第17話:本当の気持ち
翌朝、玲奈とルカは緊急対策として設置された特別な訓練場に向かった。神殿の最深部にあるその場所は、昨日までは存在していなかった新しい部屋だった。一夜にして建設されたとは思えないほど完璧で、古代の技術が使われているようだった。
部屋の中央には複雑な魔法陣が描かれていて、その周りには様々な水晶と古代の装置が配置されている。壁面には愛の力を制御するための古代文字が刻まれていて、部屋全体が神秘的な雰囲気に包まれていた。
「こちらが、愛の力を直接コントロールするための特別な訓練場です」
ミカエルが説明する。
「この部屋は、神殿に古くから伝わる秘密の技術で建設されました」
「すごいですね...一夜でこんな部屋を」
玲奈が感嘆の声を上げると、セバスチャンが補足した。
「実は、この部屋は神殿の地下に元々存在していたのです。今回の緊急事態を受けて、封印を解いたのです」
「封印?」
ルカが興味深そうに聞いた。
「はい。過去に一度だけ、愛の力が暴走した時に使われた部屋です」
セバスチャンの説明に、二人は身を引き締めた。
「では、始めましょう」
ミカエルが二人を魔法陣の中央に導いた。
「まず、お二人の愛の力の現在の状態を測定します」
玲奈とルカは手を繋いで魔法陣の中央に立った。すると、魔法陣が光り始め、二人の周りに美しい光のオーラが現れた。
「驚異的です...」
セバスチャンが装置の数値を見ながらつぶやいた。
「愛の力の数値が、通常の1000倍を超えています」
「1000倍?」
玲奈は驚いた。
「それだけ強い力を持っているということですか?」
「はい。そして、その力が制御されずに放出され続けているのです」
ミカエルの説明に、ルカは深刻な表情を見せた。
「僕たちは、そんなに危険な存在なのですか?」
「危険というより、制御が必要な存在です」
ミカエルは優しく答えた。
「愛の力そのものは美しいものです。しかし、あまりに強すぎると、周囲に予想外の影響を与えてしまいます」
測定が終わると、二人は魔法陣から出た。数値を見たセバスチャンの表情は、さらに深刻になっていた。
「ミカエル様、これは...」
「どうしました?」
「お二人の愛の力が、まだ成長し続けています」
セバスチャンの報告に、全員が緊張した。
「成長し続けている?」
玲奈が不安そうに聞くと、セバスチャンは頷いた。
「はい。測定中にも数値が上昇し続けました。このままでは...」
「このままでは?」
「数日以内に、制御不可能なレベルに達する可能性があります」
その言葉に、部屋の空気が重くなった。
「では、すぐに制御訓練を始めましょう」
ミカエルが決断した。
「本来なら段階的に行うべきですが、時間がありません」
午後、訓練が始まった。玲奈とルカは再び魔法陣の中央に立ち、愛の力を意識的にコントロールする練習を始めた。
「まず、お互いへの愛の感情を意識してください」
ミカエルの指示に従って、二人は目を閉じて愛を感じた。すぐに魔法陣が光り始め、美しいオーラが二人を包む。
「今度は、その力を内側に留めることを試してみてください」
「内側に留める?」
「はい。愛の感情はそのままに、その力が外に放出されないように意識するのです」
二人は集中して試みたが、なかなかうまくいかない。愛を感じると、その力は自然と外に溢れ出してしまう。
「難しいですね」
玲奈が額に汗をかきながら言った。
「愛の感情と力を切り離すなんて」
「僕も同じです。愛することと、その力を抑えることが同時にできません」
ルカも困惑していた。
「では、別のアプローチを試してみましょう」
ミカエルが提案した。
「愛の力を弱めるのではなく、その方向を制御してみてください」
「方向を制御?」
「はい。愛の力を、特定の対象に集中させるのです。お互いだけに向けて、他への影響を最小限に抑えるのです」
