第七章:異端の選択 ― 世界の規律に挑む
第19話:反対の嵐
玲奈とルカが愛を貫く決意を表明してから数日が過ぎた。神殿内では連日のように緊急会議が開かれ、二人の処遇について激しい議論が交わされていた。
「もはや看過できません」
会議室で、セバスチャンが強い口調で発言した。
「お二人の愛が世界に与える影響は、予想をはるかに超えています」
手元の報告書を見ながら、彼は深刻な状況を説明した。
「昨日だけで、三つの地域から緊急報告が入りました。恋人同士の別れが急増し、結婚式が次々と延期されています」
「それは一時的な現象かもしれません」
ミカエルが反論しようとしたが、セバスチャンは首を振った。
「一時的どころか、悪化の一途を辿っています」
別の神官が立ち上がった。
「私の故郷の村からも同様の報告が来ています。幼馴染の恋人同士が突然別れ、仲の良い夫婦が離婚を考え始めています」
「まるで愛することへの恐怖が蔓延しているかのようです」
年老いた神官が悲しそうに言った。
「これでは世界が破綻してしまいます」
会議室は重い空気に包まれた。二人の愛が世界を救ったはずなのに、今度は別の形で世界を脅かしている。
「解決策は一つしかありません」
セバスチャンが立ち上がった。
「お二人に別れていただくことです」
「別れる?」
ミカエルが驚いた。
「そんな極端な...」
「極端ではありません。必要な措置です」
セバスチャンの声は冷徹だった。
「個人の幸せよりも、世界全体の安定が優先されるべきです」
神官たちの多くが頷いた。確かに論理的には正しい判断かもしれない。
「しかし、彼らの愛は世界を救いました」
ミカエルが必死に反論した。
「その功績を無視することはできません」
「功績は認めます」
セバスチャンが答えた。
「しかし、今や害の方が大きくなっています」
「では、どのように説得するつもりですか?」
「説得ではありません」
セバスチャンの目が冷たく光った。
「命令です」
会議室がざわめいた。神殿の最高機関である評議会の決定として、二人の別れを命じるというのだ。
「それは横暴すぎます」
ミカエルが立ち上がった。
「愛し合う二人を強制的に引き離すなど...」
「ミカエル、あなたの感情論にはうんざりしています」
セバスチャンが鋭く言った。
「あなたも過去に愛する人を失った経験があるでしょう。個人の感情がいかに危険かを知っているはずです」
ミカエルは言葉を失った。確かに、エリザベートを失った痛みは今でも心に残っている。
「愛などという不安定なものに、世界の運命を委ねるわけにはいきません」
セバスチャンは続けた。
「理性的な判断が必要なのです」
その時、会議室の扉が開いた。玲奈とルカが入ってきたのだ。
「失礼します」
ルカが丁寧に挨拶したが、神官たちの視線は冷たかった。
「お呼びではありませんが」
セバスチャンが嫌そうに言った。
「廊下で話し声が聞こえたので、私たちのことを話し合われているのかと思い...」
玲奈が説明したが、セバスチャンは手を振った。
「ちょうど良いでしょう。直接お話しします」
セバスチャンは二人の前に立った。
「評議会の決定をお伝えします」
「決定?」
「はい。お二人には、直ちに別れていただきます」
玲奈とルカは驚愕した。
「別れるって...どういう意味ですか?」
玲奈の声が震えた。
「文字通りの意味です。恋人関係を解消し、それぞれ別の場所で生活していただきます」
「そんな...なぜですか?」
「お二人の愛が世界に深刻な悪影響を与えているからです」
セバスチャンは冷静に説明した。
「各地で愛し合うカップルが別れ、家族関係が破綻しています」
「でも、それは一時的な...」
「一時的ではありません」
セバスチャンが玲奈の言葉を遮った。
「日々悪化しています。このままでは愛という概念そのものが崩壊してしまいます」
ルカが前に出た。
「それは僕たちの愛が悪いということですか?」
「悪いのではありません。強すぎるのです」
別の神官が答えた。
「他の愛を圧倒してしまうほどに」
「では、愛を弱めればいいのでは?」
