第24話 覚悟がない者が冒険者になるな④
初めての冒険を終えたその日は、大銅貨5枚で一食ついてくる宿に泊まった。最初の宿より埃っぽくない程度の部屋だった。ついてきた一食もまずくはなかったが、ファマの料理で舌が肥えてしまったようで、美味しいとはあまり思えなかった。
朝7時。ギルド内に集まった多くの人達を眺めながらファマを待つ。
昨日と同じくリサマールさんが何枚かの紙をもって依頼板の前にやってきた。どうやらもう依頼の争奪戦が始まってしまうようだ。ファマが来ないならば依頼を無理して取る必要もないと思い、隅の方に座って争奪戦を眺める。
一つずつ依頼が確実に無くなっていくのを眺めながらファマを待ち続ける。依頼が無くなっていく事に焦りは一切ないはずだが、依頼が一つひとつ無くなっていく度にギルドの入り口を確認してしまう。
リサマールさんが最後の依頼の説明を終えて、一仕事終えた顔をしながら受付の中へと入っていった。結局ファマが来る事はなかった。
来ない……か。
え……本当に来ない? 遅刻かもしれない。
でももしファマが冒険者を辞める選択を取ってしまったら俺のせいだな。
やりすぎちゃったか…? いや、まだだ。明日も来てみればいい。
昨日で実感したけど、ファマ以上に俺の方が冒険者に向いてない。身体能力もそうだが、何より知識が全くない。冒険者になるならばまずは筋トレと勉強をする期間と装備やアイテム類の初期費用も必要になる。
昨日はファマがいて何とか成立してたけど、正直冒険者をするより普通に働いた方がよさそうだ。もしファマが諦めるならば、俺も冒険者は辞める事になるだろう。
新しい働き口でも探そうかと腰を上げる。
「ん?」
腰を上げたと思ったらなぜか体が椅子に戻ってしまった。
微かに後ろから引っ張られたような違和感も同時に覚えたので後ろを確認する。
「ひぃっ!」
リサマールさんがいた。
「失礼ね。喜びなさい」
それは無理だろ。
彼女はそう言って向かいの椅子に座ってこっちを見てきた。
目は……大丈夫そうだ。
「それじゃあ……全部話せ」
急に眼が鋭くなった。全然大丈夫じゃなさそうだ。
たった一言で反抗する事を諦めた。
「ファマさんは凄く魔法が沢山使えたんですが色々な問題がありました」
「うん。それで?」
「僕たちを巻き込んだパーティーの人が、ファマさんに言ったんです。そんなに問題があったら冒険者にはならない方がいいって」
「へぇ……巻き込んだ癖にそんな事言うのね……?」
蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かった。
疑うような目を向けられたので素直に口を開く。
「嘘です、僕が仕向けました」
「あら、そうなの? なんでそんな事するの? どうして? 死にたいの?」
「まあまあ落ち着いて」
「落ち着いているわよ。ただ目の前に死にたいって言っている人がいるから驚いてるの」
「言ってない、言ってない。もう少し生きたいです」
「もう少しで逝きたい?」
「ファマは冒険者に向いてないんですよ」
リサマールさんの百トン近い圧力に耐えながら話を流す。
「それとなんの関係があるというの? 残り3分しか寿命がないあなたには関係ない話ではないかしら?」
「いずれ当たるであろう壁に初日で当たっただけの事です」
「初日でそんな酷い事をするなんてあなた酷い人ね? 初日からそこまでする必要はなかったでしょう? 残り2分しか寿命がないあなたはどう思う?」
1分早くねぇか?
「初日なんて関係ありません。むしろ大事故が起こる前に命ある状態で壁に当たれたんです。あとはファマの答えを待つだけですよ」
「それでもあの娘があそこまで傷つく状態まで追い込むなんてね? それで一生立ち直れないならこれからの人生はずっと苦しいでしょうね? 残り1分しか寿命がないあなたもそう思うでしょう?」
「立ち直れると確信をもってやりました。ファマを信じてます。1日ファマと一緒にいてファマを好きになって、ファマを信頼してるからやりました」
「……そう。残り10分しか寿命がないあなたはあの娘を信じているのね」
10分伸びた。
同時に高まっていった殺意が減少した。
「はい」
「でもあなたは何も分かっていないわ」
「え?」
「あなたがやってるのはただあの娘に壁を与えているだけ。あの娘がどれくらいの高さの壁を乗り越えられるのかを全く知らずにね」
「…………」
「成長するためには壁って必要よね。だけど、最初から絶対に乗り越えられない壁ってあると思わない? 例えば、DランクパーティーにCランク上位の魔物が現れたらきっといい壁になるでしょうね。倒したら自信にも繋がるし、死線を越えて大きく成長するでしょう。でもAランクの魔物だったら全滅ね」
「……ええ、そうですね」
「あなたはきっと、あの娘がどれだけの思いで冒険者になったのかを正確には知らなかったでしょう? 人と話すのすら怖い子が、誰かに「冒険者にならない方がいい」なんて言われたら本当に辛いでしょうね。というか、昨日のあの娘の様子からしてそんなに優しい言われ方じゃないわよね?」
「はい、怒鳴られながらです」
「チッ……。それにそう言われるという事はよっぽど大きな問題なのでしょう? 本人もそれに気づいてる。あの娘は人一倍繊細な子なのよ? せっかく長年憧れて、勇気を出した一歩なのに、たったの初日で大きな問題にあたって、更には他人に怒鳴られながら「冒険者にならない方がいい」なんていわれるのよ?」
「……確かに、やり過ぎました」
あまりにも酷だった。反省しなければいけない。ファマならやれるなんて無責任な思い込みは、ファマを全然見てあげられなかった証拠でしかない。
「起きてしまったものを後悔しても仕方ないわ。あなたのやるべき事はなに?」
「え? ……信じて待つことですか?」
「違う。あの娘の家に行ってあの娘を立ち直させる事よ」
「でも……ファマの住所なんて知りませんよ」
「東区12―1―25よ」
「え? え? なんで分かるんですか?」
冒険者登録の時に住所なんて聞かれてないぞ?
