第20話 少女を武器に使うな
「それで策ってなんだロリコン野郎!」
1秒も無駄にできないのでその呼び方を止める事ができないのが悔しい。
「俺がゴリラに近づければいい。だからゴリラの動きを止めたい!」
「そんな事できたら最初っからやってるわッ!」
それはそうだな。
「あの雷の魔法で止められないのか?」
「無理に決まってるでしょ? あの毛が雷魔法を通さない!」
赤毛の女の子がそう言ってきた。名前は思い出せない。
「それでもゴリラの全身を濡らせば雷の魔法が有効になるはずだ」
「え? そうなのか?」
黒髪の青年ルークが驚くと同時に赤毛の子に確認の素振りを見せる。
「確かにそうだけど、そんな大規模な水魔法を使える奴なんていない」
「ファマやれるか?」
「ぬ、濡らすだけ、なら……たぶん……」
「ファマがやれるってさ」
ファマの小さな声が四人に届いている訳がないので、拡声器代わりになる。
「もし、雷魔法が通ったとしても完全に動きを止めるのは無理。近づく前に一回以上は攻撃される」
「じゃあそれを……ルークが受け止めてくれ!」
「なんでロリコン野郎のために命張らねぇといけねぇんだよ!」
「ファマ」
「お、お願いします……!」
「あのクソゴリラの攻撃なんて百発でも耐えられるぜ!」
こいつ簡単だな。
「実際ルークが一番適任。何とか耐えて。シーフェルが全力で援護!」
赤毛の子の横を走ってる銀髪よりの金髪、白っぽい金髪をしたおっとり顔の女の子にそう命令すると、その子が「分かりました」と頷いた。
「雷魔法はマインと私で撃つ」
話が速くて助かるな。どうやら覚悟は決まっているらしい。
「あ、あの……私も、雷魔法、使えます……」
「ファマも雷魔法を撃てるから、3人だ!」
「なら一発ね、一発耐えてルーク」
「へっ。余裕だぜ」
いい感じに話がまとまった時、大きな影が俺達を飲み込む。ゴリラが頭上を飛んで、前に立ちふさがった。
「ぐァアあああああああああああああああああああああああああああァァアアッ!!」
近くで聞くと耳が爆発しそうな咆哮についついしゃがみ込みたくなる。それに間近で見ると恐ろしい程に大きい。でも、命の危機にビビってる暇はない。乗っている盾から降りて、抱えているファマを降ろし、ほぼ平地と化した岩石地帯で覚悟を決める。
「頼むファマ」
震えて怯えきったファマにそう伝える。君の覚悟も必要だ。
ファマは小さく肯いた。でもこれが精一杯だったと思う。
「水球(ウォーター・ボール)」
ファマが魔法の準備を始めると、空中に現れた水はまるで電動ポンプによって膨らまされている巨大な風船のようにみるみると大きくなっていく。
それを見たゴリラはファマを狙うように、その両腕と両脚を存分に動かして駆けだしてきた。
やばい。この当たりまえを全く予測できていなかった。全身を濡らすまでに攻撃されないなんて都合の良い思い込みを強く後悔する。
「ルーク! シーフェル!」
呼ばれたルークが剣を抜いてファマを守るようにゴリラへと対面した。
「魔力鎧(アーマー)」
シーフェルが詠唱すると、ルークの周辺が歪む。陽炎みたいに。
「ぐァアあああああァアッ!」
五臓六腑が揺れる鳴き声を上げ、両手を組み上段に構えるゴリラ。
ルークは一歩後退する。明らかに腰が引けていた。
「これ俺耐えられないかも!」
これから起こるであろうルークへの攻撃、地形が変わる事が容易に想像できる。それほどゴリラは強大に見えた。
絶対耐えられないだろ! と思った瞬間だった。
「うるさいっ!」
俺の右脚から声が上がる。ゴリラは借りてきた猫のように、瞬時にその場で丸まった。
「ゼリカ! 最高のタイミングで起きてくれたぜ! あいつを倒してくれ!」
「ん? なんだ、ただのゴリラではないか……むにゃむにゃ」
そう言ってゼリカは眼を閉じ、鼻ちょうちんを膨らました。入眠までの速度がもはや光速だ。
「ゼリカぁああああああああ!」
必死に名前を叫び、右脚を揺すってもゼリカは起きなかった。
どうやらゼリカには目の前のゴリラが可愛いお猿さん程度にしか見えないらしい。
眠ったゼリカに気づいたゴリラは己を取り戻し、次は静かに両手を組んで振り下ろそうとしてる。
「う、うちます……!」
ファマが小さな声でそう言った。
ゴリラ並みの大きさとなったファマの魔法が、ゴリラ目掛けて撃ちだされた。ゼリカのおかげで間に合ったようだ。
それに気づいたゴリラは組んだ両手で魔法を叩き潰そうと振り下ろす。
巨大な打撃音と共に水が拡散、威力はなくなったが前に進む力はなくならず、ゴリラの全身が見事に濡れた。あと、ルークもずぶ濡れになった。
「マイン! 下がってルーク!」
『おう!』
マインと呼ばれた茶髪の男、そして赤毛の子、水魔法を撃ち終えたファマが一斉に詠唱を開始した。
『電撃(ボルテージ)!』
3人から伸びた雷の柱が途中で重なり一本の槍と化してゴリラに伸びていく。
「ぐァあびびびびび」
狙い通りゴリラに魔法が通ってるようだが、まるでダメージにはなってなさそうだ。
「ルーク!」