玲奈が提案したが、神官たちは首を振った。
「それは不可能です。お二人の愛は既に制御の域を超えています」
「唯一の解決策は分離です」
セバスチャンが断言した。
「それも、完全な分離です」
玲奈の目に涙が浮かんだ。
「そんなことはできません」
「できませんではありません」
セバスチャンの声が厳しくなった。
「これは命令です」
「命令だろうと何だろうと、愛することをやめることはできません」
ルカが毅然として言った。
「愛は命令で止められるものではありません」
神官たちがざわめいた。公然と評議会の決定に逆らうなど、前代未聞のことだった。
「では、力づくでも分離させていただきます」
セバスチャンが脅迫的に言った。
「玲奈さんには遠隔地の神殿に移っていただき、ルカには別の任務を与えます」
「そんな権限があるんですか?」
玲奈が怒りを込めて聞いた。
「あります」
セバスチャンが冷笑した。
「ここは神殿です。我々の規則に従っていただきます」
「規則...」
ルカが呟いた。
「愛よりも規則が大切だと?」
「当然です」
セバスチャンが即答した。
「個人の感情よりも、秩序の方が重要です」
「その秩序とやらで、本当に人々が幸せになれるんですか?」
玲奈の質問に、セバスチャンは困った表情を見せた。
「幸せかどうかは関係ありません。安定が重要なのです」
「安定?」
「そうです。混乱のない、予測可能な世界です」
セバスチャンの答えに、玲奈は愕然とした。
「それって、愛のない世界ということですか?」
「極端に言えば、そうです」
セバスチャンは躊躇なく答えた。
「愛は不安定要素です。管理された社会には不要です」
会議室が静まり返った。あまりにも冷酷な発言に、神官たちも息を呑んでいる。
「あなたたちは、愛を理解していません」
ルカが静かに言った。
「愛は不安定要素ではありません。成長のエネルギーです」
「成長?」
「はい。愛があるからこそ、人は困難を乗り越え、より良い存在になれるのです」
ルカの言葉に、何人かの神官が頷いた。
「確かに、愛には破壊的な面もあります」
玲奈が続けた。
「でも、それ以上に創造的な力があります」
「現在の混乱を見て、まだそんなことが言えるのですか?」
セバスチャンが反論した。
「はい」
玲奈は確信を持って答えた。
「この混乱は、新しい愛の形が生まれる産みの苦しみです」
「新しい愛の形?」
「はい。今まで形だけの愛や、義務的な愛で満足していた人たちが、本当の愛を求め始めているんです」
玲奈の解釈に、ミカエルが興味を示した。
「なるほど...それで一時的に別れが増えているということですか?」
「そうです」
ルカが頷いた。
「偽物の愛を捨てて、本物の愛を探そうとしているのです」
「それは推測に過ぎません」
セバスチャンが否定した。
「証拠がありますか?」
「証拠なら、僕たち自身です」
ルカが胸を張って言った。
「僕たちの愛が世界を救ったではありませんか」
「それは偶然です」
「偶然ではありません」
玲奈が強く反論した。
「愛の力です」
神官たちの表情が揺れ始めた。確かに、二人の愛が世界を救ったのは事実だった。
「しかし、現在の混乱は...」
「必要な過程です」
ルカが断言した。
「真の愛が根付くまでの、避けられない混乱です」
「それを証明できますか?」
セバスチャンが挑戦的に聞いた。
「はい」
玲奈が前に出た。
「私たちが愛を貫き続けることで証明します」
「どのように?」
「私たちの愛が本物なら、きっと人々の心に希望を与えるはずです」
玲奈の確信に満ちた声に、神官たちは圧倒された。
「偽物の愛に別れを告げた人たちが、再び本物の愛を見つける手助けをします」
「そんなことが可能でしょうか?」
ミカエルが疑問を投げかけた。
「可能です」
ルカが答えた。
「愛の力は無限ですから」
その時、会議室の窓から金色の光が差し込んだ。外では、あの金色の花が一斉に咲き始めている。
「あの花...」
神官たちが驚いて窓を見た。
「昨日まではなかったのに」
「愛の力です」
玲奈が説明した。
