第29.5話 自分嫌いのファマ②

 一歩先の地形も分からないくらい凄く暗い。でも私は魔法を使わずに歩き続ける。

「マサトさん……待ってて下さい」

 転移(ゲート)を使えばすぐに帰れるし、光明り(ライト)を使えば周囲を明るくできる。いつもだったらこんな暗くて分からない道を一人で歩くことはできないけど、今は不思議と何も恐れずにこの道を歩き続ける事ができている。

 怖くない、こんな道なんか。

 マサトさんを失う方がもっと怖い。マサトさんは私を信じて託してくれた。何より私を好きって言ってくれた。

「私も……ですよ」

 口に出して好きって言おうとしたけど、恥ずかしくて言えなかった。浮ついた心が今はそぐわなくて少し嫌になったけど、このおかげで少し冷静になれた。

 私がやらないといけない事は早く帰ってギルドに報告する事。

「転移(ゲート)」

 魔法が発動するまで後ろを振り返って、さっきの出来事を忘れないように刻む。

 何もできなかった、ただ怖くて怯える事しかできなかった。でも、こんな自分を嫌いになってもマサトさんは帰ってこない。それにマサトさんは私を好きって言ってくれた。私は私を嫌いになってずっと逃げていたんだと思う。良くない。もう絶対にそんな事しない。

 完成した転移(ゲート)に乗ってギルドの裏路地に移動する。ギルドは夜8時までやってるはずだから大丈夫なはず。小走りでギルドの正面扉へと向かう。

 まだ明るいギルドの扉を開けて中に入ると受付にはリサマールさんがいた。

 リサマールさんは直ぐに気づいてくれて凄く驚いた顔をしている。

「どうしたのファマ?」

「リサマールさん、マサトさんが盗賊に捕まってしまったんです」

「え?」

「直ぐに助けたいんですっ! どうしたらいいですか?」

「ファマ落ち着いて。そこの席に座りましょう」

 落ち着く事なんてできないけど、今は私一人の力じゃ何もできない。だからリサマールさんの指示に従う事しかできない。

「何があったか教えてもらえる?」

「マサトさんと野営をしていて、その時に盗賊が現れたんです。ただ、マサトさんがお金と引き換えに、私だけ逃がしてくれて……とにかく、早く助けないといけないんですっ!」

「……そう。あの男もやるわね」

 リサマールさんがボソッとそう口にした。

「ファマとにかくまずは落ち着きなさい。その盗賊達の目的はなにか分かる?」

「おそらく、マサトさんを……奴隷として売る気だと思います」

 私の言葉を聞いてリサマールさんの顔が凄く暗くなったような気がする。そのせいで私も凄く不安になった。

「盗賊は夜に人を攫って、そのまま夜の内に運んで場所によっては直ぐに隷属魔法で奴隷にさせられてしまうの」

「っ! じゃあ、今すぐ行かないと」

 慌てて腰を上げると椅子が倒れて大きな音が鳴り響いた。

 リサマールさんが私の腕を取って引き止める。

「離して、離してくださいっ!」

「ダメよ。絶対に。今から追いかけても無理よ。盗賊は俊敏性が高くて隠密性も高い。それに攫った人を運ぶために馬車を用意してる可能性も高い。少なくともあなた一人じゃ無理よ」

