久美子が『この世』に左遷されて一カ月。温厚な所長の尽力によって、「あの世」で起こったことは、まるでなかったかのように処理されました。

「この世」営業所の社員たちは穏やかで優しい人達が多く、久美子にも溶け込みやすく、無難に淡々と業務をこなしていました。

ただ、一度でも「あの世」で運転手をすると、「この世」のせせこましい道路にはげんなりしてしまいます。何よりも、目の前を生身の人間が『わらわら』歩いているのは恐怖でしかありません。だって、生身の人間は当たり所が悪ければ死んじゃうんですよ。なのに、「この世」の人間は、狭い路地を自転車で車に猛スピードで向かってきたり、道を酔っ払って『ふらふら』歩いているんです。

その無謀さに、久美子は思わず眉を寄せ、ただ首を振るばかりでした。

「あの世」に行った久美子の体は疲れませんが、「この世」に戻っての運転は、生前同様に神経はとても疲れます。ですが、物理的＝肉体（脳）がない状態では、「神経疲労」は無いはずです。

（だけど…、なんだか消耗しちゃう。体にこたえるなあ。「この世」は。）

科学では割り切れないことが、久美子の暮らしには当たり前なのです。

さて、「この世」での「霊界タクシー」の立ち位置ですが、そのまま「この世」のタクシー業界に入れるわけもなく、「この世」の業界が理解できない、ニッチな部分で「霊魂たちの旅客輸送業」を担っています。いわば、「この世」に滞在している霊魂の駆け込み寺的な存在です。

例えば、あの世では時間の流れが無く、過去、現在、未来の区別がなく、物質的な身体を持たない存在を認識するという理解のもと、「霊界タクシー」では各種サービスを提供しています。

・各種霊の送迎サービス：「この世」に留まっている幽霊、亡霊、死霊、生霊、怨霊を「あの世」の行政機関から依頼を受け、「この世」指定先に迎えに行って、「あの世」の依頼先まで送り届けます。留まる霊にも、それぞれ事情があるのです。「あの世」の時間と「この世」の時間では異なることを彼らが理解できていない場合が多いのです。

・幽霊船乗船送迎サービスは、「あの世」の霊魂から依頼を受けて、幽霊船の発着所まで送迎します。

最近では「あの世一周クルーズ（Cruise around the afterlife）が好評なようです。

ただ、まれに「この世」の人たちに目撃されて大騒ぎになってしまうことがあります。

・幽霊屋敷引越サービスは、「この世」の幽霊屋敷で、そこに棲みつく幽霊と一緒

　に、少量の荷物であれば運搬を引き受けます。

　最近、「この世」の行政機関は空き家を目の敵にしており、棲みづらくなりまし

　た。

・迷子の妖怪・物の怪レスキューサービスは、「あの世」の妖怪・物の怪の管理責任者からの依頼で、「この世」で迷子になった妖怪・物の怪をさがして、「あの世」の依頼者まで送り届けます。

物質的に身体を持たない存在なので、「この世」の人が認識してくれず、住宅街の路地裏、公園、廃屋とか、なかなか見つからない場所で保護することがおおいですね。

・神隠し調査・保護サービスは、「あの世」の神さまや妖怪が「この世」の人を隠し

　たまま忘れてしまった人を探し、保護し送り届けます。

　神さまも忙しくて、悪気はないんですけどね。妖怪は隠したら満足しちゃうんです

　よね。犬とかオオカミも餌を隠して忘れる確率が高いそうです。

その他、状況に応じてご相談に応じております。

「この世」のタクシーでよくある、「乗せた人が消えて、後ろのシートが濡れていた。」とか、「〇〇霊園云々…」などは、対応範囲外です。

久美子も、そろそろ「この世」で本格的な仕事が回ってきそうです。