百物語って知ってる?
雨飾 紘
1.手遅れの赤信号
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少年はただ、流れるラジオ聞いていた。
「こんばんわ。夜のニュースです。
きょう未明、愛知県○○市の住宅街で、男性一人の遺体が発見されました。
警察によりますと、遺体で見つかったのは市内の大学に通う学生とみられています。この学生を含む3人の仲間のうち、1人は精神的に不安定な状態にあり、もう1人の行方が分からなくなっているということです。
警察は残る1人が事件に関わっている可能性もあるとみて、行方を捜すとともに、事件の経緯を詳しく調べています。
なお、心当たりのある方は、最寄りの警察署、または以下の番号までご連絡ください。」
雨降る夜の住宅街。街灯の冷たい光が、濡れたアスファルトに細長く伸びる。静寂を切り裂くのは遠くの犬の鳴き声だけ。
薄暗い中明かりが灯し続ける白い壁が青く染まり、廊下の蛍光灯が一定のリズムで微かに点滅する。冷たい空気が肌を刺すように流れる。
二人の刑事が無言で歩く。靴底が床にわずかに軋む音が、静まり返った病院内に響く。ある病室の前で立ち止まり、互いに短く目を交わした。
コン、コン。
「明石くん、入りますよ」
返事はない。
刑事のひとりがゆっくりドアノブを回す。金属が小さく軋む。扉がわずかに開き、中の光が廊下に流れ出す。
そこには病衣姿の少年がいた。青白い顔。生きてはいるが、視線は窓の外の薄暗い空に固定され、呼吸だけが微かに胸を上下させる。声をかけても反応はない。
「……明石くん。君の友人が亡くなった。何があったのか、話してくれないか」
しかし少年は答えない。瞬きすらせず、まるで遠い世界を見つめ続けているかのようだ。手は膝の上で硬く握られ、指先にわずかな震えが走る。
数分が静かに過ぎた。もう一人の刑事は連れの肩を軽く叩く。微かな合図に、同僚は静かにうなずき、そっとドアを閉めて出ていった。
ようやく一人になった少年は、ベッドに沈み込み、かすかに涙をこぼす。
「僕は大丈夫。これがある限りは。」
言葉はベッドの影に吸い込まれ、冷たい空気と共に溶けていく。窓の外の街灯だけが、遠くで揺れる。雨音は強くなった。残された少年はより一層拳を握った。
目的を終えた刑事たちは車に戻り、濡れ続ける市街地を走った。雨はしつこくフロントガラスを叩き、ワイパーのリズムと重なり合う音が静かな車内を満たす。ライトに反射する水滴の粒が、街灯の輪郭をにじませる。
「あの子、お前はどう見るよ」
ハンドルを握る先輩刑事の声は低く、雨音に溶け込むように静かだ。若い刑事は窓の外を見つめながら、言葉を探した。
「そうですね……事件が関係して今の状態になったのは明らかですけど、何も答えてくれない限りは、何とも……。友人が死んだらあんな風になってしまうのも、わかる気はしますけど」
肩をすくめる若い刑事の指先に、緊張がわずかに走る。雨粒が窓に打ち付けるたび、視界の景色が揺れる。先輩刑事の瞳は暗く、道路の先をじっと見据えているが、心の奥では何か鋭い違和感を探っている。
「いや、それもあるが、違うんだ。なんか……変じゃないか?周りに張り付く空気が違う。触れたら、ヤバそうな……そんな感じだ」
信号が赤に変わり、先輩刑事は電子タバコを取り出して窓を少し開ける。煙が湿った空気と混ざり、冷たい雨粒が頬を打つ。若い刑事は視線を路面に落とし、言葉に詰まる。
「はぁ……そうですかね?」
「刑事がこういうのはいかんが、なんか関わるとまずい感じがするんだ。ありゃ、よくないぞ」
雨音と車の振動の中で、二人の間に静かな緊張が生まれる。言葉では説明できない不穏さが、車内の空気にじっとりとまとわりついていた。
百物語って知ってる? 雨飾 紘 @Amakazari86
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