二人は再び試みた。お互いだけを見つめ、愛の力をお互いにだけ向けることを意識する。
すると、少しずつ効果が現れ始めた。魔法陣の光は続いているが、部屋全体への影響は減っているようだった。
「良い兆候です」
セバスチャンが数値を確認しながら言った。
「周囲への放出量が30%減少しています」
「でも、まだ十分ではありませんね」
ミカエルは厳しい表情を見せた。
「もう少し集中してください」
訓練は夕方まで続いた。二人は必死に愛の力をコントロールしようとしたが、完全な制御には程遠い状態だった。
「今日はここまでにしましょう」
ミカエルが訓練の終了を告げた。
「お疲れ様でした」
玲奈とルカは疲れ果てていた。愛の力をコントロールするということが、これほど困難だとは思わなかった。
「明日も続けますが、今夜はゆっくり休んでください」
「はい」
二人は重い足取りで訓練場を出た。
その夜、玲奈とルカは神殿の屋上にいた。いつものように星空を見上げているが、今夜の気分は重かった。
「疲れましたね」
玲奈がため息をついた。
「愛の力をコントロールするなんて、想像以上に難しい」
「僕もです」
ルカも同じ気持ちだった。
「愛することと、その力を制御することが、こんなに矛盾するなんて思いませんでした」
二人はしばらく沈黙していた。星空は美しいが、心は晴れない。
「ルカさん」
玲奈が口を開いた。
「はい」
「私たち、本当にこのまま愛し続けていいのでしょうか?」
玲奈の言葉に、ルカは驚いた。
「どういう意味ですか?」
「私たちの愛が、こんなに多くの人に迷惑をかけているなら...」
玲奈の声は沈んでいた。
「もしかして、愛することをやめるべきなのかもしれません」
「玲奈...」
ルカは玲奈の手を握った。
「君は、僕を愛することを後悔しているのですか?」
「後悔はしていません」
玲奈は即座に答えた。
「でも、みんなの幸せを考えると...」
「僕は後悔していません」
ルカの声は確信に満ちていた。
「どんな困難があっても、君を愛していることを後悔したことは一度もありません」
「でも...」
「君を愛することができて、僕は本当に幸せです」
ルカは玲奈の方を向いた。
「この感情は、僕の人生で最も美しく、大切なものです」
ルカの真剣な眼差しに、玲奈の心が震えた。
「たとえ世界中が僕たちに反対しても、僕は君を愛し続けます」
「ルカさん...」
「君はどうですか?僕への愛を、諦めることができますか?」
玲奈は心の奥を見つめた。ルカへの愛を諦める?そんなことができるだろうか?
「できません」
玲奈の答えは、心の底からの真実だった。
「あなたを愛することを諦めるなんて、絶対にできません」
「それなら、一緒に解決策を見つけましょう」
ルカの言葉に力があった。
「愛することをやめるのではなく、愛の力をうまく使う方法を見つけるのです」
「そうですね」
玲奈も決意を新たにした。
「私たちの愛は間違っていません。問題は、その力の使い方だけです」
二人は見つめ合った。困難な状況の中でも、お互いへの愛は揺るがない。
「君を愛している」
ルカが改めて告白した。
「僕の心の奥底から、魂の深いところから、君を愛しています」
「私も、あなたを愛しています」
玲奈も同じように答えた。
「どんなことがあっても、この気持ちは変わりません」
その瞬間、二人の周りに温かい光が生まれた。それは今までの激しい光とは違う、穏やかで美しい光だった。
「この光...」
玲奈が驚くと、ルカも同じように感じていた。
「今までとは違いますね」
「はい。もっと穏やかで、コントロールされているような」
二人の愛が、確信と決意によってより深く、より安定したものになったことで、愛の力も質的な変化を遂げたのだった。
「もしかして、これが答えなのかもしれません」
ルカが気づいた。
「愛を弱めるのではなく、愛をより深く、より確かなものにすること」
「そうかもしれませんね」
