもと同じカッコいいルノになった。さっきまでベッドで泣いてた人とは思えん。
三人で地下に降りると、廊下を歩いて小さいジムに入った。
ヴィヴィアンがちょうどサンドバッグを殴ってるところやった。
なんか腹の立つ事でもあったんかな。いつもより怖い顔してた。凄い勢いで殴りつけてる。ヤバい音がして、ジャメルさんがぎょっとしてた。
初めて見たらびっくりすると思う。
だってヴィヴィアンってそんなに大きくないんやもん。オレより背は高いけど、痩せてて華奢なんやで。せやのにめちゃくちゃ強いんやもん。他の工作員がやってる時より、サンドバッグからする音も大きくて凄い。
ジャメルさんがルノになんか尋ねた。ルノはそんなに驚く訳でもなく、頷いてなんか答えた。ヴィヴィアンの事やと思うから、なんも聞かんかった。
オレは近くの椅子にお盆を置くと、ヴィヴィアンの背中を眺めた。
今日もやっぱり真剣な顔はカッコいい。ふわふわした顔でいつもみたいに笑ってないから、知らんかったら一瞬誰か分からへんのちゃうかな。キリっとしてて、めちゃくちゃ強そうやねん。
ルノはジャメルさんを連れて、更衣室に行ったみたい。
オレは椅子に座ってそのまま様子を見てた。
ヴィヴィアンは最後に一発回し蹴りを決めると、くるっとこっちを向いた。
「ダンテ、プリン持ってきてくれた?」
肩に掛けたタオルで汗を拭きながら、にこっと笑って歩いてくる。さっきまでと違って、優しい顔をしてる。みんなは怖いっていうけど、オレはなんか見慣れてるからなんとも思わん。
「持ってきたで。ルノとジャメルさんも運動するって」
「ホンマに? たまには相手したらなあかんな」
「やりすぎたらあかんで」
ヴィヴィアンは近くの椅子を引っ張ってくると、横に座って床に置いてたペットボトルを持ち上げた。水を飲みながら、ニコニコ笑う。
戻ってきたルノとジャメルさんが、仲良く歩くやつのボタンをポチポチやってる。ジャメルさんが歩くらしい。ルノはそれを楽しそうに見ながら、自分は自転車をこぐみたいや。隣りの自転車マシンに座るとこぎ始めた。
それを眺めながら、オレは一つ目のプリンに手を伸ばした。よく冷えたプリンは甘くて美味しい。最高に幸せな気分になれる。
「コンドルはどうなんの?」
オレはこっそりヴィヴィアンに尋ねた。
嘘が上手なヴィヴィアンは、なんの事ってこっちを見る。ホンマに全然知らんみたいな顔をしてる。知らんかったら信じると思う。
でもオレはヴィヴィアンが工作員やって知ってるし、めちゃくちゃ嘘つくのが上手い事も知ってる。それに一階のガレージで、今もコンドルが檻の中に閉じ込められてる事も、カメラで見たから知ってんねん。
確かにここじゃ言われへんのかもしれんけど、もう隠されたくなかった。
「オレ知ってんで」
「何を?」
「コンドルがルノにスタンガン使ったんやろ? 裏切ってたん、コンドルなんやろ?」
ヴィヴィアンは小さく舌打ちして、ルノの方を睨んだ。
「黙っとけって言うたのに」
「ルノやない。見てたから知ってる」
オレはヴィヴィアンを見た。困った顔をするヴィヴィアンの事を真っ直ぐ見つめる。
「なんでオレには話してくれへんの?」
「ごめんな。でもここではちょっと」
ヴィヴィアンはオレに顔を近づけると、耳元で言うた。
「今日、ルノが寝たら話そうや。それまで我慢してぇな」
「ルノには聞かせられへんって事?」
「そうや」
目の前でルノは楽しそうに、自転車をこいでる。軽く走ってるジャメルさんはつらそうな顔してて、それをルノは思いっきり笑ってるみたい。
二人で楽しそうに話をしてるから、こっちには気付いてなさそうやけど、この距離じゃあかんって事やろ?
確かにせっかく笑ってるんやもん。ルノがつらい事を思い出すようなら、そんな話は聞かせたくない。ルノかてまだ忘れてたい筈やろ。出来ればもう思い出さんでええようにしてあげたい。
ヴィヴィアンは真剣な顔をして、オレの事を見てる。
「今晩、ルノが寝たらダーリンの部屋で話そう。それまでは我慢して」
「分かった」
ちょっとモヤモヤするけど、しゃーないよな。
プリンを口に運んで、オレは頷いた。
ヴィヴィアンがよかったって笑うのを見てたら、ちょっと気になったけど諦められた。今晩、ルノが早く寝てくれるといいんやけど。
なんで今日に限って寝ぇへんの?
