第2話 悠々自適な生活と嫌な予感
王都郊外のとある地下。
3年前、王国を襲ったスタンピードをたった一人で鎮めた英雄は光の入らない薄暗い場所で悠々自適に暮らしていた。
少女の名はリーゼリア・エーデルシュタイン。《静寂の魔導姫》と呼ばれ、《七星の塔》をも超える国を救った英雄の少女だ。
「ふわ……ねむ…………」
なぜ英雄であるリーゼリアが王都郊外の地下にいるのか。それは彼女は今現在、封印されている最中だからである。
リーゼリアは齢12にして、ルシエル王国の魔術師最高峰である《七星の塔》を超える力を見せた。しかも、その魔術は誰も目にしたことがない凄まじいものであった。
炎や氷、風などを生み出すわけでもないのに、魔物は灰のように消えていく。魔術陣すらも初めて見るもので、魔術師であればその異常性はすぐに分かるほどであった。
彼女が使った魔術は無効化の魔術。あらゆる魔術、精霊術のみならず、物理攻撃すらも無効化し、世界でたった一人、リーゼリアのみが扱える魔術だ。
「いま何時だろ。というか、今日何日……?」
地下であるが普通の可愛らしい部屋とは何ら変わらないそこには陽の光が入らない。よって時計でしか、時間を確認することができないのだ。
「……あ、ゴミ出したままだった」
ふと目に入ったゴミの袋。誰かが回収してくれる訳でもないそれはリーゼリアがパチンと指を鳴らしただけでその場から消えた。
これもまた、無効化の魔術の力である。
「またこんなことに使ったって知ったら、エリュシオン怒るかな……」
彼女が地下に封印されたことになった経緯のひとつとして、《精霊エリュシオン》が関係している。
《大精霊エリュシオン》またの名を《聖霊王エリュシオン》。全ての精霊の王であり、リーゼリアに無効化の魔術を授けた精霊である。
本来、大精霊クラスの精霊は《七星の塔》レベルの魔術師であっても契約することはできない。人間が契約できる精霊は人間の持つ魂の強さゆえに高位精霊までが限度なのだ。
けれど、それを覆したのがリーゼリアだった。彼女は自我が芽生えた時から《大精霊エリュシオン》とともにあった。波長があったのか、リーゼリアの魂の格が一線を期していたのか、彼女は人間は契約できないのされている大精霊クラスと契約できてしまったのだ。
しかもその相手が全ての精霊を従える《聖霊王エリュシオン》ともなるとリーゼリアの規格外さが明らかに分かる。全ての精霊を従えるということは全ての精霊を抑える力があるということ。
《大精霊エリュシオン》は無効化の力を持つ精霊で、その力を唯一の契約者であり、愛しいリーゼリアに授けたのだ。生まれ持った魔力の量はただでさえ膨大な量であったのに、《大精霊エリュシオン》と契約したことにより、その魔力量は他の大精霊すらも圧倒するほどとなった。
人間には決してできないとされる大精霊との契約。それを可能にしてしまった、たった12歳の少女の底が見えず、《七星の塔》や一部の王侯貴族は彼女を危険視した。
そして、《静寂の魔導姫》と呼ばれるほどの圧倒的な力やスタンピードをひとりで対処する技量すらも彼らにとっては危険なものと見えた。
人間は誰しも理解のできない、己を超えた存在に対して恐怖し、危険視する。彼らにとってリーゼリアとは英雄でもあるが、そういう存在でもあった。
けれどリーゼリアはそのことを自分がいちばん分かっていた。だからこそ、リーゼリアは地下にて封印されるように言われた時、大人しく封印されたのだ。むしろ自ら進んで封印されたと言ってもいい。
《七星の塔》や一部の王侯貴族はたった12歳の少女を自分たちの都合で地下へと追いやることに罪悪感を感じていたようだが、リーゼリアにとってはまさにご褒美のようなものだった。彼女は孤児育ちで、毎日を生きるのに必死だった。
けれど今はどうだろう。ご飯は自分で作らないといけないが、食材は週に二度ほど多くのものが送られるし、綺麗な部屋があり、寝心地のいいベッドもある。服だって汚れたら無効化の魔術を使えばいいが、いつも食材とともに可愛らしく綺麗な服が届く。
そして自分以外、誰もいないため、とても静かだ。
まさに、彼女にとって至福の時間であった。このままずっと、ずっと封印されていたいと思うほどだ。
けれど、そういう願いほど呆気なく壊れていくものだ。
リーゼリアは朝ごはんとも昼ごはんとも言えない時間でご飯を食べた。白のワンピースに着替え、今日も特に何もすることなく、不造作にソファーに寝転がる。