「私たちの愛が強くなると、あの花が咲くんです」
「では、お二人の愛が世界に良い影響も与えているということですか?」
ミカエルが希望を込めて聞いた。
「はい」
二人は同時に答えた。
「愛は破壊と創造、両方の力を持っています」
「大切なのは、その力をどう使うかです」
神官たちは考え込んだ。確かに、金色の花の美しさは否定できない。
「しかし...」
セバスチャンがまだ抵抗しようとした時、会議室の扉が開いた。
「失礼します」
若い神官が慌てて入ってきた。
「緊急報告があります」
「何事ですか?」
「南の村から連絡が入りました。別れたカップルの多くが、より深い愛で結ばれ直しているとのことです」
神官たちがざわめいた。
「どういうことですか?」
ミカエルが詳細を求めた。
「一度別れて、お互いの大切さを再認識したカップルが、以前よりも強い絆で結ばれているそうです」
「本当ですか?」
玲奈が目を輝かせた。
「はい。村長からの正式な報告書です」
若い神官が書類を手渡した。
「以前は形式的だった結婚が、深い愛情に基づいた関係に変わったカップルが数多くいるとのことです」
ミカエルが報告書を読み上げた。
「『一時的な混乱はあったものの、真の愛を見つけた人々の表情は以前よりもずっと輝いている』...」
神官たちは驚きの表情を見せた。
「つまり、混乱は一時的なもので、最終的には良い結果をもたらしているということですか?」
「そのようですね」
ミカエルが頷いた。
セバスチャンは困惑していた。自分の理論が覆されそうになっている。
「しかし、これは一つの村の例に過ぎません」
「いえ、他からも同様の報告が入り始めています」
別の神官が立ち上がった。
「東の町でも、西の街でも、同じような現象が報告されています」
「では、私たちの予想は正しかったんですね」
ルカが安堵の表情を見せた。
「愛の混乱は、より強い愛を生み出すための過程だったのです」
神官たちの表情が変わり始めた。二人の愛を敵視していた空気が、理解へと変わりつつある。
「しかし、まだ完全に安心はできません」
セバスチャンが最後の抵抗を試みた。
「これが一時的な現象である可能性もあります」
「それなら、もう少し様子を見てはいかがでしょうか?」
ミカエルが提案した。
「お二人を今すぐ引き離す必要はないかもしれません」
神官たちが議論を始めた。状況が変わったことで、評議会の決定を見直す必要が出てきた。
「分かりました」
セバスチャンが渋々同意した。
「一週間の猶予を与えましょう。その間に状況が改善されなければ、分離措置を実行します」
「ありがとうございます」
玲奈とルカは深々と頭を下げた。
「必ず、愛の力を証明してみせます」
会議が終わった後、二人は神殿の庭園に向かった。金色の花が美しく咲いている庭園で、二人は今後の方針を話し合った。
「一週間...短い時間ですね」
玲奈が不安そうに言った。
「でも、十分です」
ルカが力強く答えた。
「僕たちの愛が本物なら、必ず人々に伝わります」
「そうですね」
玲奈も決意を新たにした。
「困っている人たちを助けて、愛の素晴らしさを伝えましょう」
二人は手を握り合った。大きな試練が待っているが、愛の力を信じて立ち向かう決意を固めていた。
その夜、玲奈は日記を書いた。
『今日、神官たちから別れるように命じられました。でも、一週間の猶予をもらうことができました。
この一週間で、私たちの愛が世界にとって本当に良いものだということを証明しなければなりません。
大変な挑戦ですが、ルカさんと一緒なら乗り越えられると信じています。
愛の力は必ず勝利します。なぜなら、愛こそが世界を救う唯一の力だからです。』
窓の外では、金色の花が月光に照らされて美しく輝いている。まるで、二人の愛を応援してくれているかのように。
明日から始まる戦いに向けて、玲奈とルカは希望を胸に眠りについた。
愛の力を信じて、最後まで戦い抜く決意を胸に。
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