第7話 ノドカ、契約を結ぶ


 ――だが、最近になって向こうの山で妙な動きがあると報告を受けてな。


 私はフェンリルさんが見据えた山に目を向ける。距離としては近すぎず遠すぎずといった感じ。


 時折なにかが飛んでるようだけど、あれは鳥のモンスターなのかな?


 ――我は森のヌシであるが、同時にここら一帯を治めよとも命を受けている。ま、お主に言っても分からんだろうし、関係の無いことよ。



「へへ、それもそうですね。で、フェンリルさん。頭の上にルビちゃんとサフィちゃんが乗っかってるのは……なんていうかその、威厳とかそういうのに関わっちゃったりはしないんでしょうか?」



 ――ムウ? 意なことを申すな。我は森のヌシであり、ここら一帯のモンスターの長である。長として尊敬の念を向けられているというのに、なぜ威厳に関わるのだ?



 そっか。

 私、フェンリルさんのことをちょっと勘違いしていたよ。


 喋り方のせいで勝手に厳しそうな感じをイメージしていたけれど、実際はすっごく器量が大きいんだね。


「にしても、ルビちゃんもサフィちゃんも懐くの早いねぇ。ま、私もさっきまでの怖さはもう無いけどね。フェンリルさんが話せるタイプで良かったです」



 ――ククッ、なにを当然のことを。我は神獣にして【五貴聖】の一角。のみならず!! 【五貴聖】の中でも序列2位なのだ! ウワーハッハッハ!


 

 さっきから気になるなぁ、その【五貴聖】ってヤツ。

 私はルビちゃんとサフィちゃんに視線を向けてみた。

 

『ぴきゅー?』

[るるん?]


 うん、二匹とも私と同じみたいだね。

 よおし、こうなったら思い切って聞いてみよう!


「あの、フェンリルさん。さっきから気になっていたんですが、その【五貴聖】というのはなんなんですか??」



 途端、フェンリルさんの動きがピタリと止まった。

 かと思うや、某海賊漫画の雷様みたいに目玉を飛び出させたよ。


 すごくビックリしてるみたいだけど、そんなにヘンなこと聞いたかな?



 ――に、人間よ。お主、本当に【五貴聖】を知らないのか?



「す、すみません。私ったら世間知らずでして、えへへ……」



 ――フム。まぁよい、肉の礼も込めて教えてやるわ。【五貴聖】、それはこの世界に安寧を齎した五大生命の総称よ。元々この世界では人間と魔物が争っていたからな。



「そ、そんな物騒なことがあったんですね」



 ――しかし、我らはそれを是としなかった。時の流れと共に、争いは無益と学んだのだ。かくしてこの世界でも上位の実力を持つ五大生命――【勇者】、【聖女】、【魔王】、【フェニックス】、そして我とが一堂に介し、決して違えることのない和平条約を結んだのである。



「ということは、フェンリルさんもルインさんも世界を平和にした立役者ってことですか!?」



 ――ほう、ルインのことを知っておったか。ま、いくら田舎者といえどもヤツの名前くらいは耳に入るか。なんせヤツは序列1位……憎たらしいが、その強さはホンモノだからな。



 へぇ~。

 明らかにただ者じゃないって思ってたけど、ルインさんって最早そんな次元の人じゃなかったみたいだね。


 でも、魔王様までもが和平条約を結ぶなんて意外だなぁ。


 魔王様といえばすーっごく悪いヤツってイメージがあるからね。


 

 「フェンリルさん、教えてくれてありがとうございます」



 ――礼には及ばん。先刻も申したハズだ、肉の礼だと。


 

 なんてことを話している間にも、ルビちゃんとサフィちゃんはフェンリルさんの頭の上でぴょこぴょこしていたよ。


 すごく可愛くて癒される光景だけど、ちょっとシュールで笑いそうになっちゃうよ。



 ――ところで人間よ。これは提案なんだが……もしお主さえ嫌でなければ、我と契約を結ばないか?



「へ? 契約? 契約ってなんの契約ですか?」



 ――料理の契約だ。



「料、理……?」



 ――なにも難しいことはない。お主は週に一度、我に美味なる料理を振る舞う。代わりに我は、我の持つ力と権利をお前に貸し出す。どうだ、悪くないだろう?



「え、え、えええええ~~!? そそそ、それってつまり」


 私の言葉を遮って、フェンリルさんが――そうだ。と続けた。



 ――契約を結べばこの森の所有権は我とお前とで半分になる。そして我の力……風を操る力を得ることもできる。例えば風の刃で周囲の木々を切断したり、風に乗って空を飛んだり、風でモノを浮かせて運んだり……そういったことができるようになるのだ。まぁ、多少の鍛錬は……、



「しますっ!!」


 私は食い気味に手を挙げた。

 契約は持ち帰れとは言うものの、これだけ魅力的な契約だったら即断即決で問題ないはずだよ。



 ――フフ、決まりだな。では人間よ、名を名乗れ。



「私はノドカです。えーっと、一応これは愛称みたいなもので、つまりはフルネームじゃないんですケド」



 ――問題ない。互いが互いの呼び名と姿をソレと認識していれば契約は結べるからな。ノドカよ、しばし眩くなるが我慢せよ。



 刹那、フェンリルさんが吠えると同時に私の全身を緑色の光柱が包み込んだ。


「わわっ! な、ナニコレ……?!」


 最初は凄く眩しかったけれど、光は少しずつ薄れていったよ。


 そして目を開くと、目の前には相も変わらずフェンリルさんと、その上に乗っかるルビちゃん・サフィちゃんの姿が見えた。



 ――これにて契約は完了だ。それにしても……ノドカ、か。フン、我ほどではないが、なかなかに良い名前だな! 



「あ、ありがとうございます! 私も自分の名前気に入ってるので、褒めてもらえて嬉しいです!」



 ――では、我はこれにて失礼する。少し見ておかねばならぬものがある故な。ノドカよ! これから長い付き合いになるが、よろしく頼むぞ。良いな!



「はい! こちらこそヨロシクです!!」



 かくしてフェンリルさんはルインさんと同じくらいのスピードで飛び去って行った。


「あの力の一端を私も使えるようになるのかぁ」


 ふ、ふふ、うふふふふ!


 私はルビちゃんとサフィちゃんに飛びついて、全力でハグしたよ。


「ねぇねぇどーしよ!? 私、神獣さんと契約しちゃったよ!」

『きゅぴい!!』

[ぽよんっ!!]


 森の所有権の半分、さらには風の力!

 

「なんだかこれからの異世界生活、もっともーっと楽しくなっちゃいそうな予感がするよ!」

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