「じゃあ! 誰かにお願いします!」

 ギルド内には5人の冒険者がいた。2人と3人のパーティーだろう。

 リサマールさんの手を振りほどいて、その人達に手伝って貰おうと思ったけど振りほどくことができない。どんなに強く振っても。痛くなるくらい振ってもほどけない。

 振りほどけないならば——私は大きく息を吸う。

「お願いします!! 誰かっ! マサトさんを助けて下さいっ!!」

 椅子が倒れてから他の冒険者の人たちはこっちを見てる。訴えかけるように冒険者達をみて、私は出した事もない大きな声で懇願する。

 どうして……どうして違う方向を見るの。

 それどころか、彼らは全く違う方向に顔を向けてしまった。

「お金払いますからっ!! 銀貨30枚払いますっ!! もっと欲しいならもっと払います!! だから、だからお願いします!!!」

 息が切れる。大きく息を吸っては吐いて、頭が少し痛くなった。それでも私の懇願は誰にも届いていない。

 どうして……誰も何も言ってくれないの……。

「どうして……誰か……誰でもいいから……お願い……」

「ファマ落ち着いて。気持ちは凄く分かるけど、今すぐ行かないといけない訳じゃないわ」

「……何か方法があるんですか?」

「ええ。奴隷にされたのならば、お金で取り返す事ができる」

「お金……いくらですか、いくら必要なんですか?!」

 リサマールさんがまた暗い表情を見せてきて、不安が心の底から全身を支配した。

「……金貨3枚。これが相場になるわ」

「っ! そんな……」

 このまま冒険者をしていたら何年かかるか分からない金額。

 それでも——

「分かりました。例え体を売ってでも稼ぎます」

 例え冒険者を諦めても、私はマサトさんを助ける。

 そう覚悟を決めた時、掴まれていた腕が強く引かれ、左頬に強い痛みと衝撃が走った。

「……」

 初めて誰かにぶたれた。じんじんと、むしろ左頬の痛みが増していく気さえする。たぶんこれは、私が間違っていてリサマールさんが正しいからだ。凄く心が痛い。

「あの男があなたにそれを望んでいると思っているのッ?!」

「…………」

 そうだ。マサトさんは私に冒険者になってほしいって言ってくれた。

 私は何を言ってるんだ。

「マサトさんは……私に、冒険者になれって……なってほしいって……言ってくれました」

 また涙が出てくる。私は今日だけでどれだけ泣くんだろう。

「そうよ。それでいいのよ。ファマ、ごめんね」

 次は肩を抱き寄せられてリサマールさんに抱擁された。

「私、冒険者になって、マサトさんを助けに行きます」

「ええ。大丈夫。あなたならBランク以上の冒険者にだってなれる。Bランク以上に行けば、お金をたくさん稼ぐ事ができる」

「……ありがとうございます。リサマールさん」

 お礼を言って離れようとしたけどリサマールさんの力が強くて離れる事ができない。むしろ痛いくらいに抱擁される。

「焦りはダメ。絶対に死んじゃダメよ。あの男にまた会いたいんでしょう?」

「はい。会いたいです」

 そういうとリサマールさんの抱擁から解放された。なぜかリサマールさんは少し悲しそうな顔をしていた。

「なら生きて、そして強くなって」

 悲しそうな顔を自ら吹き飛ばしたリサマールさんが少ししゃがんで、強く真っすぐ私を見てそう言った。

「……はい!」


 ギルドをあとにした私は家に向かいながら頭を整理した。ランクを上げるには仲間となってくれる人が必要だ。もちろんその人が私の目的を理解してくれる人じゃないといけない。それに魔法も足りない。マサトさんが私の魔法を止めてくれたけど、もし発動していたら盗賊4人を私は殺していた。今まで魔物を倒す魔法しか覚えてこなかったから、人を殺さず捕縛できる魔法が必要だ。それも無詠唱で使えるようにならないと盗賊に対応できない。冒険者は魔物だけが敵じゃないんだ。

 家の扉を2回叩いて、開かれるのを待つ。

「あれファマ? っ! 何かあったの?」

 お母さんは私の顔を見ると直ぐに心配そうな表情に変わった。まるで私の心を読んでいるのかなと思う程、お母さんはいつも私の心情に気づく。

「お母さんお願い。髪を切ってほしいの」

 だから私はお母さんを信じて何も言わない。そしてただ我儘に願望だけを口にする。

「髪? この前切ったばかりじゃない」

「うん。次はバッサリ切ってほしい。ちゃんと前が見えるように」

「っ! ファマ……。分かったわ。さあ、中に入りましょう」


 次の日の朝から私はギルドの中で静かに座っていた。ランクを上げるために依頼を獲得しに来たわけではなくて、仲間になってくれる人を探すために。新人の冒険者でとても強いと噂されていて、まだパーティーを組んでいない人がいる。

 その人を勧誘するためにギルドの扉を見守り続ける。

 リサマールさんが何度も何度も私の方を見てくる。多分凄く心配してくれているんだと思う。

 時々ガラス越しに外を見ると自分の顔も映る。私は私の目と目が合った。当然だけど、凄く久しぶり。やっぱりまだ抵抗があって何度もガラスから目を背けるけど、もう逃げたくない。

 もう自分を嫌いなんて言ってる場合じゃない。

 私は私を好きになる事はできないけど、嫌いになる必要なんてない。

 それに好きな人が私を好きって言ってくれたのに、私が私を嫌いになるなんてしたくない。それでも私は私を好きになれないから、私は私を受け入れる。

 これからどれだけ私が情けなくても、何もできなくても、それが私だ。ダメなところが沢山あるならそれを嫌がるんじゃなくて、受け入れて頑張る。きっとこれが、マサトさんが言っていた言葉の本当の意味で、マサトさんを助けるための一番の近道だ。

 ギルドの扉が開くたびに顔を向けて入ってきた人を確認する。

 目当ての人は凄く特徴的な髪型をしているからとても分かりやすかった。直ぐに腰を上げてその人の元へとかける。

「あの……!」

 やっぱり話かけるのは緊張する。でも大丈夫、怖くない。

「どうかしたっすか?」

 赤いモヒカンという見た目で少し怖いけど、確かマサトさんと一緒にギルドへ来ていた人だ。

「私と一緒に、パーティーを組みませんかっ!」

 この何気ない言葉を言えて凄く嬉しい。ここで満足しちゃダメだって分かってるけど、心の靄(もや)がまた少し無くなった。

 赤いモヒカンの人は何か迷ったように考えてる。断られてしまうだろうか。

 心配していると赤いモヒカンの人は真剣な表情で口を開いた。

「俺はある人の横に立っても恥じない冒険者になるって決めてるっす。だからもっと強くなるし、もっとランクも上げるっす。それでもついて来れるっすか?」

 冒険者としての目的。私はずっと冒険者になる事が夢だったから、それ以上の事を考えてなかった。だからアオイハルの人達の問いにもはっきりと答える事ができなかった。

 今なら答えられる。私はBランクを目指す。そして大好きな人を取り返す。

「はい、私も大切な人を助けられるように、もっともっと強くなります」

 私は今もてる精一杯の覚悟を目に込めて、訴えかけるように言った。

「いいっすね。あの人が見たらきっと気にいると思うっす。そして俺も気に入ったっす! 俺の名前はバイン、よろしくっす!」

 差し伸べられた手に私も手を伸ばして握手を交わす。

 マサトさん待っていて下さい。私は必ず強くなります。

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