第1章:骨の残響

 死体は、座っていた。

 赤い椅子に、背筋を伸ばしたまま。

 まるで、いまにも会話を始めそうな顔で。


 表情は笑っていた。

 だが、胸の内側から何かが滲み出ていた。

 血ではない。空洞だ。

 骨の中が、風に削られたように“えぐれている”。


 誰が見ても、それは“人間”だった。

 けれど、誰もそれを“人間の死”とは呼べなかった。


 俺はその場に立っていた。

 現場検証のテープの向こう。

 物陰の中、息を潜めて。


 警察の制服が見える。

 鑑識。記者。ドローンの灯り。

 そのどれもが、今の俺には「かつての世界」に見えた。


 ジョナサン・クロウは、死んだことになっている。

 だから、いま見ているのは**“元・人間”の亡霊**だ。


 ナイトの声がした。

 「骨が鳴いてるな」

 「あれは殺されたんじゃない。喰われた」


 「……誰に?」

 俺は問うた。心の中で。


 ナイトは、答えなかった。

 ただ静かに、獣のように息を吐いた。


 空を見上げると、雲が不自然にうねっていた。

 月は出ていないのに、夜が月を持ち込んでいた。


 俺は踵を返し、裏路地へと消えた。

 手には、現場から拾ったひとつのものを握っていた。

 死体の足元に落ちていた、黒く焦げたカードキー。


 何かの施設。

 古びたロゴ。

 裏面に、かすれた文字がひとつだけ残っていた。


 《ラミエル》


 風が吹いた。

 どこかでカラスが鳴いた。


 そして俺の中の“夜”が、

 誰かがまた、喰い始めたことを告げていた。

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