「当たり前でしょう? 私の娘なんだから」
「えッ?!!」
思わず大声を出しながら立ち上がってしまった。
周囲に睨まれたので会釈しながら腰を下ろす。
いやいや、顔全然似てないぞ?
リサマールさんは性格の悪そうなOLみたいな顔なのに、ファマは可愛い系の童顔だ。
てか歳とか10こ差とかだよな? 10歳の時に出産したのか?
だけど目の前にいるリサマールさんは堂々泰然としてる。確かに、あれほどファマを気にかけてた理由には納得だけど……。
「え……マジの奴ですか?」
「そうよ。お腹を痛めて産んで、愛情をたくさん込めて育ててきた娘よ。とっても可愛いでしょう?」
リサマールさんはやはり変わらず真顔で言ってきた。これガチだ。これで嘘だったらこの人の頭がおかしすぎる事になってしまう。
「そうですね。可愛らしい娘さんです」
もちろん本当の事だが、こう答えないときっと殺される。
「ふふっ。あなたは今日2回も死ぬ寸前だったのに生き延びた。私のおかげね」
いやあんたが原因や。
「それじゃああなたに任せるわよ。あの娘の事」
リサマールさんは仕事をしている時とは違う微笑みを見せながらそう言った。
「ええ、次は上手くやります」
仕事に戻っていくリサマールさんを一瞥してギルドを後にする。
そう言えば、娘さんにいきなり男性の脚にしがみつく事は辞めさせた方が良いですよって言うべきだったかもしれないな。
朝早くだが街中は活気が良かった。
住所を教えられても今の住所がそもそもどこなのか分からないという問題が発生したので、アイスを2つ買うついでにアイス屋のおばちゃんに住所の見方を聞いた。
どうやらこの街は真ん中に王城、それを囲うように貴族街、更に外側に庶民の区が東西南北で分かれているらしく、各区には大きな道が真ん中を通るように真っすぐ作られていて、その道に対して垂直に小さな道が何本と作られているようだ。東区は今いる区で、12は手前から12個目の小さな道をさし、次の番号である1は真ん中の道の東側という意味で、次の25とは手前から25番目の場所という事らしい。
栄えすぎてると言ってもいい巨大なメインストリートを歩きながら看板に記載されている12個目の細道を左に曲がり、手前から25数えると一戸建ての家が現れた。この街に合ったシンプルな家だった。
チャイムはなさそうだったので扉を叩く。
「は~い」
ファマではない女性の声が聞こえた。それも大人っぽい女性の声だ。
ちょっと待てよ、間違えたか? それともリサマールさんが浮気されているのか? あの人ならあり得そうだから可能性として直ぐに出てきてしまった。
少し戸惑っていると扉が開いた。
現れたのは黒髪の綺麗な女性だった。年齢は40歳前後だろうか。ただ驚いたのは、ファマに似てるという所だ。皺が増え大人っぽさが無理やりついた童顔って感じだ。
「あ、え……えっと、ファマさんいらっしゃいますか?」
「いますけど……何か?」
目の前の女性の警戒心が凄く高くなった気がした。微笑みが消えて、怪訝な顔をしている。
ちょっと待って、俺の方がごちゃごちゃしてきてる。
まずだ、まずリサマールさんはなんだ? ファマには二人の母親がいるのか? 目の前の人が母親じゃないなら家にファマがいるなんて言わないよな?
「昨日ファマさんと冒険に出た者なんですが……ファマさんの様子が悪そうだったので見に来たんです」
「ああ、あなたがマサトさん?」
「はい」
「娘に何があったんですか?」
声に怒気が籠っていた。だけどこれに飲み込まれてはダメだ。
「話すと長いので中に入っても宜しいでしょうか?」
ここで門前払いを受けてはファマに会う事もできない気がしたので、厚かましくも自分から中に入る事を提案していくスタイル。
「……分かりました。どうぞ」
訝(いぶか)しがられながらだが家に入れてくれそうだ。
多分俺一人だったら家の中に入れてもらう事はできなかっただろう。ファマのお母さんは俺の右脚についているゼリカの「スピピピ~」と寝息を立てている爆睡姿を見て警戒心を下げた。
ありがとうゼリカ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます