第21.5話 自分嫌いのファマ①

 さっきまで私とマサトさんが立っていた削れた高台を見て震える。もしかしたら、私はあそこで死んでいたのかもしれない。でも今はそんな事を考えている場合じゃない。早く立って皆さんが帰ってくる前にご飯を作らないといけない。

 そう思って腰を上げようとする。でも上がらない。足腰に全く力が入らない。

 やっとここまで来たのに。やっと冒険者になれて、必要とされているのに……。

 立ち上がらないといけないのに、立てて座った両膝に顔が吸い込まれていく。ゆっくりと、首の力が抜けていく。

 あえて前が見えないようにしているのに、更に何も見えなくなる。

 ずっとこうしていたい。ずっとこうできたらいいのに。

「………………」

 また今日も私は私を嫌いになった。

 真っ暗になった視界は確かに良いけど、色々な事を蘇るように思い出してしまう。

 今日だけで私はどれだけの失敗をしてしまったのだろうか。

 ブリストルキングが突如現れて、怖くて焦って、とにかく逃げ出す事だけを考えた。今こうして思い返すと絶対にやってはいけない行動だって分かるし、情けなくて泣きそうになる。マサトさんがいなかったら本当に死んでいた。それに、私の水球(ウォーター・ボール)の発動合図は守るように立ってくれていたルークさんには聞こえていなかった。そのせいで、ブリストルキングが受けていた電撃(ボルテージ)を受けて大きな火傷を負ってしまった。

 もしかしたら人が死んでいてもおかしくない程の大きな過(あやま)ちを2度もしてしまった。

 ブリストルキングの解体も私には耐えられなかった。だから途中で吐いてしまったし、吐くと同時に情けなさで我慢できなくなって泣いてしまった。

 本当に酷い一日。冒険者として最初の一日だったのに……。今まで抱いてきた幻想が全て壊れるような一日になってしまった。こんなに私って情けなくて、何もできないんだ。大好きな冒険者になれたのに、こんなに辛いなんて知らない。

 でも苦しくない。学生の頃はずっと苦しかった。

 小さな空間に大人数がいる教室。手を広げれば人に触れる事ができてしまう程距離も近く、まるで人と接する事を強制させられているような気分だった。私はあまり周りの人に近付く事ができなかったけど、でも周りの人が私に興味をもってくれて話しかけられた。だけどそれ以降同じ人に話しかけられる事はなくなって、私は教室の中でも孤立していった。別にこれは苦しいことじゃなかった。ただ、孤立している私は同じ空間の中では低い評価をされている気がした。その目は苦しかったし怖かった。同じ人族で、年で、学院で、教室なのに、ずっと見下されているようなそんな気がした。

 「なんでそんな変な喋り方するんだ?」「なに考えてるか分からない」「もっと分かりやすく喋ってよ」とか小等学院の頃からずっと言われ続けてきたけど、その度にお母さんが私の頭を優しく撫でながら言ってくれた事を思い出す。

 「ファマが4歳の頃まで全く喋らなかったから、喋れないのかなって心配だったんだよ」

 人とうまく喋れなかった時、いつもこの言葉を思い出して安心する。私は生まれた時から喋るのが苦手な人なんだって安心した。こんな私を両親は受け入れてくれて、優しく接してくれる。

 だけど、教室という空間の中では低い評価で自分をいさせないといけない。自分に低い評価を強いられ続けられる。

 どれだけ肯定的な言葉を両親がかけてくれても、赤の他人の否定的な言葉一つが心に錨を沈めて深く刺さり続ける。痛いほどに、そしてそれから逃げたくなって、私は私を嫌いになっていった。

 これで凄く安心できた。他人から浴びせられる否定的な言葉に私自身が賛同する事で私は傷つかなくて済んだ。「何もできないのろま」「見た目が気持ち悪い」といったどれだけ酷いことを言われても、その人に反発や抵抗をするのではなくて、「そうだよね」ってその言葉を受け入れて私が私を嫌いになるだけで傷つくことがなくなった。

 私は人見知りだけじゃなくて、運動も勉強も得意じゃなかった。特に運動はスキップもできなかった。何かができない自分を知る度に、私は私を嫌いになる。そして安心する。やっぱり私がダメなんだって。

 見下されるような視線、低い評価を具体的に感じるようになったのは中等学院から。それから私は前髪で両目を隠すようになった。これで日々、鏡やガラスに反射する自分の顔を見なくて済む。嫌な思いをしなくて済む。決して周りからの視線を遮ろうという思いはなかった。変な髪型になっても元々低い評価はそこから下がらないし、周りからの視線も変な子からさらに変な子になったくらい。これも全て、私が私の顔を見なければ苦しく思う事はなかった。だけど、両親には心配された。それに、両親は私を凄く愛してくれた。だから、辛かったし苦しかった。お母さんの深い愛情が心臓をキュッて締め付けたし、お父さんの大袈裟で不器用な愛情には泣き叫びながら謝りたくなる。

