第二話 「さちこ」と

深夜、2時の「大日本シティ アトラクション」。

さすがに、この時間であれば施設職員は、全員帰ったでしょう。

久美子は施設の裏門前へ、音もなくタクシーを滑り込ませました。

(面倒はいやだから、消えていてね。)

彼女が車のボンネットを左の人差し指で3度叩くと、車は蒸発したように跡形もなく消え去りました。

(さてと、しばらくは「この世」の人型でなく、「あの世」の霊魂の方が楽そうね。)

突然、久美子の姿は、俗に言われる「人魂」に変化しました。

裏門横には警備室があり、年配の警備員が2名常駐しています。

(見られると騒ぐ人もいるしね。)

彼女は警備室の上をふわりと飛びながら、施設内ゲートに向いました。

遠くで、なぜか音もなく、照明だけが激しく点灯しているのが見えます。

(あらら。やっているなぁ~。派手だこと。)

(警備員の巡回が来ると厄介だから、さっさと済ませましょう。)

久美子は、照明が点滅している場所へ急いで飛んで行きました。

そこには、大観覧車前のベンチに「さちこ」が薄い影で腰掛けていました。

(え~と。白地の猫シャツとライトブルーのジーンズ。写真と照合。で、間違いなしと。)

(さて、話しかける前に現状確認と。…ん?「さちこ」さん、なんか変?)

「さちこ」は確かにそこにいるはずなのに、その姿は徐々に遊園地の景色に溶け込むようにぼやけ、遊園地自体も「さちこ」へ溶け込み始めているようです。

(まじ。「あの世」と「この世」の境界が曖昧になっているわ。)

(これは、大至急やらなきゃヤバイことになりますね。)

久美子の「人魂」は焦りのためか、激しく明滅しながら揺れ動いています。


いきなり、「ウォーターシューティングゲーム」が久美子めがけて水を発射してきました。

(へっ?どっから撃ってきたの?ずいぶん遠くのようだけど。)

照明が激しく赤く点滅し、激しい怒りの感情を吐き出しはじめました。

(なんか、怒っているみたい。)

(とりあえず、こちらも人型になって、話しかけてみようかな。)

小さな球体だった久美子の「人魂」は、闇夜を淡い青白い光で揺れながら、徐々にその輪郭を広げていきます。やがて、彼女は人の形で浮かび上がりました。

突然、「さちこ」の口が大きく開き、この世では聞こえない、説明のつかない奇怪な音、つまり、「あの世」の特殊奇怪音で叫び始めたのです。

(これは…、きつい。本物の耳ではないけど塞ぎたくなるよ。)

(でも、この特殊怪奇音って、よくある現象なのよね。)

(こんな時のために、対策グッズを色々持ってきているので~す。見えないけど。)

右手の人差し指で近くの青い金属の柵を3回たたくと「霊界ノイズ発生装置」が現れました。

所長が言うには、叫ぶ相手には効果抜群らしいのです。原理は分からないけど。前に一度使った時は調整がうまくいって、一瞬で勝負がついたのでした。

(今回はどうかな?)

装置の真ん中にある、大きな赤い押しボタンを押して霊界ノイズを発生させます。

相手によっても音の聞こえ方が違うので、状況に合わせてダイヤルを調節しながらノイズの質を変えていき、相手の反応と音の聞こえ方でダイヤルの位置を決めます。

「さちこ」の目が大きく見開かれ、徐々に口は閉じていき、最後には「ぱたん」と口が閉じて特殊奇怪音が止み、座ったまま、彼女の頭はがくりと前に垂れ下がりました。

遊園地は元の静かな状態へ、無事に戻れたようです。気が付けば、先ほどまで狂ったように点滅していた照明も消え、動いていた施設の機械も全て止まっています。

(ふぅ。このパターンの対応は初めて。)

(よかった。「霊界ノイズ発生装置」が効いて。)

久美子が左手の人差し指で3回「霊界ノイズ発生装置」をたたくと、それは跡形もなく消えて無くなりました。


(とりあえず、「さちこ」の保護は完了と。)

久美子は、「さちこ」をベンチから抱き上げ、警備員のいない正面ゲートに向かって歩き始めました。

(「あの世」の子だから、体重が無くてよかった。)

(今晩、夜勤だから明日はお休み。尚且つ、解決報奨で2日間の特別休がつくのよね。)

正面ゲートを超然と通り抜け、施設の壁を右手の人差し指で3回たたくと、久美子のタクシーが現れました。運転席のドアを開け、足元にあるレバーを引き、後部席のドアを開けます。

久美子は、「さちこ」を後部席にやさしく寝かせ、静かにドアを閉め、運転席に乗り込み自身のドアも静かに閉めました。


(さて、やっとタクシー業ですね。)

久美子は、霊界タクシーメーターの「実車」ボタンを押します。

メータに、「賃走」1,000円、「運賃」0円が、表示されます。

次に「迎車」ボタンを押してから、「早朝」ボタンを押すと、迎車で1,000円、さらに早朝料金が加算され、合計2,000円が「運賃」に表示されました。

車内の配車無線システムで会社の所長へ連絡を入れます。

「お疲れさまです、墓石8号車 竹内です。保護完了。「あの世」までお送りします。」

所長の声が返ってきた。

「墓石8号 了解です。お疲れさまでした。お客さんは、大丈夫? 安全運転で送ってあげてください。」

(この会社、年中無休で24時間営業だけど、所長も年中無休、24時間営業なのよね。)

(よく体がもつ…、そりゃぁ、もつか。)

「墓石8号車 了解です。」

(ここから、「あの世」までなら、結構な「お化け」ですね。)

(あ、「お化け」?いや、「当たり」、「ロング」まあ、どれでもいいかな。)

彼女は苦笑しながら、音もなく「大日本シティ アトラクション」から走り去っていきました。

「あの世」の行政管理事務所の駐車場に着いた久美子は、何ごとか念じながら、光る板状のモノを額の前に出現させました。そして、その光る板状のモノに対して、今回の案件報告書を書き込みました。

書き込み終わった報告書は、関係者各位に自動的に届けられます。

タクシーメーターの「支払」ボタンを押して請求書をプリンターで印刷します。

(おお!ちょっと口では言えない金額ですねぇ~。)

(まあ、行政のお支払いですから。)

久美子は、後ろの座席を振り返りながら「さちこ」に声を掛けます。

「おはよう。気分はどう?」

何度かの呼びかけで、「さちこ」は眠たげに伸びをしながら上体を起こした。

「ここどこ?」

暫くして、久美子は「さちこ」を連れて光岡のいる事務所に向かっていました。


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