玲奈も同感だった。
「表面的な愛ではなく、魂レベルでの深い愛なら、もっと安定するのかもしれません」
その夜、二人は今まで以上に深い愛を確認し合った。それは困難な状況を乗り越えることで、より強固になった愛だった。
「玲奈」
ルカが改めて彼女の名前を呼んだ。
「私たちの愛は、もう代役でも義務でもありません。これは私たち自身の、本物の愛です」
「はい」
玲奈も深く頷いた。
「エルシアさんの記憶があったからこそ愛を理解できたけれど、今の気持ちは完全に私自身のものです」
「僕も同じです。最初は自分の正体も分からず、ただ使命を果たそうとしていました」
ルカの瞳に、深い感情が宿っていた。
「でも今は違います。玲奈、君だけを愛している。君以外の誰でもない、玲奈を」
二人は静かに抱き合った。星空の下で、世界の運命を背負いながらも、二人だけの特別な時間を過ごす。
「どんな困難が待っていても、この愛だけは本物です」
玲奈がささやくと、ルカも同じように答えた。
「この愛があれば、きっと世界も救えるはずです」
表面的な感情ではなく、魂の奥底からの真実の愛。それこそが、愛の力を安定させる鍵だったのかもしれない。
翌朝、訓練場での測定で、驚くべき結果が出た。
「信じられません」
セバスチャンが装置を何度も確認している。
「愛の力の総量は変わっていませんが、その質が完全に変化しています」
「質が変化?」
ミカエルが興味深そうに聞いた。
「はい。より安定していて、制御しやすい形になっています」
「それは良いことですね」
「はい。このままなら、周囲への悪影響は大幅に減少するはずです」
その報告に、玲奈とルカは安堵した。
「昨夜、何か特別なことをされましたか?」
ミカエルの質問に、二人は顔を見合わせた。
「特別なことというか...」
玲奈が恥ずかしそうに答えた。
「お互いへの愛を、改めて確認し合いました」
「確認し合った?」
「はい。困難な状況でも、愛することをやめないという決意を固めました」
ルカが補足した。
「なるほど」
ミカエルは感心したように頷いた。
「愛の力の制御は、技術的な問題ではなく、愛の質の問題だったのですね」
「そのようですね」
「素晴らしい発見です。これで、世界の混乱も収束に向かうでしょう」
実際、その日から世界各地の異常事態は急速に改善し始めた。集団恋愛状態に陥っていた村も、徐々に正常に戻っていく。
「各地からの報告です」
セバスチャンが午後の会議で発表した。
「北の村では、住民たちが正常な生活を取り戻しています。愛の感情は残っていますが、日常生活に支障をきたすほどではなくなりました」
「素晴らしい成果ですね」
ミカエルが安堵の表情を見せた。
「他の地域はいかがですか?」
「東の町でも改善が見られます。恋愛による混乱は収まり、人々は仕事と恋愛のバランスを取り戻しつつあります」
玲奈とルカは、その報告を聞いて心から安心した。
「私たちの愛が、ようやく世界に良い影響だけを与えるようになったんですね」
玲奈が嬉しそうに言うと、ルカも微笑んだ。
「はい。愛の質を深めることで、力も安定したのでしょう」
「しかし、まだ油断はできません」
ミカエルが注意を促した。
「お二人の愛がさらに深まれば、また新しい変化が起こる可能性があります」
「その時は、また一緒に解決策を見つけましょう」
玲奈が決意を込めて答えると、ルカも頷いた。
「はい。今度は、慌てずに対処できるはずです」
玲奈とルカの愛が、困難を乗り越えることでより深く、より美しいものになったのだった。
そして、その真実の愛こそが、世界を救う真の力だったのだ。
二人の物語は、新たな段階へと進もうとしていた。真の愛を手に入れた今、どのような未来が待ち受けているのか。それは、これから明らかになっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます