第八章 智明との接触
社用車に乗り込み、社給スマホを車にリンクさせます。これで、「「この世」のあの人サーチ」で特定した場所まで社用車が案内してくれだけでなく、運転までしてくれますので、久美子はのんびり書類を確認していられるわけです。
「じゃあ、よろしく。」スタートボタンを押して、欠伸をしながら書類をだしなす。
社用車は、ブルブルとエンジンの様な音を奏でながら目的地に向かって走り出しました。
1時間ほど走ると目的地に着きました。
江口智明は、このアパートの2階 201号に一人で住んでいるはずです。
アプリで確認すると、現在は在宅中のようですので、取り敢えず、アパート近くの人気のない路地で車を止めます。
(人目に着くと面倒だから、消えていてね。)
彼女が車のボンネットを左の人差し指で3度叩くと、車は蒸発したように跡形もなく消え去りました。
慣れない場所特有の緊張感が久美子の全身を覆います。人気がないとはいえ、いつ誰に見られるか分からず、昼間の行動は肩が凝ります。
路地からアパートまでは徒歩で2分程度、アパートに着いたら2階へは青く塗られた金属の外階段を目立たないように静かにあがります。
目的の201号室に着いたら、入り口にある小さなブザーを押します。暫くするとドアノブが回り、江口智明の顔半分だけが現れました。
久美子はにっこり笑って、「こんにちは~。今度、越してきた高泉です。これ、つまらないものですが。」と、挨拶しながら小さなA5サイズ程度の箱を男の顔の下に片手で突き出した。
彼は反射的に箱を受け取ろうとして、片手を箱に伸ばした時、箱の下に隠して持っていたスタンガンが「ブーン」と低い電気の振動音をたてました。スタンガンを相手の皮膚に密着した為、放電は空気中ではなく相手の体内に流れたので、「バチバチ!」等の激しい放電音は避けることができました。
彼は電撃を受けた瞬間に反射的に体が硬直し、のけぞるような動きで部屋の中へ倒れていきます。
そのまま倒れられては、無用に大きな音をアパート中に響かせてしまいます。
久美子は箱を放り出した手でドアを開け、スタンガンを部屋の中に放り込んだ手で、男のシャツの胸ぐらを強く引き、ゆっくり静かに床に硬直している男を倒しました。
久美子は、素早く外に落とした箱を回収してから、ドアを静かに閉めて施錠します。
そして、放り込んだスタンガンを拾いながら呟いて、男の首にあてました。
「まあ、保険だからね。」
スタンガンのスイッチを入れると、彼の口からは反射的に「カフッ」といった、呼吸を詰まらせたような短い声が漏れました。
彼は抵抗しようにも、首から肩にかけての筋肉がけいれんして動けないようです。
久美子は、右のポケットに手を入れ、「心鈴」をそっと取り出し横たわる男の顔をの上で静かに振りました。
「リーン」の音と共に、動けないはずの彼が、一瞬、大きく身震いをしました。
そして、彼の開いた口から青白い煙のようなものが渦を巻いて立ち上り始めました。その煙は瞬く間に速さを増し、彼の上で徐々に大きくなっていきます。その時には、江口智明自身は力を失い、人形の糸が切れたように白目をむいて、手足をその場に投げ出していました。そして、その煙の渦の中心に深紅に光る二つの眼が妖しく瞬いた。 それは、まるで獲物を捕らえる蛇のようにおもえた。
その目の奥から、冷酷そうな低い男の声が聞こえてきた。
「「あの世」の者が、何用か?我が獲物には手は出させない。」
「あ~、江口さん、憑かれちゃってたのね。」
「そうか~。じゃあ、まずは立場の違いをはっきりさせておくね。」
そういうと、久美子は左胸のポケットから「地獄印のタクシー乗務員証明書」を取り出し、赤い目の直前に突き出した。
「これ、知っている?」
「うちの会社、地獄公認なのだけど。」
深紅に光っていた二つの眼は、一瞬のうちに消え、青白い煙のようなものはドアの隙間に吸い込まれるように消えていった。
「うん。素直でよいですね。」
「ところで、何時から憑いていたのかな?」
「まあ、大したこと無さそうだし、今回の件と関係ないよね?」
「ふぅ…。」
久美子は、江口を見下ろしながら小さくため息をつきます。
これから、この年取った男に憑依しなければいけないと思うと、気持ちが沈みました。
霊界タクシー ごんべ @mao999
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