第21話:孤立の中の絆
愛が認められてから数日が過ぎた。玲奈とルカは安心して日々を過ごしていたが、神殿内にはまだ微妙な空気が残っていた。すべての神官が二人の愛を心から受け入れているわけではなかったのだ。
朝、玲奈が図書館に向かうと、いつもより人が少ないことに気づいた。数人の神官が本を読んでいたが、玲奈が入ってくると気まずそうに席を立って去っていく。
「おかしいな...」
玲奈は困惑した。昨日までは普通に挨拶を交わしていたのに、今日は明らかに避けられている。
ルカとの待ち合わせ場所に向かう途中でも、同じような体験をした。廊下ですれ違う神官たちが、視線を逸らして急ぎ足で通り過ぎていく。
「ルカさん」
約束の場所でルカに会うと、彼も同じような困惑を見せていた。
「君も感じましたか?」
「はい。みんな、私たちを避けているような...」
二人は顔を見合わせた。評議会では認められたはずなのに、なぜこのような態度を取られるのだろう。
「昼食の時間に様子を見てみましょう」
ルカが提案し、二人は食堂に向かった。
食堂に入ると、明らかに雰囲気が変わった。ざわめいていた会話が急に静かになり、多くの神官が二人の方を見ている。しかし、その視線は歓迎するものではなく、むしろ警戒的だった。
二人がいつもの席に座ると、周りのテーブルがざわめき始めた。
「あの二人のせいで、どれだけ混乱が起こったと思っているんだ」
「評議会は認めたけれど、私たちまで受け入れる必要はない」
「個人の感情で世界を振り回すなんて、身勝手すぎる」
ひそひそ話が聞こえてくる。玲奈の心は沈んだ。
「気にしないでください」
ルカが玲奈の手を握った。
「僕たちは間違ったことはしていません」
「でも...」
玲奈の目に涙が浮かんだ。
「みんなに嫌われているみたいで辛いです」
その時、一人の若い神官が二人のテーブルに近づいてきた。
「失礼ですが、少しお話しできませんか?」
神官の表情は友好的ではなく、むしろ挑戦的だった。
「何でしょうか?」
ルカが警戒しながら答えた。
「お二人のせいで、どれだけの人が迷惑を被ったかご存知ですか?」
神官の声は小さかったが、周りにも聞こえるように話している。
「各地で恋人同士が別れ、家族が離散し、多くの人が苦しみました」
「でも、最終的にはみんな幸せになったでしょう?」
玲奈が反論したが、神官は首を振った。
「表面的にはそうかもしれません。しかし、傷ついた心は完全には癒えていません」
「それに」
神官は続けた。
「あなたたちの愛は特別すぎます。普通の人には到達できない高いレベルの愛です」
「何が言いたいんですか?」
ルカが苛立ちを見せた。
「あなたたちの存在が、他の人々を劣等感に苛ませているということです」
神官の指摘に、周りの神官たちも頷いた。
「『あの二人のような愛でなければ本物じゃない』と考える人が増えています」
「それで、多くの人が自分の愛に自信を失っているんです」
別の神官が付け加えた。
玲奈とルカは言葉を失った。そんな影響があるとは思わなかった。
「でも、私たちは愛に優劣なんてないと言い続けています」
玲奈が必死に説明した。
「どんな形の愛も素晴らしいと」
「言葉では簡単です」
神官が冷たく答えた。
「しかし、あなたたちの愛を見ていると、自分たちの愛が色褪せて見えてしまうんです」
食堂の空気がますます重くなった。多くの神官が二人を非難するような目で見ている。
「私たちが存在すること自体が罪だというんですか?」
ルカが怒りを込めて聞いた。
「罪ではありません」
神官は答えた。
「しかし、配慮が足りないと思います」
「配慮?」
「はい。もう少し控えめに愛し合うことはできないのですか?」
神官の提案に、玲奈は愕然とした。
「愛を控えめにするって...どういう意味ですか?」
「人前でのスキンシップを控える、愛情表現を抑える、そういうことです」
「それって、愛を隠せということですか?」
ルカが信じられないという表情を見せた。
「隠すのではありません。ただ、他の人への配慮を」
この会話を聞いていた他の神官たちも、賛同するように頷いている。
玲奈は立ち上がった。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「どうしてですか?」
「愛に嘘はつけないからです」
玲奈の声は震えていたが、確信に満ちていた。
「愛を隠したり、抑えたりすることは、愛を否定することと同じです」
「でも、他の人のことを考えれば...」
「他の人のことを考えるからこそ、本当の愛を示し続けるんです」
ルカも立ち上がって玲奈の隣に立った。
「偽りの愛よりも、本物の愛を見せることの方が、長期的には人々のためになります」
神官たちは不満そうな表情を見せた。
「頑固ですね」
「頑固ではありません。誠実なんです」
玲奈が答えた。
「愛に対して誠実でありたいんです」
食堂の雰囲気はさらに悪化した。多くの神官が立ち上がって、二人から距離を取り始める。
「分かりました」
最初に話しかけてきた神官が言った。
「あなたたちがそういう態度なら、私たちも考えがあります」
「どういう意味ですか?」
「あなたたちとは関わらないようにします」
神官は冷たく宣言した。
「必要最小限の接触に留めます」
他の神官たちも同調し始めた。
「そうですね。関わらない方が良いでしょう」
「あまりにも価値観が違いすぎます」
「愛にとりつかれた人たちとは、話が通じません」
次々と心ない言葉が投げかけられる。玲奈の目から涙がこぼれ落ちた。
「行きましょう」
ルカが玲奈の肩を抱いて、食堂から出ようとした。
「逃げるんですか?」
神官の一人が挑発的に言った。
「逃げるのではありません」
ルカが振り返った。
「あなたたちと議論しても無意味だからです」
「愛を理解しない人に、愛を説明することはできません」
玲奈も毅然として答えた。
二人は食堂を出た。廊下に出ても、すれ違う神官たちの視線は冷たかった。
「酷い言われようでしたね」
庭園にたどり着いて、玲奈がつぶやいた。
「でも、僕たちは間違っていません」
ルカが玲奈を慰めた。
「愛を隠したり、偽ったりすることの方がよっぽど酷いことです」
「そうですね」
玲奈も徐々に落ち着きを取り戻した。
「私たちは、自分たちの信念を貫きましょう」
二人は庭園のベンチに座り、今後のことを話し合った。
「神殿にいるのが辛くなりそうですね」
玲奈が正直な気持ちを口にした。
「確かに辛いです」
ルカも同感だった。
「でも、だからこそ僕たちがここにいる意味があるのかもしれません」
「どういう意味ですか?」
「愛を理解していない人たちに、本当の愛を示すために」
ルカの言葉に、玲奈は希望を感じた。
「そうですね。私たちが諦めたら、愛の意味を伝えることもできなくなります」
その時、庭園の向こうからリリスが現れた。いつものように音もなく、微笑みながら近づいてくる。
「大変そうね」
リリスが二人を見て言った。
「リリスさん...」
玲奈が安堵の表情を見せた。
「神官たちに孤立させられているのね」
「はい。私たちの愛が他の人に劣等感を与えているって言われました」
玲奈が事情を説明すると、リリスは首を振った。
「それは彼らの問題よ」
「彼らの問題?」
「そう。本当の愛を見たときに劣等感を感じるのは、自分の愛に自信がないからよ」
リリスの説明に、二人は耳を傾けた。
「愛に優劣なんてないの。でも、本物と偽物の違いはある」
「本物と偽物?」
「あなたたちの愛は本物。だから、偽物の愛を持つ人は居心地が悪く感じるの」
リリスは庭園の花を見つめた。
「でも、それは悪いことじゃない。偽物の愛を捨てて、本物の愛を見つけるきっかけになるから」
「では、私たちは間違っていないんですね?」
ルカが確認すると、リリスは頷いた。
「もちろんよ。愛を隠したり、偽ったりする方がよっぽど間違っているわ」
「でも、みんなに嫌われるのは辛いです」
玲奈が素直な気持ちを口にした。
「それは当然の感情よ」
リリスが優しく答えた。
「でも、真実を貫くことの方が大切。時間が経てば、きっと理解してくれる人も現れるわ」
その日の午後、二人は図書館で過ごすことにした。しかし、そこでも孤立は続いていた。
いつもなら神官たちで賑わう図書館に、今日は二人しかいない。まるで避けられているかのようだった。
「寂しいですね」
玲奈がつぶやくと、ルカは微笑んだ。
「でも、二人だけの時間を過ごせます」
「そうですね」
玲奈も微笑み返した。
「これはこれで、贅沢な時間かもしれません」
二人は並んで本を読み、静かな時間を過ごした。周りに誰もいないことで、より親密な時間を過ごすことができた。