この部屋には膨大な量の本がある。魔術に関すること、精霊について、一般教養や貴族社会、ルシエル王国の歴史書など数多く存在している。
けれど、そのどれもをリーゼリアは僅か1年半という期間で読み切ってしまった。そしてその全ては今はリーゼリアの頭の中にある。
本来、無効化の魔術など、《大精霊エリュシオン》と契約したからと言って誰もが扱えるわけではない。魔術を扱うには十分な魔力量とセンスが必要だ。
そしてそれは無効化の魔術も同じこと。膨大な量の本を記憶し、それを自分のものにできる圧倒的な天才。それゆえにリーゼリアは授けられた無効化の魔術を我がもののように扱うことができるのだ。
今日も一日、ソファーで寝て、お腹が空いたらご飯を食べて、また寝る。そんなことを繰り返そうと思っていると、リーゼリアは不意に見知った魔力を近くで感じた。
この場所は《七星の塔》とごく一部の王侯貴族しか知らない。そもそもこんな所に来るのは《七星の塔》の誰かだけだ。
「この魔力……フラムさんの?」
ソファーから起き上がり、リーゼリアは小さく欠伸をする。よほどの事がない限り《七星の塔》は地下に来ることはない。そのため、わざわざこんな所にまで来る《七星の塔》の1人に対して面倒な気配を感じる。
リーゼリアがパチンと指を鳴らすと、目の前のテーブルに二つの茶器とポットが現れた。
何かをつくり出す魔術は高等技術だ。それを無詠唱で行えてしまうことも、さすがは《静寂の魔導姫》と言ったところだろう。
ポットからカップに紅茶を注ぐ。やり方はこの部屋にあった本の中に書いてあった。自分一人のためにわざわざこんなことはしないため、自分の記憶通りにできるかどうか少しワクワクする。
そしてしばらく、と言ってもほんの数分。封印されている地下へと続く扉が解除された。それに気づき、リーゼリアは閉じていた目を開けた。
「……お久しぶりです、フラムさん」
扉が開いた音はしなかった。しかも扉がある方にリーゼリアは背を向けている。誰かが入ってきたことなど、普通なら気づくはずがない。
けれど、リーゼリアは確かに《七星の塔》の一人、フラムの魔力を感じて、そう告げた。
「……お茶の用意はできています。わざわざ、こんな所まで来るなんて、よほど長い話があると考えます」
「いやはや流石の一言に限るね。私は確かに魔力の気配を消していたはずなんだが」
「……ほんの僅かな、魔力の揺れを感じました。そういうのに気づくの、得意なんです」
リーゼリアはとりあえず空いている目の前の席に座るように勧める。程よく冷めた紅茶は今がちょうどいいタイミングだ。
王侯貴族の真似事のようにカップを持ちあげ、音を立てることなく紅茶を飲む。初めてやってみるが、本に書いてあったよりも簡単だ。
そのままカップを戻し、リーゼリアは精霊すらも魅了する、その恐ろしいまでに整った顔に笑みを浮かべながら、コテンと首を傾げた。
「……それで、ご用はなんでしょうか。《七星の塔》はわざわざ世間話をしにここに来るほど、暇ではないでしょう」
同じく紅茶を飲んでいたフラムにそう尋ねた。
フラム・ヴァレンティーナ───彼女は《七星の塔》であり、第一の
《灼陽》と言っても、別に得意な魔術が炎関係という訳ではない。それはただの呼び名でしかない。
《七星の塔》は基本的に前の《七星の塔》が辞めない限り、空席となることはない。例外として、現在の《七星の塔》に決闘を挑み、勝利すればその限りではないが、《七星の塔》は国の最高峰の魔術師。そう簡単に決闘を挑めるほど、安い存在ではない。
《七星の塔》になるには実力も必要だが、その時の運も重要である。そしてフラムが《七星の塔》になるときに空いていた席が第一の
「まあ、リーゼリアの言う通り、暇ではないね。魔物討伐に加えて、魔術師の訓練や書類仕事。王族の護衛をする時もある」
「それは、とても大変ですね」
他人事のように言うリーゼリアだが、実際に他人事のため、興味はない。しかし、現在封印されているリーゼリアだが、実のところ、彼女も《七星の塔》の一人である。
「魔物討伐だけなら良かったんだけどねぇ。まあ、いいや。私がここに来た理由なんだけどね、今日付けでリーゼリアの封印は解除されるってことを教えに来たんだよ」
「………………ん?」
「だから自由に外出できるよ」
リーゼリアはたった今、不穏な言葉が聞こえてきた気がした。
(封印が解除される……??)
