Shasta daisy

有理

Shasta daisy

「Shasta daisy」(シャスタ デイジー)


「無を語る夜」-無から何を生み出しますか-参加作品

テーマ:無


【配役】

児玉 翠(こだま みどり)

白取 蒼(しらとり あおい)



児玉「蒼はさ、いいよね。」

白取「んー?」

児玉「同性同士のめんどくさいのとかないんでしょ。」

白取「何、急に」

児玉「だからないんでしょって。可愛いーとかトイレついてきてーとか。そういうの。」

白取「連れションってこと?」

児玉「連れショ、…まあ、そう」

白取「あるけど、児玉には分かんないよ。言ったってどうせ分かんない」

児玉「…何その諦めた感じムカつく」

白取「いやそういうつもりじゃないけど、分かんないんだって。俺は女じゃないし、児玉は男じゃない。分かんないよ。分かるわけない。そういうもんだよ仕方ない。」

児玉「あんたってさ、そういう達観した感じさ、何なの。」

白取「そう?」

児玉「ムカつく」

白取「ムカついてばっかじゃんか」

児玉「ムカムカするわー」

白取「暑いからじゃないの?」

児玉「それもそうかも。」

白取「てかさ。」

児玉「んー」

白取「こんなとこ居ないで、さっさと帰れよ。」

児玉「いいじゃん。暇なんだもん。」

白取「いや、早く帰って涼しい部屋でアイスでも食ってゴロゴロしろよ。ほら、言ってた推し活?とかやれよ」

児玉「私の放課後をどう過ごそうが私の勝手なんだよ。」

白取「まあ、そりゃそうだけど。」

児玉「あーあ。それにしてもさー。」

白取「んー?」

児玉「いつからこんなに日本は暑くなったんだー?」

白取「知らないよ。」

児玉「涼しい日本を返せー!」

白取「知らないだろ?涼しかった頃の日本」

児玉「あはは」


白取N「日直の消し忘れた黒板と膨らんだカーテン。」

児玉N「消されたエアコン。全開の窓の外からは野球部の声が聞こえる。」


白取「あ、テスト。どうだった?」

児玉「赤点回避ー」

白取「そこなんだ」

児玉「そこなんです」

白取「現文は?自信あるって言ってなかった?」

児玉「ああ!61!」

白取「…」

児玉「ん?」

白取「それ最高点?」

児玉「そ!」

白取「…」

児玉「え…そんな哀れんだ目で見ないで!」

白取「まあ赤点なかったならいいのか」

児玉「蒼は?」

白取「俺?赤点ないよ」

児玉「そりゃわかってるよ!」

白取「現文は96」

児玉「…」

白取「何」

児玉「聞かなきゃ良かった」

白取「勝てると思ってたこと自体に驚いてる」

児玉「自惚れた」

白取「そんなにテスト勉強したんだ」

児玉「ううん」

白取「たわけ者だな」

児玉「空欄ぜーんぶ埋めたわけ。完璧だと思ったんだもん。」

白取「その自信、分けてもらいたいわ」

児玉「ちぎってやるよ」

白取「はは」


児玉N「知らない人の椅子はガタガタと足が傾いている。二の腕がベタつく。小型扇風機を蒼に向けて置いてやる。彼のペンケースには赤やピンクのシャーペンが何本も入っている。その内の一本は私のものだ。」


白取「何?」

児玉「涼しいでしょ」

白取「ちょっとね」

児玉「じゃあ向けてやんなーい!」

白取「はは。」

児玉「嘘」

白取「いいよ、児玉が暑いじゃん。」

児玉「私は大丈夫だよ」

白取「嘘、汗垂れてる」

児玉「…」

白取「ね。」

児玉「…」

白取「…」

児玉「何時までいるの」

白取「んー?今日?」

児玉「うん」

白取「気が向いたら帰るけど?」

児玉「じゃなくて、決めてるんでしょ」

白取「えー?あー、んー。6時?くらいには帰るかな。多分」

児玉「分かった。じゃあ私、アイス、買ってくる」

白取「はー?いや、帰ったらいいじゃん」

児玉「いいじゃん。どーせ暇なんだから」

白取「家で食えよーアイス」

児玉「蒼と食べたいんじゃん」

白取「なんだそれ」

児玉「どうせなら勉強教えてよ」

白取「俺が?」

児玉「うん」

白取「なんでよ」

児玉「蒼頭いいから」

白取「…教えない」

児玉「えー!」

白取「自分でやった方がいいって。」

児玉「…この前小野田さんには教えてたじゃん」

白取「そうだった?」

児玉「…多分」

白取「気のせいだよ」

児玉「とりあえず!待ってて!すぐ帰るから」

白取「…」

児玉「約束!」

白取「約束は破るためにあるんだよ」

児玉「屁理屈いいから」

白取「はは」

児玉「ね!」


白取N「児玉が置きっぱなしにしていった黄色の小型扇風機。とっくに終わった本日の課題。夏の色の空。捲れない長袖の下にはじっとりと汗が伝っていた。」


児玉「蒼!お待たせ」

白取「あー。本当に来たんだ」

児玉「当たり前じゃん。約束したんだから」

白取「律儀。」

児玉「どっちがいい?バニラと抹茶」

白取「いいよ俺は」

児玉「私の奢り!持って帰っても溶けちゃうし。食べてよ」

白取「…じゃあ余った方」

児玉「じゃあ私抹茶ー」

白取「みどり、だから?」

児玉「え!?」

白取「何?」

児玉「いや、下の名前、」

白取「シャレかなって」

児玉「シャレって…」

白取「俺も白取の白だからバニラ?シャレかな」

児玉「…なんだーそれ」

白取「ありがと。いただきます」

児玉「どうぞ」

白取「…冷たー。うま」

児玉「夏ってこれ以外いいことないよね」

白取「そう?」

児玉「ないよ。暑いし」

白取「暑いけど」

児玉「…あ。水着でしょ」

白取「ん?」

児玉「水着見られるから、夏っていいなと思ってんでしょ」

白取「何が?」

児玉「スケベ」

白取「…ああ、そうか。男目線を読んだわけか」

児玉「そうだろどうせ」

白取「そうだなどうせ」

児玉「ふーんだ」

白取「いいじゃん。性犯罪に走らないんだからそのくらい可愛いって健全だって思ってもらわなきゃ」

児玉「きもーい」

白取「はは」

児玉「…蒼はさ。」

白取「んー?」

児玉「…彼女、キョーミないんでしょ」

白取「…ないねー」


児玉「不健全じゃん」

白取「そうだね」

児玉「否定しろよ」

白取「じゃあ健全だよ。」

児玉「何だよそれ」

白取「どっちだよ。」

児玉「作らないの?彼女」

白取「作る気ないね」

児玉「言い寄られてんのに?」

白取「誰によ」

児玉「いっぱいいるじゃん」

白取「えー?」

児玉「はぐらかすなよ。」

白取「いっぱいは、いないだろ」

児玉「情報通の児玉さんを舐めるなよ?」

白取「何だそれは。」

児玉「結構有名だよ。誰にも落とせない難攻不落の白取蒼って。」

白取「何それ。城じゃないんだから。」

児玉「なんで作らないの」

白取「…さっき児玉が言ったじゃん。キョーミないからじゃん?」

児玉「…シャーペンはたくさんもらうのに?」

白取「…物に罪はないじゃん。」

児玉「どれが1番お気に入りなの?」

白取「…これ」

児玉「え」


児玉N「彼が指した、薄い黄色。私があげた、白いデージーの描かれたシャーペン。」


白取「って、言って欲しいんだよね。」

児玉「…あ」

白取「でもごめん。書ければ全部同じなんだよ。」

