第16話 冒険中に泣きじゃくるな
「あ、ありました……!」
植物が皆無となった岩山地帯。起伏の差が大きく、巨大な岩石がゴロゴロとしている場所をファマと一緒に歩き回って少し、どうやら巣の入り口が見つかったらしい。
「本当に分かりづらいな!」
ロックリザードは巣を後にする時、人間で言う扉を閉めて鍵を閉めるような習性みたいに、岩を使って巣の入り口を埋めるらしい。よって俺達は岩壁の側面に、岩の集合体みたいなものがないかを確認しながら歩き回った。
ファマが小さな岩の集合体をどける。ゴロゴロと崩れた後は、人がしゃがんで入れるくらいの穴が開いていた。
「でもこれ、暗すぎるから明りが必要だね」
「あ、魔法が、あります。光明(ライト)」
そう言ってくれると思ったよファマ。
ファマが唱えた魔法によって光の集合体が手のひらの上を浮遊し始めた。
「盾もってるから俺が先いくよ」
ここでファマを先に行かせたら俺の中にある大切なものを失う気がした。
「あ、ありがとうございます。ゆ、ゆっくり、行きましょう……」
四つん這いになって盾を構え、剣は構える事はせず刃だけ正面に向くようにして、這いずりながら穴を進む。
結構長いのかと覚悟したが、直ぐに細い道は終わり、小さな空間が現れた。ちょっと臭い、動物のたまり場って感じの匂いだ。
「ファマ、開けたよ」
「な、中に、何か、いますか……?」
限られた光量の中、薄暗い空間を見渡すが何もなかった。つまりお目当てのものも無いという事ではあるのだが。
「魔物はいないね。大丈夫っぽいよ」
小さな空間で四つん這いを解除する。直立は不可能だが、屈み立ちくらいはできた。ファマは身長が低かったので、前かがみくらいで済んでいた。
「う、嘘……」
ファマが緊迫した声を上げる。それだけで俺も気を張り巡らせた。
心霊スポットで自分以外の人間が何かに驚く仕草をすると、こっちも怖くなるあの現象だ。他人のリアクションを介した方が怖く感じるあの現象、何なんだろうな、あれ。
一瞬だけそう思っていると、ファマは膝を落とし地面に手を付けて何かを探し始めた。もちろん、レイルド草だろうが。
「あ、あるはず、なんです……」
手が汚れても、ローブが汚れても、ファマは地面を入念にそして必死に探し続ける。
少し怖くなるくらいの異常なまでの執着と言って良かった。
「ファマ、ないのは仕方ないよ。ないものはないんだ。次の巣を探そう」
「あ、あ……は、はい。ごめんなさい……」
ファマはそう言うと、申し訳なさそうにもう一度「ごめんなさい」と消えそうな声で付け加えた。
次の巣を探す最中ファマのテンションは著しく落ちていた。あれほど冒険を楽しみにしていたはずなのに、その影も形もない。まさか失敗とも言えないあんな事でここまで落ち込むとは思わなかった。
「そんなに気にしなくていいさファマ」
「……は、はい」
返事はしてくれたが落胆からの復活の兆しは一切感じられなかった。
どうやら俺の言葉は届いていないらしい。
その後も何度か声をかけてみたが、服や手についた泥を取り払おうとすらしなかった。
「ありました!」
ファマは次の巣を見つけると急いでそこまで走り、岩の集合体を崩して明りをつけて中へと入っていった。
「あっ、俺が先行くよ」
俺の言葉を無視してファマが先へと進んでいく。おそらく問題はないと思うが、この行為は冒険者としては非常に危険な行為だ。完全に周りが見えなくなってしまっている。
止めようと急いで後を追う。だが想像以上に早く、巣の中に辿り着いていた。音はしないから魔物はいないようで安心だ。
ファマは一層落胆していた。俺も空間の中を確認してみたがレイルド草はない。
「そんな……」
ファマが両手を地面につけた事により、明りは消えてほとんど何も見えなくなってしまった。入口から微かに光が入ってきてるだけだ。
「ファマ、落ち込みたい気持ちは分かるが、一旦外に出よう」
俺の言葉はまたしても届かず、ファマはその場から動かなかった。
「うっ……ううぅっ……ごめんなさい……私のせいでっ……」
ファマはその場で項垂れて、泣きながら謝った。
泣いてしまったファマを前にしてこんな事を思うのは酷いかもしれないが、なぜここまで自分で背負い込みすぎるのだろうか。ファマは十分すぎる程に活躍してくれているし、たかが二つの巣の中にレイルド草がなかっただけで大した失敗とも言わないだろう。
ファマは完璧主義に近いのかもしれない。ちょっとした失敗への抵抗が無さすぎるし、自分がたくさんの魔法を使う事は当然で何も凄いことではないと思っているのかもしれない。これらはきっと、今まで魔法の習得に大した苦労を要さず、そして周りに自らを打ち解ける事ができなかったがゆえに褒めてもらう事が無かったからではないだろうか。多分ずっと、ずっと一人で頑張っていたんだろうな。
ファマの人見知りをどうやって解消させようと悩んでいたが、まずはこの完璧主義から崩壊させていく必要があるだろう。
「ファマ。君は十二分にやってくれてるじゃないか。俺を見てみてくれよ、何もしてない」
いや、本当にな。本当に何もしてない。人類史上初だろうな、このセリフ吐いて本当に何もしてない奴。むしろ足引っ張っちゃってるよ。
「で、でも……私が、誘ったので……わ、私が、頑張らないと……」
ファマも否定しないもんね。さっきのセリフの後は「そんなことない!」っていうテンプレートが決まってるんじゃないの?