夕方、食事の時間になっても、二人は食堂に行かなかった。あの冷たい視線を浴びるのが辛かったからだ。
「お腹が空きましたね」
玲奈が苦笑いした。
「部屋で簡単に済ませましょうか」
その時、ミカエルが図書館にやってきた。
「お二人とも、こんなところにいらしたんですね」
「ミカエル様」
玲奈とルカは立ち上がった。
「食事の時間ですが、食堂に来られませんでした」
ミカエルの言葉に、二人は困った表情を見せた。
「実は...」
玲奈が事情を説明しようとすると、ミカエルは手を振った。
「分かっています。神官たちの態度について」
「ご存知だったんですか?」
「はい。とても心を痛めています」
ミカエルの表情は悲しそうだった。
「お二人に申し訳ないことをしています」
「いえ、ミカエル様のせいではありません」
ルカが答えた。
「私の書斎で夕食を取りませんか?」
ミカエルが提案した。
「そんな、お気遣いいただくわけには...」
「遠慮は無用です。一人で食事をするよりも、お二人と一緒の方が楽しいです」
ミカエルの優しさに、二人は感謝した。
ミカエルの書斎で夕食を取りながら、三人は現在の状況について話し合った。
「神官たちの気持ちも分からなくはありません」
ミカエルが複雑な表情で言った。
「お二人の愛は確かに特別すぎるかもしれません」
「特別すぎる?」
「はい。神話や伝説に出てくるような、理想的な愛です」
ミカエルの説明に、二人は考え込んだ。
「でも、私たちにとってはごく自然なことなんです」
玲奈が答えた。
「特別なことをしているつもりはありません」
「それが問題なのかもしれません」
ミカエルが苦笑いした。
「お二人にとって自然なことが、他の人には超人的に見えるのです」
「では、どうすればいいんでしょうか?」
ルカが困惑して聞いた。
「愛を抑えることはできません」
「抑える必要はありません」
ミカエルが断言した。
「ただ、理解されるまで時間がかかるということです」
「時間...」
「はい。本物の愛の価値は、いずれ必ず理解されます」
ミカエルの言葉に、二人は希望を感じた。
「それまで、お二人には試練の時が続くかもしれません」
「覚悟はできています」
玲奈が決意を込めて答えた。
「私たちは愛を貫き続けます」
「僕も同じです」
ルカも同調した。
「どんなに孤立しても、この愛だけは守り抜きます」
ミカエルは二人の決意を見て、安心したような表情を見せた。
「きっと大丈夫です。お二人の愛なら、どんな困難も乗り越えられるでしょう」
その夜、二人は神殿の屋上で星空を見上げた。昼間の辛い出来事も、愛する人と一緒にいると忘れることができた。
「今日は大変でしたね」
玲奈がつぶやくと、ルカは彼女を抱き寄せた。
「でも、君がいてくれたから乗り越えられました」
「私もです」
玲奈はルカの胸に頭を寄せた。
「一人だったら、きっと心が折れていました」
「僕たちは一人じゃありません」
ルカが優しく言った。
「二人でいれば、どんな困難も恐くない」
「そうですね」
玲奈は微笑んだ。
「孤立していても、愛があれば大丈夫」
二人は星空を見上げながら、静かに語り合った。周りからは理解されなくても、お互いがいる限り、愛を貫き続けることができる。
「明日からも頑張りましょう」
玲奈が前向きに言った。
「はい。いつか必ず、みんなに理解してもらいましょう」
ルカも同じ気持ちだった。
「愛の力を信じて」
その夜、玲奈は日記を書いた。
『今日、神官たちから孤立させられました。私たちの愛が他の人に劣等感を与えているという理由で。
とても辛かったですが、ルカさんがいてくれたので乗り越えることができました。それに、ミカエル様やリリスさんも支えてくれています。
孤立していても、愛があれば大丈夫。真実の愛を貫き続けることで、いつか必ず理解してもらえると信じています。
愛に嘘はつけません。これからも、この愛を大切にしていきます。』
窓の外では、金色の花が夜風に揺れて美しく輝いている。まるで、二人の愛を応援してくれているかのように。
孤立の中でも、愛の絆はより一層深くなっていた。そして、その愛はいつか必ず世界に受け入れられる日が来るだろう。
二人はそれを信じて、明日への希望を抱いていた。
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