時刻は十時を回ってる。薬も飲んだのに、ルノはぎゃんぎゃん騒いでて寝る気配もない。
まあ分かる。部屋に散らばるおもちゃのゴキブリで悲鳴を上げて、オレにしがみついてたのはつい一時間前。オレがそれを全部片づけてんけど、まだ落ちてるかもってきょろきょろしてるんやもん。ただのおもちゃやで、おもちゃ。
大丈夫って言うてんのに、全然布団に上がってけぇへん。人をダメにするソファにしがみついて、床でうだうだしてんねん。絶対疲れてて眠い筈やのに。
もう奈良に帰ってもたから、ゆりちゃんに押し付ける訳にもいかん。それにジャンヌちゃんはウザいって言うて、さっさと別の仮眠室に行ってもた。ジジもジャメルさんも喜んで連れてってくれそうやけど、ルノが嫌がるやん。
本人がジジの部屋には行きたくないって、駄々こねるからしゃーない。
オレはベッドからルノの様子を眺めて、ちょっと困ってる。
なんて言うたらええんやろ。
布団を引っぺがして振ったら安心する? それとも医務室に追加の薬をもらいに行くべき? どうしたらルノは寝てくれんの?
「なあルノ、大丈夫やってば」
「そうやけど」
オレは諦めて立ち上がると、ルノの前まで行ってしゃがんだ。
「どうしたら安心する?」
ルノは泣きそうな顔してオレを見る。
「分からん」
「でも疲れたやろ?」
「そうやけど」
そうやけどってなんやねん。けどってなんや、ホンマに。
だって昼間にたっぷり三時間もジムで動いてたんやで? ほとんど休憩なしで運動して、ヘロヘロになってる筈やねん。
殺す気で掛かっておいでって煽られて、ジャメルさんがヴィヴィアンに簡単に叩きのめされるの見て、一人でずっと笑ってたやん。そのあと同じようにルノもしばかれて、特訓せぇって怒られてた。で、二人して三時間も筋トレしてた。
疲れてない筈がない。
オレはルノの手を引っ張った。
「とにかく寝ようや。な?」
まだ話せながあかんのに、オレの方が眠なってきた。オレかて早よ寝たい。それに急がんなジェームスが寝てまう。でもルノが寝てくれな、部屋を出られへん。
起きてるルノを一人には出来ひんねんもん。
こんな脅しはしたくないけど、時間もない。
オレは机の下をちらっと見てから、ルノに目を移した。
「布団に入らんねやったら、ゴキブリを床にまきます」
急に真っ青になって、ルノはこっちを見る。
「嘘やろ?」
「じゃあ布団来て」
ルノは青い顔して立ち上がった。
はじめっからこう言えばよかったかな。ちょっと可哀想やけど、オレはベッドまでルノを引きずって行った。きょろきょろしながら布団に入るのを確認する。
脅しやないけど、その間もちらちら机の下を見てたら、ルノは大人しく横になった。
オレもルノの横に寝ると、泣きそうな顔をするルノの背中をさすった。横にいて気付いたけど、小さく震えてる。
「大丈夫やってば」
でもルノはぐすぐす言い出した。枕に顔をうずめて、肩を振るわせてんねん。本気でばらまくつもりはなかってんけど、ブリ男さん、効果絶大やない? ただのおもちゃやのに。
「ダンテまでそんなん言うと思わんかった」
枕元のティッシュで鼻水をかむと、ルノはポロポロと泣き出した。ちょっと手が震えてるみたい。ちょっとマジで可哀想な事をしてもた気がする。でもあれ、ただのおもちゃなんやけどな。
「ごめん。でもルノ疲れてるんやから」
背中を撫でてると、やっぱりくっついてきた。泣き顔は見えへんくらい、俺の肩に顔をくっつけてくる。ときどき震えてたから、オレはその頭をゆっくりさすった。ごめんなってちょっと思ったけど、なんも言わん方がええかと思って黙ってた。
しばらくすると、ルノは寝息を立て出した。すやすや寝てんのを確認して、オレはそっとベッドを抜け出した。ルノの肩に布団をかぶせると、足音を立てんようにドアのところまで行く。そっと電気を消して、出来るだけ音を立てんようにドアを閉めた。
オレはちょっと走って、ジェームスのいる筈の仮眠室まで行った。
軽くノックしてドアを開けると、床にヴィヴィアンがおるのが見えた。
ルノより運動してた筈やのに元気そう。床に布団を敷いてて、こっちに手を振る。どうやら今日は支部に泊まるみたい。絶対一緒の布団で寝ぇへんヴィヴィアンは、ジェームスに蹴られた事があるって言うてた。
ジェームス、今晩は大人しく寝てるとええんやけど。トイレに行って、ヴィヴィアンを踏まん事を祈る。喧嘩になったら誰も止められへん。
「やっと寝たか?」
「めちゃくちゃ苦労したで」
オレはジェームスにそう言うと、ヴィヴィアンの隣りに座った。
ジェームスはやっぱりダサすぎるジャージ姿で、ベッドに座ってた。上にはダボ付いたグレーのシャツを着てる。なんでこんなにダサいんやろ。まあええけど、いつもの事や。
一方ヴィヴィアンはピンク色のパジャマを着てる。レースがついてて、おしゃれなやつ。ジェームスの隣りにいてると、おしゃれすぎてモデルさんに見える。
「あんだけ動いたらすぐ寝ると思ってんけどな」
ヴィヴィアンが不思議そうにこっちを見る。
「それが午前中ゴキブリのおもちゃを部屋にまき散らしてん。そのせいでベッドが怖いって」
「めちゃ可哀想やん。ダンテ、いじめたらあかんやろ」
「オレやなくてゆりちゃんが」
ヴィヴィアンは面白そうに笑うと、ごろんと布団に寝転がった。
「まあええや。ミトニックの事、見てたってどうやって?」
「監視カメラ。ヴィヴィアンの携帯の位置情報が動いたら分かるようにしててん。せやからすぐに分かったで」
ジェームスが溜息をついた。
「ダンテにだけは隠し事、出来ないな」
「ヴィヴィアンの事かて心配やってんもん」
嘘やない。ヴィヴィアンが動くって事は何かあったって証拠やん。オレの事、影で守るとしたらヴィヴィアンやってすぐ分かったもん。事情も知ってるし、めちゃくちゃ強いやん。まさかルノが支部を出るとは思ってなかったから、気付くのちょっと遅れたけど。
「それで、コンドルはなんて?」
ジェームスが言いづらそうに、目をそらした。
「それがな、前からちょくちょく情報を流してたらしいんだ」
「なんで?」
「ランボルギーニに、別の会社でいい仕事があるって言われたらしい」
またあのおっさんか。
どうせ、またどこぞでホンダの車に乗ってるんやろ。名前だけ立派で、乗ってる車はいつでもホンダの軽自動車。アイツがスポーツカーに乗ってるところとか、想像つかへんねんけど。絶対乗った事ないと思う。
でもおかしいと思うんよ。
コンドルかて、ランボルギーニの事は嫌いやった筈やねん。
若手ってだけで、オレら二人は面倒な仕事ばっかり回されてた。マッキノンと二人して、オレとコンドルに嫌がらせしてたんやで?
なんでやろ。裏切るとしたらコンドルよりマッキノンの筈やと思うんやけどな。あの人、今はもう東京支部にいてるけど。
「なんにせよ、ルノを連れ出したのはミトニックで間違いない。妨害電波で足枷の位置情報を誤魔化したって言ってたぞ」
「でもなんで? コンドルはお金で仕事を選ばんやろ?」
「それがな、ミランダを通してランボルギーニにサイバー部門長にしてやるって言われたんだって」
それなら分かる。
コンドルはオレとおんなじ、根っからのハッカーや。それに危ない仕事が大好きなところがある。野心かてあった。いつか凄い地位に就きたいって言うてた。
そんなコンドルに、サイバー部門長って。絶対嬉しかった筈や。それもただの会社のやつやない。ゲイト社みたいなところやろ? 今みたいに影で工作員のサポートすんの、めちゃくちゃ好きやったみたいやもん。そういうところで偉い人になりたいって言うてた。そんなん心が傾いたっておかしくはない。
でもランボルギーニがそれを本気で言うたかどうかなんて誰にも分からん。本気やなかったとしてもおかしくない。ランボルギーニやミランダは工作員やもん。きっとヴィヴィアンみたいに嘘が上手やった筈。ルノと違って。
「ルノの虫嫌いは? あれはどっから?」
「ミトニックは知らんって」
ヴィヴィアンがオレの肩を叩く。
「気にしたらあかんで」
「分かってる」
分かってるよ、そんな事。
でも信じててん。コンドルはオレの友達やって。大事な友達に裏切られるなんて、こんな酷い事されたんは初めてなんやもん。施設に友達とかおらんかってん。だからコンドルが最初の友達で、長い付き合いやったんや。そりゃへこみたくもなる。
だからって、ルノに酷い事したんは許せへんけど。
「ランボルギーニのおる組織ってどこか分かった? コンドル知ってた?」
「いや、関連組織って事しか知らなかった」
ジェームスはちょっと悲しそうに答えた。
「でも一つだけええ事もあるで」
ヴィヴィアンが笑った。
「何?」
「ミトニックのパソコンのパスワードが分かった」
「じゃあ、それは明日オレが」
ミトニックが複数のパスワードを掛けてたとしても、本人に聞けばいい。ヴィヴィアンに脅されれば話すやろ。生体認証やったとしても、目の前に本人がおるんやから侵入するのは簡単や。
問題は私物の端末内にデータが残ってるようなら、ここにないんやし流石にどうしようもないって事。でもコンドルって、家に帰ってるところをほとんど知らん。まあジェームスに頼めば寮も探してきてくれるとは思うけど、流石にそんなデータまで調べたくはない。
こんなの事されたとしても、やっぱり友達なんやもん。
「他の誰にも絶対に気付かれるなよ」
「分かった」
でも明日はルノの事、どうしよかな。
一人に出来ひんし、きっと一緒におりたいって言われる。またジャメルさんとジムにいてもらおうと思ったらヴィヴィアンについててもらう事になる。
そうなったらコンドルからパスワードを聞き出すのも、ジェームスがやる事になる。怒らせる前に吐いてくれたらええけど、言わんかったらキレるやろな。流石にキレたジェームスを、どうにか出来る自信はない。
ルノはゆりちゃんに任せるにしても、なんて言えばいい? 仕事やって言うたとしても、オフィスでコンドルのパソコンを触ったら目立つやん。それにそんなん、ゆりちゃんだけじゃなく、他のハッカーにも怪しまれる。
「みんなになんて言って、コンドルのパソコン調べたらいい?」
ジェームスは少し悩んだような顔をする。
「そうだな。不正アクセスって事にしたらどうだ?」
よく不正アクセスなんて言葉知ってたなって思った。ジェームスって、超がつくレベルの機械音痴なんやもん。電源ボタンの位置もよく分かってなかったりする。そんな人がよく知ってたなぁって、感心した。
前に電池のなくなった携帯電話を、壊れたって言うた事もあるんやで? それを持って、オレに助けてとか言うねん。調べたらただの電池切れでめっちゃ笑った。
でも確かに不正アクセスがあった事にすれば、オレが調べる分には怪しまれる事もない。この際やったんじゃなくて、された事にすればいい。
そうすれば、もしコンドルが仕事に戻ってくる事になったとしても大丈夫やん。元通りの仕事に戻れるかは分からへんけど、それでもコンドルは優秀なハッカーや。ジェームスかて手放したくはない筈。
「じゃあ不正アクセスされた事にして、オレが調べる。ジェームスは出来る限り、協力してぇや」
「任せろ」
そろそろ眠くなってきた。
ポケットに手を突っ込んでちらっと確認したら、iPhoneはもう十一時やって知らせてくれた。流石に疲れた。明日も頑張らんなあかんから、もう寝よう。
「またなんか分かったら話してや。隠し事とか嫌やで」
オレは立ち上がると二人を順番に見た。
眠そうなジェームスが笑顔で頷く。ヴィヴィアンもにっこり笑うと分かったって言うた。
「じゃあ戻って寝るわ。おやすみ」
おやすみって声をそろえて笑う、ジェームスとヴィヴィアンに手を振って、オレは部屋を出た。
廊下に出ると、何故か寝た筈のルノが裸足で立ってんのを見つけた。フラフラしながら、食堂の方に向かってんねん。きょろきょろしてるから、誰か探してんのかもしれん。
歩いて行って肩を叩くと、ルノは半泣きで振り向いた。
「何してんの?」
「ダンテがどっか行くから」
背中をさすると、ルノは泣き出した。
まさかそんなに怖かったと思わんくって、ちょっとびっくりした。可哀想な事をしてもた。寝てると思ってんけど、起こしてもたんかな。
「とりあえず布団もどろうや、な?」
そう声をかけると、ルノは頷いた。
部屋のドアを開けて、先にルノを入れるとオレも中に入った。
流石に蛍光灯をこうこうとつけるんもどうかと思って、机のところの電気をつけた。それからルノをベッドに座らせると、隣りに腰を下ろした。
「ごめんな。寝てると思ってん」
ルノは頷きながら、ベッドの頭のところに置いてあったティッシュを掴んだ。鼻水かんで顔を拭いてる。ちょっとうつろな目をしてるから、薬が効いてるのは確かっぽい。
「寝れそう? もうどこも行かへんから」
「絶対?」
ルノはこっちを見て、カスカスの声で言うた。
「うん、少なくとも朝までトイレ以外どこも行かへんよ」
ちょっと安心した顔で、ルノはベッドに戻った。じっとこっちを見てるから、すぐにオレももぐりこむ。くっついてきたルノは、背中を何回か撫でたら大人しく目を閉じた。そのまますぐに寝息を立て始める。
明日はルノが目を覚ますまで、ずっと一緒にいよう。
オレはそんな事を考えながら目を閉じた。
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