チルしましょ

@159roman

第1話

 「いらっしゃいませ!」


 「チルちゃん、いつもの!」


 「はぁい」


 「チル、ここで考え事をすると良いアイディアが浮かぶようになったぞ!あと、おかわり」


 「はい、すぐ持ってくるね」


 ここは王城の庭園の一角にある、温室を改装したコンサバトリー風カフェ。

 癒しの空間『チルカフェ』です。

 

 今日も癒しを求めて常連のお客様がやって来ます。




 ◇◇◇




 気づいたら転生して赤ちゃんになっていました。


 「オギャアアアアア」


 

 「あらあら元気な赤ちゃんねぇ」

 あらあらうふふと微笑んでいる優し気な金髪美女は今世のママさん。


 「そうだねぇ」

 目を細めて優し気に微笑んでいるお髭のダンディな人は今世のパパさん。


 「かわいいねぇ」

 キラキラした瞳でニコニコと見つめてくるのは今世の兄さん。


 家族全員金髪。

 そう、私も金髪なのです。

 ママさんと兄さんと私は明るい金髪。

 パパさんの金髪は若干暗い色。

 瞳の色はママさんと兄さんが水色。パパさんが碧色。

 私はの瞳の色は薄紫色。


 そう話していたので間違いなさそう。

 まだ自分の顔を鏡で見たことがないので、多分そう。

 早く見てみたいなぁ。


 赤ちゃんなので寝るかミルクを飲むか、周りを観察するくらいしかすることがないのよ。すぐに眠くなるから退屈する暇もないけれどね。

 しょっちゅう様子を見に来てくれるパパさん、ママさん、兄さん。それに乳母さんやメイドさんとか使用人の人たち。

 どうやらパパさんは貴族とか大富豪なのかな。


 周囲の人たちを観察して、会話に耳を傾け、ミルクを飲み、たっぷり睡眠。

 こうして私はすくすく育つ。

 


 私には生まれた時からスキルがある。

 この国ではスキルを持って生まれてくる人が稀にいるそうだ。育ってからや大人になってからスキルを得る人もいるから、スキル持ち自体はたくさんいるらしい。

 周囲の会話からの推察ですがね。


 そこで問題なのは私のスキル。

 誰も知らない新発見のスキル。


 『チル』


 新発見なので誰も効果を知らない。

 スキルを持っている私だけが知っている。


 チルとは、『リラックス』とか『くつろぐ』とか『のんびり』とかのチル。

 前世は社畜で帰宅途中になんらかでお亡くなりになった私。

 家に帰ってチルするんだと唱えながら。


 そんな私を神様が憐れんでくれたのか、異世界転生。

 スキル『チル』の特典付きで生まれ変わりました。


 私のスキル『チル』はパッシブスキル。つまり常時発動。

 私の周りにいる人は強制的にリラックスして、まったりモードになってしまう。

 早くこのことを伝えるべくお喋りの練習だぁ!


 「オギャアアアアアア」

 うん、無理だった。



 そうそう、私の名前は『ブルーチル』になりました。

 スキル名と瞳の色にちなんで花の名前からとのことです。

 お花はかわいいし、花言葉も素敵。

 おっしゃれー。


 ちなみに愛称は『チル』です。

 まんまですね。




 家族の愛情をたっぷり受けてすくすく育ち、2歳になりました。

 だいぶお喋りが上手になり、なんとかスキル『チル』について説明できました。


 2歳になった私のスキル『チル』はパワーアップしていました。

 パッシブスキルはそのままに、なんと付与効果まで使えるようになったのです。

 

 ここに調理人が用意してくれたパンと具材があります。私がパンにバターとマヨネーズを塗り具材を挟みます。お父様のお弁当のサンドイッチが完成。ラッピングは2歳の手には難しいので人にお任せします。


 なんと私が料理に少し手を加えるだけで『チル』の効果があるのです。 パッシブスキル発動中の私のそばにいるときよりも効果は劣るそうですが。(お父様談)


 なので、お仕事に行くお父様のお弁当作りを手伝うようになったのです。

 お昼ご飯の時はリラックスしてほしいですからね。


 お料理限定のチルの付与効果。

 これはいろいろ使えそうですよ。

 チル効果付与の食べ物で商売ができるのでは!?

 頭の中で架空のそろばんを弾いて皮算用。ムフフ。



 この2年の間の大きな変化と言えば、弟が生まれました。

 弟の夜泣きにも私のスキルが大活躍。

 一緒の部屋で寝ていると弟が夜泣きしません。


 ミルクとかオムツとかでは泣くけれど、原因不明の夜泣きはしませんでした。

 チル効果すごくない?