 ごめんね、お母さんお父さん。二人が愛してくれてる娘は、自分の事が凄く嫌いです。

 決して言えない言葉。絶対に言いたくない言葉。私は二人が大好きだから。

 自分を好きになれれば二人の愛情を傷つかずに受け入れる事ができるのかな。愛情を受けるたびに、傷つくたびに、結局私は私を嫌いになって安心するしかない。

 増し続ける自分への嫌悪、そんな中、教室の男の子が冒険者である両親の話を始めた。その子は自慢げに、鼻を高くしながら、教室にいる生徒全員に聞かせるように冒険者について語り始めた。どのような魔物と戦い、どのような仲間がいて、どのような人と出会い、どのようなダンジョンに潜り、どのような冒険をしてきたのか。決して話上手ではなかったけど、私はそこから想像を膨らませた。そして気づけば冒険者に夢中になっていた。魔物の図鑑や冒険者の本を買ってもらいそればっかり読んでいた。この魔物にはどういう魔法が有効なのか、どんな魔法があれば冒険者にとって便利なのかを考えるのは凄く楽しく、本がしわくちゃになっても気にせず読み続けた。するといつしか魔法に興味をもつようになった。そして冒険者への憧れは冒険者になりたい気持ちへと変わった。だから、冒険者に役立つ魔法を覚えようと魔法を専攻できる高等学院に入学した。

 中等学院とは違い、魔法に興味をもっている人達しか教室にはいなかった。私も人見知りを治そうとする意識をもったけど、話しかける事はやっぱりできなかった。この時には、もう人に話かける事が凄く怖くなっていて、私なんかと喋っても良い思いはしないという考え方が、奥底にずっとずっとへばりついていた。結局人に話かける事ができない自分を嫌いになった。やっぱり私は何もできないんだって。

 だけど私に喋りかけてくれる子はいた。ほとんどの子が2回以上話かけてくれる事はなかったけど、その子は何回も話しかけてくれた。だけどそれもほんの少しの期間だった。

 私はやっぱり魔法の才能がなかった。だけどずっと魔法の事を考えてた。朝起きてから授業の合間も、家に帰ってからもずっとずっと魔法の事を考えていた。だから、徐々に魔法を習得する事ができた。けど、その子の私を見る目が魔法の習得に比例して悪くなった。

 そして私の師匠で恩師のメルデイン先生がよく言っていた言葉。

 「魔法は人の役に立たせてこそ意味があるのよ」

 この言葉に凄く不安になった。冒険者になって仲間となってくれる人達のために魔法を覚えているのに、魔法を習得するにつれてその子に嫌われていくし、魔法を習得しても私は変わらない。自分がやっている事が正しくないと思ったし、魔法を使えるようになれば変われると思っていた自分が嫌いになった。

 結局その子とは直ぐに話さなくなって、どれだけ魔法を覚えたからと言って私が私を好きになる事はなかった。魔法をどれだけ覚えても、一人ぼっちの私には役立たせる事はできなかったし、むしろ魔法以外で変われない自分に不安と嫌悪を抱いた。それでもずっと魔法を学び続けたのは、冒険者になりたかったから。冒険者になれば変われるってずっと信じながら魔法を学んだ。もちろん、冒険者の事が大好きだったのは変わらなかった。絶対に冒険者になりたい気持ちもあったし、私には冒険者以外の道はないって思った。

「……自分を……受け入れる」

 私はいつも人に恐れていたけど、普通の人とは違って見えた人が一人だけいた。なんでなのかは分からなかったけど、今なら分かる。マサトさんは私を見下さないし、優しく接してくれる。今までに出会った事のない人だった。そんな人が言ってくれた言葉を私は受け入れたい。でも……無理、かな。私は……魔物に恐怖する私が嫌いだし、人と接する事ができない私が嫌いだし、魔物を解体できない私が嫌い。私が私を受け入れるなんて絶対にできない。

 マサトさんもリサマールさんも良い人だけど、優しくしてもらう度に私は苦しくなる。自分を受け入れる事ができるなら、この苦しさはなくなるのかな……。

 力が入らない足腰を手で支えながらゆっくりと起こす。

 早く動かなきゃ、せめて自分ができる事をやろう。私を信じてくれているマサトさんのためにも。

 まだ力が入らない足腰。

 こんなどうしようもない自分をまた嫌いになって、私は動き出した。

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