3人の魔法がどれだけもつのか、もったとしてもゴリラが直ぐに適応してきそうだったので、早く決着をつけるためにルークを呼んで走り出す。
「分かってるわロリコン野郎!」
先頭を行くルークに感電中のゴリラが拳を放つ。
感電中にも関わらず、躱せる気が全く起きない程に速く、威力も凄そうだった。
ルークならば避けられなくもないであろう拳。だがルークは避けずに真っ向から受け止めに行った。剣を捨て、腕をクロスさせて真正面から。
まじかよ、と心の中で漏れる。受け流すとかじゃなくて正面から止めるのかよ。
普通の人間ならば電車に轢かれるよりも悲惨な事が起こるんじゃないかと思える一撃だった。
ルークが心配だが確かにできた大きな隙に俺は精一杯走り込む。
「どうだ止めてやったぜ。余裕だよ」
喀血し、感電し、傷だらけで意識朦朧のルークが横を走り抜く俺にそう言った。
「よくやったルーク」
嫌なガキだったが少しは見直さないと失礼なくらい大きな一撃を代わりに耐えてくれた。あとは俺だけ。
冒険者ギルドで能力値を測った時、攻撃力が501だった。この時から漠然と思っていた事があった。ゼリカが武器のような装備品としてカウントされたからプラス500されたのは間違いないだろう。つまり、ゼリカは武器なんだ。
何も難しい事は要らない。技術も必要ない。戦闘経験皆無の俺でもできる一撃。
「はああああああああッ!」
先の一撃によって大きな隙ができたゴリラの懐に入り込み、左脚を軸に右脚で膝蹴りを繰り出す。
「必殺! ゼリカキィック!」
みんな魔法の詠唱をしててカッコよかったからさ、俺もなんか言おうかなって。
巨大なゴリラの右脚にゼリカの角がぶっささるように蹴り上げた。
するとゴリラは綺麗に吹き飛び、森林地帯の木々をなぎ倒していった。
木々の密集で一寸先も見えなかった森林地帯に大きな穴が開いた。その先にいるゴリラは無数にある毛を一本も動かさず倒れていた。
……ああ、こんな威力でちゃうのね。
ゼリカを見やると何事もなかったように寝ている。
「や、やるじゃねぇか。ロリコン野郎」
後ろを見るとみんな顔が引き攣っていた。それはそうだ、俺も引いてる。
「一件落着だね」
誤魔化すようにこう言うしかなかった。
「まあ、あのゴリラ連れてきたのは俺達だからな、礼を言うぜロリコン野郎」
「礼を言う前に呼び方を変えてくれよ。俺の名前はマサトだ」
「ははっマサトっていうのか、分かったぜロリコン野郎」
ああ言葉通じない系の人ね。
「てか俺達じゃなくて、あんたとマインが巣にちょっかい出したからでしょ?」
赤毛の子が傷だらけのルークの元へと駆け付けて一発頭を叩いた。遠慮のない一発に、安心と怒りがない交ぜになっているのがよく分かった。そして赤毛の子が俺の方に向く。
「ありがとう、あなた達のおかげで助かった。あのブリストルキングはあなた達に譲るからそれで許してもらえる?」
「ああ分かった。それと、あのゴリラがいた巣にレイルド草はあるかな?」
「可能性は高いから見に行きましょう。ゴリラの解体も私達で手伝う」
「非常にありがたいよ」
解体なんてできる気がしないしレイルド草まで手に入るなら最高だ。
「うぅ腹減ったなぁ。朝から何も食ってねぇし、今日は稼げそうにねぇし」
ルークがシーフェルから治療のような魔法を受けながら、屈みこんでそう言った。
「仕方ないでしょ。自業自得よ」
と言った赤毛の子の腹が鳴ると恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「なあロリコン野郎、あのゴリラ食べねぇのか?」
「え? 食えるのあれ」
「ああ、普通に食えるぞ。滅茶苦茶うまい訳じゃねーけど」
ゴリラを食べるなんて抵抗がありまくりだが、アオイハル達が腹を空かせてそうだったから断るのは嫌だな。
「ファマ調理とかできそう?」
見知らぬ人が増え、まるで石像と化していたファマに「話しかける」という解呪の魔法をかける。あと俺の背中でアオイハル達の射線を切ってる。FPSゲームだったらランクはマスターだね。
「あ、は、はい……」
頭を上下に何度も振ったファマ。
「ファマは料理が上手いんだ、だからファマに調理してもらってみんなで食べよう」
この言葉にへとへとで元気のなさそうだったルークが顔を上げる。
「ファ、ファマさんの手料理が食えるってのかよロリコン野郎」
「ああそうだ」
「胃袋掴まれちゃうかもしれねーってことかよロリコン野郎ッ!」
「ああそうだ」
露骨にテンションが上がっていくルーク。
「最高じゃねぇかよおいッ!」
「うんそうだね」
「しゃあッ! 早く解体しにいくぞお前らッ!」
そう言って一人だけ異常なテンションで倒れたゴリラに走り始めるルーク。
「あれリーダー?」
純粋にアオイハルが可哀想に見えてきたので労いも兼ねてそう問いかけておく。
「そう。世界で一番バカなリーダー」
赤毛の子が頭を抱えてそう言った。
悲しきかな。
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