 弟はのんびりかわいい赤ちゃんです。

 金髪でお父様と同じ碧色の瞳です。

 弟も明るい金髪なので、暗い色の金髪はやっぱりお父様だけです。

 遺伝の不思議。



 

 3歳になりました。

 私のスキル『チル』の有用性を王家に知られてしまいました。

 本当はもっと前から知っていたけれど私が幼すぎるので3歳になるまで待ってくれていたそうです。

 

 折を見て出仕するお父様に連れられて私も一緒に王城に通うようになりました。

 3歳の愛くるしい幼女とパッシブスキル『チル』のおかげで、まるでアイドルです。 休憩時間や隙間時間にいろいろな人が私のところに集まってきます。

 皆さん癒されたいのですね。


 王様や王妃様、王弟殿下までいらっしゃいます。

 上に立つ人ほどストレス抱えていそうですからね。

 

 3歳なので多少の不敬はお目こぼしされます。

 それにパッシブスキルのおかげで、私の周りの人はリラックスまったりモードで怒ったりイライラしたりできないし。貴族のマナーや上下関係が分からなくても大丈夫なのです。

 

 お父様がお仕事中は、別室で遊んだりお勉強したりしています。

 いつの間にか国王夫妻の第一子リンデン王子殿下と遊び友だちになりました。

 リンデン王子殿下は同い年です。お勉強も一緒にします。王族と同じ教育を受けられるなんて役得だね。

 まだ3歳なので、遊びの一環みたいなお勉強だから一緒にできるのです。




 3歳から4歳へ、4歳から5歳へ。

 皆にかわいがられてすくすく成長。


 内緒だけどスキルも成長。

 パッシブスキル、料理に付与ときて、アクティブスキルまで使えるようになりました。

 これに関しては知られると大変なことになりそうなので両親にも内緒。

 できれば使うような場面にならなければいいのだけれど……。



 4歳からはリンデン王子殿下とお勉強の時間は別々になりました。

 一緒にお勉強するとリンデン王子殿下がチルっちゃうからね。ヤレヤレですわ。



 5歳になったリンデン王子殿下は、私に好意を向けてきます。

 どうやら私が初恋相手になってしまったようです。


 王家から内々に婚約の打診も来たけれど、お断りしました。

 臣下の身でおこがましいとは言われなかったのでセーフ。


 だって私のスキル『チル』は便利なだけじゃないのだもの。

 私の周囲の人は強制的にリラックスまったりモードになる。

 これって考えようによっては怖いことだよ。

 私のそばにいたらリラックスまったりモードで難しいこと考えられなくなる。

 将来為政者となられる王子殿下の伴侶には向かないスキル。


 精神的な疲れを癒すことはできるかもしれないけれど、為政者として常に難しいことを考えなくてはいけないかもしれないのに強制的にリラックスまったりモードになるのは、ちょっとね。問題よね。

 という理由をオブラートに何重にもくるんで丁重に辞退させていただきました。


 理由を聞いてどう解釈したのかわからないけれど、リンデン王子殿下は私と一緒にいても難しいことを考えられる訓練をするそうです。

 微笑ましいね。キュンキュンしちゃう。


 

 前世は大人だった私は、5歳にしては落ち着いているのでたまに夜会にもお呼ばれします。


 余談ですが、今世の赤ちゃんから生まれて成長した子供としての感覚もちゃんとある。転生って不思議ね。


 外国の要人が来賓した時に揉め事が起きないようにパッシブスキルでチルっちゃうのです。私がかわいくご挨拶をすれば、強制リラックスまったりモードで皆ほんわか。別にかわいくご挨拶しなくてもスキルは発動しているけれど、気持ち的にね。5歳児だから。

 ほんわかなごやか~に大事なことを決めてしまったりする国王陛下、抜かりないです。

 


 婚約成立とはならなかったものの王家としては私のスキルを手のうちにしておきたいところだったようで、私をつなぎとめるために希望を聞いてくれることになりました。


 そこで前世からのぼんやりとした夢だったカフェを開くことになりました。

 憬れるよね。のんびりまったりくつろげるカフェ。

 

 王城の庭園の一角に温室を改装したコンサバトリー風のカフェ。

 全面ガラス張りで採光抜群。

 魔石を使った不思議な道具で整えられた空調はいつでも快適。

 元温室なので多種多様な植物も植えられていて癒し効果もバッチリ。


 晴れの日は、差し込む明るい光に癒されて。

 曇りの日は、落ち着いた雰囲気に癒されて。

 雨の日は、雨音とガラスを流れる雨の雫に癒されて。

 素敵な癒し空間『チルカフェ』

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