第26話 宣戦布告と、僕のささやかな決意

テレビのニュース速報が、まるでBGMのように僕の部屋に流れていた。『虚無の観測者』と名乗る、いかにも中二病をこじらせたような名前の組織。ブラッドは「ようやく退屈しなくて済みそうだ」と口の端を吊り上げ、ブリジッドは「お手並み拝見といきましょうか」と余裕の笑みだ。ヴィオレッタは「わたくしが夏彦を守りますわ!」と僕の手を握りしめている。

僕はといえば、「へえ、世界も大変なんだなあ」と、完全に他人事の気分でその光景を眺めていた。僕の日常のほうが、よっぽど大変だ。


その時だった。

突然、テレビ画面が砂嵐に変わり、けたたましいノイズを発した。そして、画面の中央に、黒い背景に白い仮面をつけた、一人の人物が映し出されたのだ。仮面は、能面のように一切の感情を排したデザインをしている。


『聞こえますか、特異点(シンギュラリティ)』


合成音声のような、平坦で冷たい声が部屋に響く。

ブラッドとブリジッドの表情から、笑みが消えた。


『我々は、『虚無の観測者』。我々の目的は、この世界に混沌をもたらす、あらゆる『物語』の消去です。物語は、不要な感情、争い、そして無駄な複雑さを生み出す、世界のバグに他ならない』


仮面の人物——エージェント・ゼロとでも呼ぶべきか——は、淡々と続ける。


『そして、あなた、夏彦。あなたの持つ『書いたことを現実にする力』は、そのバグを無限に増殖させる、最も危険なウイルスだ。よって、我々は、あなたと、その忌まわしき万年筆を、この世界から『修正』、すなわち消去することを決定しました』


宣戦布告だった。エリスが僕を「面白い物語を生むサンプル」として見ていたのに対し、こいつらは僕を「消すべき世界のバグ」と見なしているらしい。迷惑な話であることには、変わりないが。


「フン、世界のバグだと? 面白い。そのバグが、てめえらのくだらねえ理想郷とやらを、根こそぎぶっ壊してやるよ」

ブラッドが、テレビ画面に向かって挑発的に言い放つ。

「ずいぶん大きく出たわね。でも、私たちの『創造主』に指一本触れさせないと、覚えておきなさい」

ブリジッドの瞳に、鋭い光が宿る。

「夏彦はバグなんかじゃありません! 私の大事な、大事な人です!」

ヴィオレッタは、僕の手をさらに強く握りしめた。


僕は、僕のために怒ってくれる仲間たちを、順番に見渡した。

これまでは、自分の人生が勝手に「物語」にされることに、ただ抵抗し、諦めてきた。だが、今度の敵は、その「物語」そのものを、僕の日常ごと、すべて消し去ろうとしている。

僕の、このどうしようもなく面倒くさい、でも、ほんの少しだけ愛おしくなり始めていた、このカオスな日常を。


それは、ダメだ。

それは、僕が許さない。


僕は、ゆっくりと立ち上がった。そして、ポケットから、すべての元凶であり、そして唯一の武器である万年筆を取り出す。

僕の表情に、何かしらの変化を感じ取ったのだろう。ブラッドも、ブリジッドも、ヴィオレッタも、ハッとしたように僕を見た。


僕は、テレビ画面の向こうの、名もなき敵に向かって、そして、僕の隣にいる、頼もしき仲間たちに向かって、静かに告げた。


「やれやれ。僕の人生、今度は世界の存亡を賭けた物語になるのか」


僕は、ニッと笑ってみせた。たぶん、人生で一番、不敵で、主人公らしい笑みだったと思う。


「……上等じゃないか」


その言葉に、ブラッドとブリジッドがニヤリと笑い、ヴィオレッタが嬉しそうに微笑んだ。

僕の部屋で、世界で一番、奇妙で、頼りない、ヒーローチームが誕生した瞬間だった。

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