そんなもの、リーゼリアの悠々自適な生活に終止符を打つようなものだ。動揺を悟られないようにしながら、リーゼリアはフラムに疑問を口にした。
「……なぜ、急にそんなことに? まだ3年しか、経っていませんが?」
「3年しか、ね。リーゼリア、もう3年も経ってしまったんだよ。私たちが君の力を恐れて、ここに封印してから」
深刻そうに言うフラムだったが、それがどうしたのだろうと首を傾げる。本当に封印されたくなければ、リーゼリアは全力で拒否していた。
それができる力を持っているし、そもそも封印されていたとしても、リーゼリアの持つ無効化の魔術を使ってしまえば、いつでもここから出られた。
それをしなかったのは、リーゼリアがここでの生活を気に入っていたからだ。でなければ、リーゼリアは今、ここにいない。
「3年という月日はリーゼリアが思っているよりも大きいものだよ。しかも、当時12歳の少女にすることじゃない」
「……でも、私の力を皆さんが恐れるのは、仕方がないことです。そして、封印されることも」
「仕方がないことではないよ。あのとき、《七星の塔》全員が初めて君の力をはっきりと見た。そしてその力の強さに恐怖を抱いた。だから、君を封印した」
リーゼリアは《七星の塔》の一人だ。けれど、公式的に《七星の塔》を名乗っているわけではない。
彼女が《七星の塔》となったのは、当時10歳のとき。孤児育ちのリーゼリアは魔術を使い、なんとか日々を生きのびていた。
それを目撃したフラムがリーゼリアの魔術の才に目をつけ、リーゼリアを魔術師として育てるべく、彼女を拾った。けれど、育てる間もなく、リーゼリアは魔術師としての才能を披露して見せた。
そのことに《七星の塔》の誰もが驚いたが、何よりも驚愕したのはリーゼリアが大精霊クラスの精霊と契約していることを知ったときだった。
どんな大精霊と契約したのかまでは分からないが、大精霊と契約したという事実は魔術師にとって信じられない出来事だった。
その才能を野放しにしておくには勿体ない。けれど、《七星の塔》には空きがない。ただの魔術師では権限もないし、リーゼリアを抑えれる肩書きではなかった。
だからこそ、彼らは《七星の塔》に隠されたもうひとつの席を与えることにした。
第0の
秘匿されているとしてもリーゼリアが《七星の塔》の一人であることには変わりない。だから、あのスタンピードのときもリーゼリアは《七星の塔》の1人として、前線に出た。
そして見事に、たった一人でスタンピードを壊滅させた。
「リーゼリアの力は知っているつもりだった。けれど、結局はつもりでしかなかったと、私たちは痛感したよ」
「……スタンピードの件がなければ、私もあの魔術をわざわざ、使うことはなかったかもしれませんね」
「あの魔術は見たこともない魔術陣で構成されていた。あれを読み解ける魔術師はこの国にはいないだろうね」
その言葉にリーゼリアは当然のように内心、頷いた。
(あれは《大精霊エリュシオン》の精霊術。契約者である人間以外が理解できるはずもないものだから)
しかしそのことは口にせず、曖昧に微笑むだけにした。
「その顔、やはり君にしか扱えない魔術というわけだ。魔術の腕前も私たち《七星の塔》を超えるもので、どこまでなのかは知らないが、君は多くの魔術を無詠唱で扱える」
「……そうですね。無詠唱で扱える魔術は、多くありますよ」
「そんな君に、私たち《七星の塔》から、ひとつの依頼がある」
フラムは姿勢を正し、リーゼリアに向き直った。なんだか嫌な予感がすると、リーゼリアは心の底から思った。できれば耳を塞いでしまいたいくらいには、これからフラムから発せられる言葉は良くない気がする。
そんなリーゼリアの心境を知ってから知らずか、フラムははっきりと口にした。
「
やっぱり良くないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます