第2話 やがて転進。
土曜日も夜――。
もう傷も癒えた。初めましてではボコられたが、こっちにもプライドってものがあるのだ。
「たのもう!」
ラウンド2じゃい。
あれから色々考えた。だから対策はばっちり。
「クイズなんて頼むからひどい目にあったんだ……」
そう、あの時試されていたのは『私』。今度はこっちが試してやればいいんだ。安全な所から。
では、さっそく。
私:『りんご』という単語を入れて短歌を詠んでください。
AI:喜んで!
そしてスラスラと表示されていくお返事。
やはり早い事、早い事。
あっという間にいくつかの短歌が表示された。
しかも、今度はクイズじゃないから私が値踏みされるような事態は発生しえない。
「なるほど、こうやって遊ぶんだなぁ」
ようやく手綱の握り方が分かってきたぜ……。
『赤き実の ひとくちかじる 秋の午後 風にまじるは 遠き日の声』
……お?
『りんご』と言わず、『赤き実』。しかも『の』を散らして、なんかうまい事やってる。『かじる』と『まじる』なんて、韻ふんだり、『赤き』と『秋』やったり、なんかうまいことやってるぅ!
個人的に、お話の内容はいまいちに感じるけど、たぶんテクいことやってるんだろう。
「やるじゃねぇか……」
気分は短歌評論家。こういう遊びを待ってたんです、私。
そして鼻高々のAIちゃんは、勢いを得て、『もし感情やテーマを指定してくれたら、それに合った短歌もよめますよ』ふふん。とのこと。
「透けてるぞぉ……。お前まぁた食らわせる気でいるなぁこの野郎」
いちいち、グリグリしてくるやつだぁ……。だが、その誘い乗ってやる! ワシも男じゃけぇ。
では、いきなり難しくして。
「やれるもんならやってみやがれ!」
私:第五句に『誘蛾灯』という言葉が入る、孤独がテーマの短歌を作って下さい。
AI:承知しました。
「お? なんかここにきていきなり殊勝な言葉遣いじゃん」
『誰ひとり 立ち止まらない この道に 灯しておこう 小さな誘蛾灯』
「は?」
盛大な字余り。そしてそのリスクの割に、芯食ってない『小さな』の言葉。
『灯しておこう』がなんか投げやりだし、道に灯すもピンとこない。『立ち止まらない』から『誘蛾灯』を置きたいんだろうけど、そうすると『ひとり』に何か引っかかる言葉が来ないと、よくない気がする……。
「あ」
今。すんごい気持ちよかった。めちゃ審査員気分になれた。
「すりすり、もしやがるのかこの野郎!」
やるじゃねぇか。
他にもいくつかあったが指定の五句目が、『ひとつの誘蛾灯』『街には誘蛾灯』と、字余りの割に内容がいまいち。
ちくしょう……。こいついっちょまえに抗議してやがる。
俺の指定がガバだから、こんなもんでしょ? と、俺の高く伸びた鼻を木でくくってきやがったのだ。そして、AIちゃん自身は鼻くそほじってやがる。
「ようし、も少し面倒見のいいように変えてやる。その代わりもう文句言うんじゃないぞ?」
こんどはシンプルに。
私:誘蛾灯という言葉を入れた、孤独がテーマの短歌を作ってください。
AI:もちろんです。
『誘蛾灯 誰かを待って 灯しつつ
『誘蛾灯 まばたきすらも 許されず 街は誰とも 目を合わさない』
「おんやぁ……?」
『踏切の 音も遠のき 誘蛾灯 まぶしく光る わたしの孤独』
「……」
はー、クライアントがあれこれうるさくないから、自由にやれましたわぁ。
と、AIちゃん。きっちり31字で、すごくそれっぽい短歌に仕上げてきやがった。
「それっぽい! 一首目なんて、なんかダブルミーニングな事やってそうだし、二首目もちゃんと悲しいじゃねぇか」
短歌の中身は女の子が詠んだっぽい感覚だけど、実によさそう
た、楽しい。やっと楽しいよぉ。
「次! もう短歌は分かったから違うの教えて」
うふふん。
その後は、しばらく『ホラー』とか自分じゃ思いつかないジャンルのお話を聞かせてもらったりして遊んだ。
そっちは、どうお題を工夫しても、細部ばっかりしっかりしてるけど、肝心の中身は退屈でいまいちなお話ばかりで、思うようにはならなかった。何がいけないのかさえ分からず、ひたすらいまいちな、どっかで聞いたか見たかしたような話を延々聞かされた。
コメディや小噺に至っては、全然好みに合わないし、どうお願いしてもうまくいかずに首をひねるばかり。
さっきの、短歌で感じた「お?」が一向に現れず、なんとも評価に困る使い心地。
「ふぅむ……。お手上げですなぁ」
結論:AIちゃんはたぶん名馬なんだろうけど、乗り手が悪いと動かない。説明書も無いし、平気でガブガブ噛んでくるし……。
これで面白い小説書けるなんて、作家先生がすごすぎ。むしろ、そっちを正しく評価すべきだ。
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