推しの人気


「おい! かなで! おまえまた陸に迷惑かけただろ!?」


 三年七組の教室に入った瞬間、かなでは聞き覚えのある声に呼び止められた。

 振り向くとそこには予想通り、幼馴染である九条咲夜が不満気な表情を浮かべて立っている。


「かけてないもん。それに迷惑かけちゃったとしても、ねぎちゃんには関係ないし!」

「ねぎちゃんって呼ぶな! 全国の九条さんに謝れ!」

「全国に住む九条さんのことは素敵な苗字だなぁって思ってるし」


 つん、と冷たい態度を取れば、咲夜はかなでのアホ! と小学生のような語彙でけなしてくる。

 幼稚園の頃からの付き合いだが、咲夜はほとんど成長していない。身長ばかりが伸びて、中身は子どものままだ。

 九条というかっこいい苗字が台無しなので、いつも九条ネギをイメージして、ねぎちゃんと呼んでいる。ちなみにかなではネギが嫌いなわけではない。ただからかっているだけだ。


「つーか関係なくないし!」

「何が?」

「かなでが陸に絡んでると、俺も困るんだよ」

「えっなんで?」


 かなでが首を傾げると、咲夜は口ごもる。

 それから眉を寄せて口を尖らせると、だからつまり、とはっきりしない声で呟いた。


「あ、もしかして陸くんが困ってた!? 成海がうるさいって相談されちゃった!?」

「ちっげーよ!」

「なーんだ。それならよかった」


 かなでが顔をほころばせると、咲夜はしゃがみこんで頭を抱えてしまった。

 咲夜の変な行動は見慣れたものなので、かなでは気にすることなく教室の中を覗き込む。

 陸の姿は見えないけれど、教室の真ん中あたりに女子がやたらと集まっているので、その中心にいるのだろう。


「陸くん、すっかり人気者だなぁ…………」


 思わず漏れた呟きに、咲夜が顔を上げる。


「ファン一号としては寂しいの?」

「うん。陸くんの魅力をみんなに知ってもらいたい、って気持ちと、遠い人になっちゃったみたいで寂しいって気持ちがケンカしてる」

「…………バカだなぁ、かなでは」


 いつもだったら怒る言葉だ。でも、咲夜の声がどこか優しいものに聞こえたので、かなでは怒らなかった。

 代わりに、そうかもね、と答えて小さく笑う。咲夜が驚いたような顔でかなでを見ていたが、かなでは女子に囲まれているであろう陸のことだけを考えていた。

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