第18話 食後休憩を人の脚でするな

「うめっ!」

 ゼリカがサンドイッチを口にした途端、眠そうな顔が爆発したんじゃないかってくらい晴れやかな顔へと変化した。

 吹き飛ばされた俺は直ぐに立ち上がり、二人の元へと戻る。

 ゼリカに全部食われない内に早く戻らないといけない。それにファマも混乱状態だ。

「お前、我のコックにしてやる」

 バクバク食べているゼリカがファマに向かってそう言った。

「あ、え、え……?」

 怯えているファマは両手を胸の位置まで上げて強く握り込んでいた。

 ちょっとした予感として、年下の小さな女の子だったら人見知りが発動しないんじゃないかという淡い期待もあったけど、全然そんな事なかった。

「ファマ。話は後だ、早くお弁当を食べよう」

 ゼリカを紹介するのは後でいい。ファマは戸惑いながら恐る恐る籠の中に手を入れサンドイッチを取り出そうとしたが、ゼリカの手がやってきて大きく手を退けた。そしてもう一度挑戦して無事にサンドイッチを手に入れた。

 俺も籠に手を伸ばしサンドイッチを取る。作り手のファマがしっかり食べられるように、ゼリカの手を抑えようと考えた。だが、仮に籠に俺が覆いかぶさっても、ゼリカの手は止まらず俺の胴体に穴をあけて、真っ赤なサンドイッチになっている未来が見えたので辞めておいた。

「うめっ! うめっ! うめっ!」

 ゼリカが爆速でサンドイッチを平らげたせいで7割ゼリカ、2割俺、1割ファマの食事比率となってしまった。

「ごめんファマ。こいつがほとんど食っちゃって」

「い、いえ……」

 ファマの表情や態度に含まれる緊張が大きくなっている。まるで最初に会った時のような感じまで戻ってしまった。

「ああ、紹介するよ。こいつはゼリカ。俺の仲間だ」

「ふんっ! 我はゼリカ・ルミアークスだ! よろしく頼むぞ、コックよ!」

「コックじゃねーよ。ファマだよ」

「あ、え……。む、娘さんじゃ、ないんですか……?」

 ファマはゼリカを恐れて俺の方を向いてくる。ゼリカは胡坐をかいて腰に手を当てて胸を張っていた。

「え? 娘? 違うね」

「あ、そ、そうなんですか? ず、ずっと、くっついていた、ので……」

 確かに、ずっと右脚にくっついていたら、第三者からすれば娘に見えなくもないか。いや、俺まだ23なのだけれども。

「ゼリカは成長期だからね、よく寝るんだ」

「む? 違うぞ。昨日は暴れたから疲れて眠っていたんだぞ!」

「え、そうなの?」

「魔力も全回復したからな、これでもう一つ人族の国を潰せるぞ!」

 爆弾発言を聞いて、慌て戸惑うファマ。

「ははっ。こいつこういう冗談言うんだよ、面白いだろ?」

「あはは……そ、そうですね……」

 引き攣ってしまったよ、ファマが。100%の苦笑いを始めて見た。

 俺の中には選択肢が二つ生まれている。それはゼリカを使ってファマの人見知りを克服しようとする事、もしくはゼリカには素直に眠っていてもらうことだ。

「ゼリカ、そろそろ眠たくなってきただろ? ほら」

 前者は見ての通り無理そうなので後者を選ぶ事に決め、ゼリカに右脚を近づける。

「なんだ? 臭い脚を我に近づけるな」

「お前やべーな」

 ずっとここに居たんだよ君。この臭い脚にさ。

 嫌そうな顔をしているゼリカを余所に、もう一つの選択肢について考える。

「ファマ、緊張すると思うけどもう一人の仲間として、ゼリカと仲良くして欲しい」

「あ、は、はい」

 そう言うとファマはゼリカの方に向いた。口元が震えていて、緊張が俺にまで伝わってくる。

「ゼ、ゼリカ、ちゃん……? よ、よろしくね……」

「わはははっ! なんだその変な喋り方は!」

 ダメだこいつ。ノンデリカシーだ。

 体が跳ねて固まったファマ。

 その後すぐに大きく項垂れて、口元が引き攣った。

「あ、へ、変です、よね……ごめんなさい……」

 口角は上がっている。でもそれは引き攣っているからだ。ファマの声色は決して調子のいい人間が発するものではなかった。相手の機嫌を取るために必死に笑顔を作っている。

 このままではファマの人見知りは加速してしまう。まずいな、大失敗の選択だったか。

「おい、ゼリ——

「なぜ謝るのだ? 我は変だと言っただけで、謝れとは言ってないぞ!」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「わはははっ! また謝ったな! 変な奴だ!」

 ゼリカは豪快に笑って、遠慮なく言った。

 変な奴と言われたファマはもう一度落ち込んだ。大袈裟と言っていいくらい、態度に現れやすいようだ。

「………………」

 ファマが黙り込んでしまった。下を向いたまま帰ってこない。きっと、キョロキョロと目が色々な方向に動いているはずだ。

 ゼリカは喋らなくなったファマに顔を傾けている。

 このままではまずいと思い、頭を回転させる。

「ゼリカ。さっきのサンドイッチ、どれくらいうまかった?」

 人見知りの原因はきっと複雑で絡み合ってる。だから、具体的にどういうやり方で解消するかなんて分からないけど、ファマは人が怖いんだと思う。そして、この怖さは知らないからなのではないか、つまり、他人が何を考え、どういう思いをもっているのかを知らないからなのではないか。知らない道を地図無しで歩くのは怖い、これに似たようなものなのではないか? 自分の事をどう思っているのか全く分からない他人は確かに怖い。だからファマには知ってもらう必要がある。

 人って案外、自分の事しか考えてないって事を。

「美味かったぞ! 我の生きてきた中で一番な! もっとくれ!」

「俺もそうだ。滅茶苦茶美味かった。もうねぇよ」

 下を向いていたファマの顔が、俺達の言葉を聞いて元に戻った。まるで暗闇に現れた一筋の光を見上げるように。

「ま、また、作ってきますね……」

 ファマから緊張が抜けたような、そんな感じがした。

「助かるよファマ」

「我はあと百個食うぞ!」

「ひゃ、百個は、流石に……無理そう、です……」

「む? ぶっ殺すぞ?」

「ひぃっ」

 嘘、やっぱり仲良くするのは難しいかもしれない。

「おいゼリカ。そういう言葉は使うなよ。サンドイッチなしにするぞ」

「む……。分かった。許せ、コック」

「だ、大丈夫ですよ……そ、その、ゼリカちゃん……」

「我をそう呼ぶとは、度胸があるな。初めてだぞ!」

「だ、ダメでした……?」

「ふむ。まあよいぞ。我は寛大だからな!」

「ふふっ……ゼ、ゼリカちゃん、かわいい……」

「かわいいだと? ぶっ飛ばすぞ?」

「ひぃっ!」

「おいゼリカ、サンドイッチなしだ」

「今のは我悪くないだろ! こいつのせいだ!」

「じゃあイエローカードにしといてやる。次はダメだぞ」

「イエローカード? まあ、分かったぞ!」

「あとコックじゃなくてファマって呼ぶんだ。大事な仲間だからな」

「分かった。ファマだな。よろしく頼むぞ!」

「は、はい! よ、よろしくお願いします……!」

 仲良くする事はできなくても、相容れる事は可能な感じがした。まあ、これから一緒にいる時間も増えれば仲良くなれるはずだ。

 ファマからは過度な緊張は見えないし、肩の力も抜けている。

 どうやらゼリカはもう寝ないようなので、ここからは3人で話しながらレイルド草を探すのが良いだろう。

「じゃあそろそろ行こうか。レイルド草探し」

「よく分からないが、分かったぞ!」

「そ、そうですね。行きましょう……」

 聞き分けの良い二人だ。ファマは籠と下に敷いてくれていた布をインベントリに入れる。

 じゃあ、行くか。と思い、歩き出そうとした瞬間だった。

 両脚が一気に重くなる。

「お前ら何やってんの?」

「我は眠くなってきたから寝る!」

「い、居心地が、良いので……」

 俺の両脚にしがみついてきた二人を見下ろすとそう言ってきた。

 仲良くできなそうという言葉、前言撤回しよう。息ぴったりだ。

「あ、その、マサトさん、ありがとうございました……」

 早速鼻ちょうちんを膨らまし始めたゼリカを余所に、こちらを見上げるファマがやはり緊張を少し伴いながら、でも心の底から感謝しているような、そんな声でお礼を口にした。

 ファマが黙ってしまった時の助け船の事だろうけど、実際ファマのサンドイッチが美味しかったのは事実で俺は本当に何もしていない。

「またファマのサンドイッチを食べさせてよ」

「はい……!」

 ファマの表情は見えなかったけど、声が凄く明るかった。

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