脳内遊びを中断し、真面目にファマと向き合う。
ファマの考え方にいくつか正しくないものがあるようだ。まずはそれを一つずつ、変えていきたい。
「ファマ。パーティーというのは、仲間というのは、誰か一人を頑張らせるためにあるのかい?」
「……え?」
ファマの涙はちょっとの光を吸収し輝いていた。それが頬を伝って落ちる。わずかな光が地面に消え、また暗闇が襲ってきた。でも、暗闇の中だからこそ自分の言いたい事が言える気がした。
「誰か一人だけが責任を背負わないといけないのは、パーティーや仲間なんかじゃないよ。ファマが決めた事に仲間として、パーティーとして俺は賛同した。その時点で、俺達パーティーの責任になるんだ。もしファマが自分のせいだと言うのならば、ファマが俺を仲間だと認めていない事にもなってしまうよ」
ファマは首を横に大きく振る。何度も。
「マ、マサトさんは、な、仲間、ですよ……!」
「そうだろう? 俺もファマを仲間だって思ってる。だから、たった二つの巣にレイルド草がなかった事を、ファマのせいだなんて一切思ってない。これっぽっちもね」
間髪入れずに次へ行く。まだファマの問題の一端にしか触れられていないからだ。
「それとだよファマ。自分を受け入れた方が良い」
「……? じ、自分を、ですか……?」
「うん、自分を。今自分ができる事、できない事を認めた方が良いという事かな。ファマはたくさんの魔法を使える、それは凄い事だ。でもファマ自身はそれを凄い事だと思っていない。俺から見たらファマはとんでもない冒険者に見えるよ。きっと、Sランクになるだろうって思ってる。でもそんなファマでもできない事はたくさんある。例えば今回で言うとレイルド草を絶対に見つける事とかね、それも受け入れる必要があるんだ。もし魔法が効かない魔物が現れたらどうする? 今回みたいに落ち込んで泣いて、何もしないのかい? 間違いなく死ぬよ、それにパーティーや仲間の脚を引っ張る事になってしまう。できない事、できる事、人間には必ずある。全部やるなんて不可能だし、できる必要はない。そのために仲間やパーティーがいるんだ」
ファマが何も言わないから続けて言いたい事を並べてしまった。ファマに説教する気なんて一切なかったんだが、そう思われても仕方がないかもしれない。
ファマは項垂れている。だけど、どちらかというと俺の言葉をかみ砕いて理解しようとしてくれているような、そんな感じがした。とは言え、言葉一つで人間は変われない。そんなの俺だってよく分かってる。
「うぅっ……」
顔を上げてこちらを向いたファマは唸り声を上げる。泣いてるようにも聞こえた。
「うわぁああああああああああああっ!」
すると、ファマがそう泣き叫びながら俺の左脚に抱き着いてきた。
「うっ、あびばどう、ございますっ……ぐすっ」
ファマは垂れた鼻水を精一杯啜った後、残った鼻水を俺のズボンで拭う。
どっちだ。お礼を言っているという事は嬉しいのか、それとも怒られたと思って泣いているのか。
とにかく外に出る必要があると思い、重たくなった両脚に気を遣いながら腕立ての態勢でゆっくりと外を目指す。
這いずりながら俺は全く別の事を考えていた。鼻水を服で拭われた事やファマが大丈夫かどうかよりも、リサマールさんに殺されるんじゃないかという心配が脳内を支配した。
まあ、大丈夫か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます