二話 出会い

 廊下を歩いていくと前方から歩いてくる女性が見える。その歩いてくる女性がジンの姿を確認するなり満面の笑顔で駆け寄る。


 「やあ、ジン聞いたよ災難だったね。辛かったら、このお姉さんが慰めてあげよう」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、自分を抱きしめてくる、タイトな黒いスーツに身を包む美女は特選部隊の指揮官であり名前はリゼ・イーシスである。腰まである長い黒髪に、身長は自分より低い百七十と少しといったところだが、すらりとした長い足に相まって、実際より高く見える。

 

 「リゼさん離してください、その……当たってます」


 リゼの豊かな双丘がジンの胸に当たり、理性が揺さぶられる。自分が通常の男よりも理性が幾分か強靭であるため、抑えることが出来るが、通常の男がこのような状況であれば、だらしなく鼻の下を伸ばしている事だろう。


 「君も私に当てているだろ?君の立派な凶悪な剣をね」


 リゼが蠱惑的な表情を向けて言い、自分の胸を指でつついてくる。


 「……死にます?」


 俺の必死な努力を貶されたように感じ、リゼに殺意がこもった冷たい笑みを向けるとリゼが離れる。


 「冗談さ、冗談だよ。ははは、冗談だよ…ジンくん?なんで手をグーにしてるの?怖いからやめなよ。」


 その怯え震えた声を聞き、我に帰ると握り拳を振り上げようとしているところで止まっていた、手を下ろすとリゼは安堵した表情を見せる。……目の前の女は俺の強靭な理性に感謝するべきだとしみじみ思う。


 「いたいけなジンくんをからかうのはここまでにして、私と飲みに行こう、酒だ酒、酒を飲もうぜ。私が奢るからさ」

 「俺まだ十八ですよ、酒飲めませんよ。法律が許してくれませんよ」


 そう言うとリゼがジンの肩を掴み真剣な表情で詰め寄る。


 「いいかジンくん、君にいいことを教えてあげよう」

 「…なんですか?」


 胡乱な目を向けてそう言うと、リゼが顔を寄せてくる。


 「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」


 至って本気でそう答えられて呆れ果てる。この人はいつもこうだ、リゼとの長年の付き合いで相手にするのは慣れてはいるが、少し…いや大変面倒だ。


「そんな戯言は聞き飽きました」


 肩を掴む手を払いのけて歩き去ろうとしたら、リゼがジンの腕に必死に縋り付いてくる。


 「お願いだよ行かないでくれ一人で飲むのは寂しいんだ、なんでも奢るからさ。そうだ上官命令だ!私と来たまえ」

 「ああ、鬱陶しい。行きます、行けばいいんでしょう」


 ぶっきらぼうに言うと、リゼの顔が輝き、嬉しそうに目を細める。



 目を開けると白い天井が目に入る。記憶がない。

 強い頭痛に苛まれ、頭をを押さえて横たわっていたベットからゆっくり体を起こし記憶を辿る。


 「ああー……俺の飲み物に酒を混ぜたな」


 頭を押さえて周りを見渡すと、隣に布団に包まり気持ち良さそうに眠るリゼが目に入り怒りが湧き上がる。リゼを起こそうとベットの上に立ち、リゼの体に足をかけてベットから落とす。

 床に体が落ちる鈍い音が聞こえた後に、頭を押さえてリゼがもぞもぞと立ち上がる。


 「ジンくん酷いじゃないか!優しく起こせないのかな?一応君の上司だぞ!」


 涙目で抗議するリゼに冷めた目を向ける。


 「申し訳ありません、善良な皇国紳士として、無防備に寝ている女性に触れずに起こす方法を模索した結果、このような方法しかないと判断しました」


 そう淡々と答えると、リゼが睨みつけてくるが無視をする。

 俺はただ、人の飲み物に酒を混ぜて、飲ませた挙句、穏やかに眠る上司を気遣っただけである。感謝はされど、非難をされる覚えはない。


 「ほんと、いい性格してるよ」


 恨みがましく言うリゼを笑い飛ばす。

 リゼの鼻を明かすことが出来て清々しい気分でホテルを出て、リゼが迎えに呼んだ車に共に乗り込む。


 二日酔いによる吐き気を堪えながら車窓に目を向け、流れる街並みを眺める。

 眺めていると、長い銀髪をたなびかせて、歩道を歩く皇国軍の軍服を纏う女性が、路肩に停められていた黒塗りの車に引き摺り込まれるのが目に入り顔を顰める。


「ああ〜、治安悪いな」


 リゼがいつものような軽い口調で呟き、リクライニングシートを倒して寝ようとするリゼを尻目に車のドアを開け放つ。


「運転手あの車の後ろにつけろ」

「了解」


 走る車のドアから出てルーフに乗り、ナイフを抜く。

 スピードを上げて黒塗りの車の後方についた瞬間、黒塗りの車のルーフに飛び乗る。

上半身を乗り出すようにして車窓を叩き割り、後部座席に座っていた白い覆面を被った男を割れた車窓から引き摺り出し路上に放り捨て、後部座席に乗り込む。

 後部座席には麻袋を被せられた女が真ん中に座り、その隣りに座る覆面を被る男と助手席に座る男が同時に拳銃を自分に向ける。

 助手席に座る男の拳銃を握る手の手首をナイフで切り落とし、女の頭を掴み下げて、女性の隣りに座る男の首にナイフを突き刺す。

 手から溢れ落ちた拳銃を奪い、運転手の頭に向ける。


 「路肩に停めろ、安全運転でよろしく」


 そう言うやいなや、運転手が大きくハンドルを切る。

 

 「マジかよ」


 男の意図を察して女を抱えて車のドアを勢いよく蹴り飛ばし、ドアから飛び出す。

 女を抱え上あげながら地面に着地したのと同時に車が壁に激突して、爆発して炎上する。

 抱えていた女を地面に下ろし、手足の拘束を解き、無造作に麻袋を取るとそこには、日光に照らされて輝く、腰まで伸びる銀髪に、大きい目に、紅玉色の澄んだ虹彩、スッと通った鼻筋、花弁を散らしたような小さな唇と、恐ろしいほど整っている容姿に思わず息を呑む。


 「えーっと、あ…怪我はない?」


 口を無理矢理開き、躊躇いがちにそう聞くと、目の前の美女がこくりと頷く。


 「あの、助けてくれてありがとうございます」

 

 可憐に微笑みそう言う美女が自分を見上げる。

 体の芯が熱くなり思わず目線を外す。

 手を差し伸べると自分の手を取りゆっくり立ち上がる。

 自分達のそばに車が止まり、ドアが開いてリゼが降りて近づく。


 「お手柄だな、ジンくん」


 笑いながら近づくリゼの視線が美女に向けられると驚いた表情を浮かべる。


 「シェイラ・エンフィールじゃあないか!」

 「リゼさんの知り合いですか?」

 「知り合いというか、なんていうか、、ジンの部隊に補充される隊員のうちの一人だよ」

 

 リゼの発言に驚きシェイラに目を向けるとにこりと微笑む。


 「聞いてませんよリゼさん」

 「そりゃあ、言ってないからね」


 そうあっけらかんと言われて困惑するとリゼが口を開く。


 「ほら、前に政府の駄犬によって多大な被害を被っただろ、その補填を政府に要求して軍から引っこ抜いたのさ。ちなみにシェイラちゃん含めて四人で全員、因子持ちだよ」


 因子持ち。

 因子持ちの等級を制定したザイファ教会によると聖樹に祝福された人々を指す。

 人智を超えた能力を行使し、あらゆる物理法則や自然の理を覆すほどの力を持つ。

 その強大な力を持つ因子持ちは、アルザス皇国の中では二百四十人しか確認されておらず、その大半が、政府やザイファ教会に抱えられているのが現状だ。

 シェイラを攫おうとした集団は、シェイラが持つ因子目当てだったのであろう。

 リゼの話を聞いて思わず溜息を漏らす。


 「そんな事は早く言って下さいよ」

 「あはは、悪かったな」


 リゼが誤魔化すように笑いながらそう言うと、シェイラに目を向ける。


 「顔を合わせるのは初めてだねシェイラちゃん。災難だったね、うちに来る途中で攫われかけて。ほら車に乗って、ジンくんも早く、衛兵の対応は他の人に任せてるから」


 炎上する車の周りに野次馬や衛兵が集まるのを尻目に、リゼに急かされるまま車に乗り込む。

 

 

 

 



 

 


 


 


 



 

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