第24話 脱出ルートは自作です

ヴィオレッタの寝言という名の爆弾により、格納庫の空気は再び、筆舌に尽くしがたい気まずさに包まれた。僕をニヤニヤと見つめる、黒歴史からやってきた二人。腕の中ですやすやと眠る、僕との結婚を夢見る(らしい)少女。誰か、このラブコメ時空をどうにかしてくれ。


「……フン。まあ、色恋沙汰は後だ。お姫様も取り返したことだし、とっととずらかるぞ」

ブラッドが、咳払いをして話を軌道に戻してくれた。助かる。

「どうやって出るの? 来た道は、敵の増援がいるかもしれないわよ」

ブリジッドが、僕の腕の中のヴィオレッタと、自分の透けたスーツを交互に見ながら言う。確かに、この格好で敵陣を突破するのは、いくらなんでも危険だろう。いろんな意味で。


また、僕の出番か。

僕は、もはや手慣れたものです、という感じで万年筆を構えた。戦闘も、潜入も、僕には無理だ。だが、この物語のルールをねじ曲げ、最短ルートでエンディング(安息)にたどり着くための「裏技」を、僕はもう知っている。


僕は、格納庫の金属の壁に向かって、力強く文字を書いた。

『ここに、僕の部屋のクローゼットに直接繋がる、ごく普通の木製のドアが現れる』


僕が書き終えた瞬間、金属の壁の一部が、まるでCGのように歪み、そこには見慣れた我が家の、木目のシールが貼られた安っぽいクローゼットのドアが出現した。


ブラッドとブリジッドは、またしても僕の奇策に、呆れたような、感心したような、複雑な顔をしている。

「クリエイター、お前……本当に、何者なんだ…」

「もう驚かないわよ。あなたの頭の中は、きっと四次元ポケットみたいになっているのね」


僕は「どうも」とだけ答え、眠るヴィオレッタを抱えたまま、先頭でそのドアをくぐった。

ひんやりとしたUFOの空気から、むっとするような、僕の生活臭に満ちた空気に入れ替わる。床には、海に行く前に脱ぎ捨てたジャージが、まるで僕の帰りを待っていたかのように、力なく横たわっていた。ただいま、僕の城。


続いて、ブラッドとブリジッドも部屋に入ってくる。六畳一間に、僕と、眠るヴィオレッタ、そして僕が創り出した最強(で痛々しい)の男女。人口密度が、とんでもないことになっていた。


全員が部屋に入りきったのを見計らったかのように、部屋の真ん中で、拍手喝采が鳴り響いた。

「素晴らしい! 実に素晴らしい救出劇でした! ブラボー!」

エリスが、満面の笑みで立っている。


「まさか、戦闘を極力回避し、創造主自身の奇策でヒロインを救い出すとは! 斬新な展開に、上層部も大喜びです! レポートの視聴率は、先ほどのプロポーズ(仮)を超えて、今期最高を記録しました!」


彼女は、僕がヴィオレッタをそっとベッドに寝かせるのを満足げに見届けると、嬉々として続けた。

「さて! 愛を確かめ合った二人の次なる展開は、甘くてドキドキの新婚生活…と、その前に! やはり、二人の愛を祝福しない『悪の組織』の登場も必要不可欠ですよね!」


もう、やめてくれ。

僕がそう懇願するより早く、ブラッドは我が物顔で僕の冷蔵庫を開け、「ビールはねえのか」と呟き、ブリジッドは僕のマットレスに腰掛けて、「少し休ませてもらうわね」と、長い足を組んだ。


終わらない物語のテコ入れ予告。すっかりこの部屋に馴染んでくつろぎ始めた、僕の創造物たち。

僕の平穏なニートライフは、もう二度と、金輪際、未来永劫、戻ってはこないのだ。


僕は、ただ、力なく笑った。

「……もう、好きにしてくれ」

その呟きは、たぶん、誰の耳にも届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る