児玉「…」


白取N「蒸し暑い。膨らんだカーテン。埃とカビの匂い。彼女の家の柔軟剤の匂い。」


児玉「…蒼。」

白取「でも、児玉は特別だったから。教えるよ。勉強じゃないけど。」

児玉「え?」

白取「俺がキョーミない、理由」


児玉N「彼は夏も長袖のシャツを着る。体育も必ずインナーかジャージを着る。私は初めて彼の腕を見た」


白取「…引いた?」

児玉「蒼、その痕」

白取「これ、煙草の痕」

児玉「…」

白取「これがすぐ家に帰りたくない理由と誰とも付き合いたくない理由と恋愛にキョーミない理由。伝わった?分かんない?」

児玉「誰か大人に、大人にさ、相談しなよ」

白取「しないよ。」

児玉「…なんで」

白取「高校卒業したら、家出るんだ。」

児玉「…」

白取「あと少しなんだ。」

児玉「…」

白取「だから、事を荒立てたくない。」

児玉「…」

白取「今までずっと我慢してきた。ずっと。やっとそれが終わるんだ。特待生だと学費が免除されるっていうから勉強だって頑張ってきた。そもそも俺が勉強ができたとて誰も興味ないんだ。通知表もテストの結果も見てくれたことなんて一度もない。でもそれでいい。興味なんか持ってくれなくていい。ずっと知らないままでいい。だから、児玉」

児玉「…」


白取「放っておいて、くれないか。」


児玉N「私は、」


______


白取「…失礼します。」


児玉「あ、」

白取「…」

児玉「蒼、」

白取「…。」

児玉「待ってよ、蒼!」

白取「…何」

児玉「…わ、私」

白取「…これ。返す」

児玉「あ、」

白取「じゃ。」

児玉「蒼、」

白取「まだ、何か?」

児玉「…私、どうしても放っておけなくて」

白取「…場所、変えようか。ここ職員室の前だから。」



児玉「…」

白取「…」

児玉「蒼」

白取「児玉が警察に言ってくれたおかげで、すぐ家に児童相談所の職員と一緒に家に来たよ。」

児玉「うん」

白取「母さんも母さんの相手の人も厳重注意を受けた。児玉、俺のこと好きだとか言いながら何も知らないんだな。」

児玉「え?」

白取「俺、誕生日4月2日。」

児玉「…だから、何?」

白取「もう18歳なんだよ。児童相談所もそんなにすぐに動く歳でもない。選挙権だってもうある。成人って歳なんだよ。」

児玉「あ、」

白取「ご立腹だよ。当たり前に。一年の頃から長期休みに少しずつバイトして貯めてきたお金も全部バレて取られた。一人暮らしする為の初期費用だったのに。」

児玉「そん、な。私、私が蒼のお母さんに言って返してもらうから、だから、」

白取「だから!!!!」

児玉「っ!」

白取「それを、やめてくれって!言ってんだよ!」


白取「無神経なんだよ!お前、ずっと。ずかずか、踏み込んで。お前がシャーペンなんか渡さなきゃ、誰も俺のペンケースに勝手に入れてきたりしなかったんだよ」


児玉Past「ねえ蒼、こーれ。蒼にあげる。一本しか持ってなかったら壊れた時何かと困るでしょ?」


白取「当たり障りのない会話がどれだけ面倒か、お前に分かるか。分かんないよな。同性同士のどーでもいい話なんかより、俺は。お前達異性のもっとどーでもいい色恋の話の相手が苦痛だよ。学校は勉強しにくるとこなんだよ。勉強しろよ。しないんならせめて、邪魔しないでくれよ、頼むよ、なあ、頼むよ…頼むから…頼むから…」


児玉past「蒼!今日も居残りしてんのー?話さないー?昨日小野田と何話してたのー?」


白取「二度と俺に関わらないでくれ」


児玉N「握りしめた黄色いシャーペン。白いデージーが軋む。背を向けた白取蒼はそのまま夏休みの間に転校した。私のペンケースには未だ黄色いシャーペンが無神経に転がっている。」

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Shasta daisy 有理 @lily000

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