第6話

裏庭にできた即席キャンプでの生活は──とにかく、うるさい。

斧を担いだ蛮族・ボーリンの笑い声なんて、きっと隣の村にまで響いてる。しかも毎朝のように、戦の雄叫びを練習するという習慣まである(俺の繊細な赤ん坊耳には、はっきり言って騒音でしかない)。

エルフの射手・ライラは幽霊のように静かだけど、彼女の弓の修練は激しい。矢が空気を裂く音が鋭く、ゾッとするほど正確だ。

そして盗賊のカエルは、常に落ち着きがなく、短剣を研いだり、手品のような手捌きを繰り返したり、時には俺のぽっちゃりした指に複雑な結び方を教えようとしたり(もちろん、成功したことはない)。


母さんは、この突然の侵略者たちを、張りつめた優雅さで乗り切っている。笑顔は丁寧だが、ボーリンが三度目となるハーブの物干し竿を倒しそうになった時には、さすがに小さくため息をついていた。

それでも、父さんの目に灯る若き冒険時代のきらめきを見ているのだ。ボーリンと塩の取り合いで真剣勝負(地面が揺れるレベル!)をしたり、焚き火を囲んで昔の武勇譚を語ったり(俺は揺りかごの中で寝たふりをしつつ、聞き耳を立てている)、ライラに格闘術を教えたり…。父さんは、まるで若返ったかのように生き生きしている。

だからこそ母さんは、ほとんど──いや、まさに聖女のような忍耐で、この混沌を受け入れている。光の魔術師らしい気高さと包容力だ。


そんな日常の中で、俺も俺なりの“修行”を続けている。

内なるエネルギーの精錬は、今や息をするのと同じくらい自然な行為になった(もしくは、よだれを垂らすのと同じくらい自然)。進歩はまだまだ牛歩だけど、その手応えは確実に強まっている。

ただの光の粒を引き寄せていた頃とは違い、今では体内で小さなエネルギーの塊を練り上げているような感覚さえある。


そしてある日の昼下がり。

特に静かな昼寝の時間(ボーリンは木陰で爆睡、ライラは瞑想中、カエルはたぶん村の誰かの靴下を盗もうとしていた)、俺の中で変化が起きた。

胸に集まったエネルギーが、ある臨界点に達したのだ。


──カチッ。


外の音じゃない。内なる感覚。無数のピースがぴたりと噛み合ったような、完璧な瞬間だった。

胸骨の奥の温もりが増し、ぎゅっと凝縮された。

もはや“ろうそく”ではない。もっと熱く、もっと強く、脈打つ“ビー玉”のような存在。

そう──俺の想像通り、未熟な器官がついに形を成した。核の形成率、50%達成だ。


そして、青いスクリーンが点滅する:


【レクソ】

レベル:0.50

HP:15/15

MP:20/20(+5)

STR / VIT / DEX:徐々に増加中

INT:??

WIS:??

MAG:2(+1)

状態:意識覚醒中/マナ核:50%形成済み


MAGが1ポイント上昇! 状態も核の形成を裏付けている!

これは……本当に、大きな節目だ。


その日の午後、父さんとボーリンが稽古後に交わした会話が、俺の達成感を現実に引き戻してくれた。

武器の手入れをしながら、ボーリンが言う。


「見込みがあるな、お前の息子。わかるぞ、同志」


「核が目覚めると思うか?」


父さんは、誇りを込めた笑みを浮かべる。それは、俺でも感じられるほど濃密な喜びだった。


「そう願ってる。だが、お前も知ってるだろう、ボーリン。魔法を扱えるほど安定した核を形成できる者は、十万人に一人だって言われてる。だから魔術師は特別なんだ」


「超人だな」


ボーリンは神妙に頷く。


「闇と戦い、安全な国境の向こうに潜む怪物から人々を守る。魔術師の背負うものは、あまりにも重い」


「……ああ」


父さんは、母さんが病気の子供を看病している家の方を見つめ、ぽつりとつぶやく。


「本当に、重いよ」


十万人に一人──それが、魔術師という存在。

でも俺は、まだ生後半年にも満たないうちに、前世の知識と赤ちゃんボディでの努力で、すでに半分まで核を形成している。


これがただの“ステータスゲーム”ではないことに、俺はようやく気づき始めていた。核を形成するというのは、存在そのものの位階を変えること。この世界の「特別な存在」に、足を踏み入れるということ。


──それは、守護者として生きる可能性。


その想像は……圧倒的だった。


間もなく、生後六ヶ月。

歩行も安定してきて(まだコケるけど)、喃語も両親に「言葉みたい!」と大騒ぎされるほど成長した。そして何より、俺の中には半分形成されたマナ核が、確かな存在として脈打っている。


冒険者たちはまだ裏庭にいて、俺たちの静かな家に、冒険と危機の気配を運んでくる──。

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