明け星学園 Star Tails

秋野凛花

こころをつたえる(持木帆紫)

 俺──持木もてぎ帆紫ほむらには、少し困っていることがあった。


「あっ……伊勢美いせみ

「あ……持木くん。こんにちは」


 明け星学園。その廊下で彼女と鉢合わせた俺は目を見開く。向こうも少しだけ目を見開いて、それから微笑んで会釈をした。


 そして、どちらも何も言わず見つめ合う。俺は固まってしまって、向こうはそんな俺に微笑んだまま眉をひそめ、少しだけ困っているようだった。


「……えっと。僕、生徒会の仕事があるので……失礼します。また」

「あ、ああ、生徒会長ってなると、大変だよな……また」


 すると彼女の方から話を切り出してくれて、俺はそれに頷く。彼女は再び会釈をすると、俺の前から立ち去った。……その背中が見えなくなってから、俺は思わず息を吐く。


 ──俺の困ったこと。それは……この学園の新生徒会長となった伊勢美いせみ灯子とうこ。彼女と顔を合わせるのが気まずい、ということだった。





「気まずいなら会わなきゃいいだけの話じゃないか?」

「だね~、別に灯子ちゃんも気にしないと思うよ?」

「簡単に言ってくれるなお前ら……」


 3年生の授業の教室。たまたま同級生の墓前はかまえ糸凌しりょう雷電らいでんせんと居合わせたので、俺は相談してみた。するとそんな言葉を返される。

 まあ……会わなきゃいいだけ、っていうのは、そりゃそうなんだろうけど。


「……心音こころねは伊勢美と仲良いだろ。だから……自然と会う機会が多くなって」

「シスコン」

「持木くんって本当に心音ちゃんのことが大好きなんだね~」

「馬鹿にしてんのか」


 主に墓前。


「つーか、なんで気まずいんだよ。……いや、心当たりはあるけど」

「……その心当たりでたぶん正解だよ」


 墓前に尋ねられ、俺は自分の手を見つめる。


「…………………………顔面思いっきり、しかも拳で殴ってる分、すごく、気まずい…………………………」


 伊勢美は心音に、酷い言葉と態度を向けた。心音に悲しい表情をさせた。謝られたとして、理由がなんであれ、俺にはそれが許せなかった。

 だから感情のままに殴ったし、怒りの言葉を被せた。……その感情は間違っていないと思うが、感情のままに行動したことに反省はしている。特に、手を出したことは。暴力は、許されちゃいけないことだと思う。


「それこそ伊勢美は気にしてないんじゃないか? あいつはそれを正当なこととして受け止めてると思う」

「実際、灯子ちゃんはそれだけのことをしたと思うしね~」


 墓前は教科書を片手に、雷電はニコニコと笑いながらそう告げる。……2人は真っ先に伊勢美のことを受け入れていたが、逆に伊勢美を一番客観的に見つめている2人でもある、と思う。


「……それは俺もそうだと思ってるけど……やっぱり、良くないことをしたんじゃないかと、思うんだよ」


 それこそ、心が納得できない。このままじゃ俺は、いつまで経っても伊勢美に申し訳なくて、気まずく思い続けるだけだ。

 顔を合わせたら……伊勢美にも、気を遣わせてしまう。


 ……伊勢美を庇った俺は、どうして庇うんだと周囲から聞かれた。その時に、俺は伊勢美の友達だからと、そう答えたのに。まだ友達でいることを、俺は選んだのに。


「じゃあ、それを伝えたらいいじゃない」


 そこで頭上から聞き慣れた声が降り注ぐ。俺が勢い良く顔を上げると……そこには、俺の義理の妹──心音が立っていた。その手には弁当を包んだ風呂敷が握られている。


「あんた、これ忘れて出てったでしょ。持ってきてあげたんだから、感謝しなさい」

「あ、ああ、ありがとう……」

「で、帆紫」

「は、はい」

「授業終わったら、図書室に集合」


 心音はそれだけ言うと、踵を返して教室から出て行く。弁当を抱えた俺は呆然とし……。


「これはあれかな? 図書室で勉強というドキドキイベント!?」

「……いや、話しの流れ的に、どう考えても違うだろ」


 テンションを上げる雷電に、墓前が冷静にツッコみを入れる。その声で俺はようやく、ハッと顔を上げて現状を理解するのだった。





 というわけで、やって来た図書室。


「なんでお前も付いて来た……」

「相談乗っちゃったし!! 見届けさせてよ~」


 俺の横で、雷電がケラケラと笑っている。野次馬精神たっぷり、という様子だ。まあ……確かに相談はしたしな。


「生徒会の仕事で来れなかった糸凌の分まで見届けるよ~」

「ああ……あいつ、副会長になってから大変そうだもんな」


 主に伊勢美かいちょうにこき使われているらしい、という点で。


「あ、帆紫!! こっちこっち」


 すると名前を呼ばれ、俺はそちらに向かう。そして顔を合わせると、心音は不思議そうに首を傾げた。


「……雷電先輩、どうしてここに?」

「立会人!! 俺のことは空気だと思って~」

「分かりました」

「分かったのか……」


 雷電の言葉に、心音は笑って頷く。そして本当に気にしないようにしたらしく、俺の方に向き直った。


「さて、帆紫」

「……はい」

「帆紫は、灯子ちゃんとどうなりたいの?」

「どう? ……どう、って……」


 心音から尋ねられ、俺は顎に手を添える。


 ……そうして頭の中に巡るのは、記憶だった。心音と、そして伊勢美と3人でいた時間。

 伊勢美といる心音は、本当に楽しそうで。兄としてそれを喜ばしく思っていた。だから伊勢美には、心音の友達として、ずっと傍にいてほしいと思っていて……。

 だけど、俺も……1人の友人として伊勢美といて、楽しかった。


 出来れば、また、あの時のように。


「……悪いと思ってることを謝って……また、元みたいに話せるようになりたいな」


 正直な思いを、告げる。……心音は、微笑んでいた。


「よしっ、じゃあそれを灯子ちゃんに伝えなさい!!」

「……えっ、いや……ああいや、それはそうだとは思うんだけど……いざ伝えるってなるとちょっと……」

「はぁ!? ここまで来て何ビビってるわけ!?」


 心音に怒鳴られ、俺は肩を震わす。いや、ビビってる場合じゃないのは分かってるけど……。


「──図書館ではお静かに」


 するとそこで背後から、落ち着いた声が響き渡る。俺たちが振り返ると、そこには薄い茶髪の長い髪、薄紫色のワンピースのような制服のような服を着た……なんか全体的に色素の薄い人が微笑んで立っていた。


「あ、ご、ごめんなさい。喋っちゃって……」

「いえ、喋ること自体に問題はありませんわ。会話は禁止していませんから。……しかし、他の利用者さんが心穏やかに利用し続けるためにも、声量にはもう少し気を遣ってほしいのですわ」

「はい、すみません……」


 その人に優しく諭され、心音は分かりやすくシュン……となっている。うーん、可哀想だけどちょっと可愛いな、なんて俺が思っていると……薄色のその人の瞳が、急にこちらに向けられた。

 まさか見られるとは思っていなかった俺は、思わず肩を震わす。するとその人はニコ、と笑い、俺に何かを差し出した。……それは、1冊の本。


「え、な、何」

「失礼ながら、お話を勝手に聞かせていただきました。……伝えたい想いがある。しかし、見たところ貴方は、自分の気持ちを整理して喋ることがそこまで得意ではないご様子……。それでしたら、こちらの手段がオススメだと考えましたの。こちらの本が助けになれば幸いです。ご参考までに」


 さあ、と彼女は笑う。その笑顔の圧に押され、俺は本を受け取った。表紙を見ると……「こころがつたわる 手紙の書き方」と書いてある。手紙……。


「借りる際は、貸し出しカウンターまでどうぞ。それでは、ごきげんよう」


 そう言うと彼女は小さく頭を下げ、颯爽と去っていく。その背中はしゃんと伸びていて、なんか言動といい、すげぇ……金持ちなんだなぁ……と思わされた。


「……誰だったんだろう、今の」

「え、持木くん、知らないの?」

「お前はなんで逆に知ってんだよ」

「俺が可愛い女の子を見逃すわけがないでしょ? ……いや、そうじゃないとしても、あの子は有名人だから」

「有名人?」


 雷電のチャラ男ムーブはスルーしておいて、俺はそう聞き返す。彼は頷いて続けた。


「明け星学園に毎年多額の運営費を寄付してる、氷室家のご令嬢だよ。明け星学園が今こうして存続してるのも、あの子のお家のお陰と言っても過言じゃないと思う」

「それだけじゃなくてあの人、新図書委員会委員長でしょ? レファレンスサービスがすごくて、あの人がオススメする本に外れはないって話題になってるんだから」

「えぇ……知らなかった……」

「……持木くんってそういうとこあるよね」

「そうなんですよ……興味があること以外、ほんと無頓着で……」

「2人とも、悪口ならもう少し声量抑えてくれねぇか」


 普通に傷つく。


 ごめんごめん、と軽い調子で謝る2人にため息を吐いて、俺は受け取った本を改めて見る。手紙……か。誰かになんて書いたことないけど、確かに落ち着いて伝えたいことを整理して、形に出来たら……ちゃんとこの気持ちが伝わるんじゃないか。そう思う。

 ……図書委員長のオススメする本に外れはないみたいだしな。よし、いっちょやってみるか。


「……帆紫、やる気になったみたいだね」

「ああ、ちょっとやってみるよ」

「良かった。……実は、委員長さんにいい本を見繕ってもらおうと思って、元々図書室まで来たんだ。……想定とはちょっと違ったけど、結果的に上手くいったみたいで、良かった!!」


 頑張ってね、と心音は笑う。俺も笑い返して、頷いた。


「よーし、伊勢美、首洗って待ってろよ!!」

「それなんかちょっと違くない!?」

「図書館ではお静かに!!!!」

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