第11話 人見知りと駆け引きはするな

 気絶したバイン君をなんとか担いで、というか引きずってロビーの椅子に寝かせる。冒険者カードをこのまま待っても良いのだが、とにかくお金がないというのもあって明日稼げるのかどうかを調査する必要がある。よって、まずは依頼の内容や報酬というのを確認してみる事にした。

 触れたら即死?! ドクロキノコの採取。一つ大銅貨1枚で買い取り。

 大爆発?! マインの実の採取。一つ大銅貨2枚で買い取り。

 などと言った意味の分からない煽り文と共に採取依頼の内容が書かれている。

 なんだよ触れたら即死って、不可能じゃねーか。

 一通り確認してみたが残念ながら魔物討伐の依頼みたいなものはなかった。おそらくだが、依頼は更新されるはず。朝方か特に時間は決まっていないのかもしれないが、新しい依頼がやってくる時があるのだろう。その時じゃないと簡単かもしくは効率的な依頼を受ける事はできないのかな。

 ここに残されているのは夕方というのもあって売れ残りだ。スーパーと一緒だ。おそらく他の冒険者が選ばない高難度もしくは効率が悪い依頼ばかりという事だろう。

 てか、さっきからなんか見られてるな。ジロジロこっちを見てる人が居る。何か用があるのかな? さっきからほんの少しずつ近づいてきてる気もする。だるまさんが転んだをしているみたいだ。一度視線を外してみると0.1,2歩近くなってる。

 これは確実に俺に意識を向けているな。冒険者潰しか? それともセミ好きか?

 徐々に近づいてくると思ったら次は俺の周りをぐるぐるとうろつきだした。

 俺と依頼が貼ってある板の間は人一人分くらいの距離だが、その間を通る時は頭を下げる気遣いをしていた。顔ははっきりと見えない、前髪が長すぎる。前見えてるのか?

 止まったと思ったら次はこちらの様子を窺うような素振りを見せたので、バっとそっちを見てみたら、その人は慌てて違う方向を向いた。

 よし。こうなったら意地でも話しかけないでおこう。

 ゲームが開始された。俺と謎の前髪君とのゲームだ。先に話しかけた方が負け。

 もはや暗記してしまうくらい依頼を確認し続けている俺に、前髪君はじりじりと距離を詰めてくる。5分、10分はこの状態が続いたのではないか。均衡状態という奴だ。これだけ話しかけられずにただ見られていると、流石に怖くなってくる。なんか変な事したかな?

 しかし、戦況は大きく動いた。動かしたのは前髪君。そしてその一手に俺は絶句する。

 そう、俺と依頼が貼ってある板の間に前髪君が立ったのだ。こっち向きで。

 おいおい、随分勇気を出してきたじゃねーかっ!

 もはや話しかけるよりも高難易度な技だぜ、そりゃあよ!

 こうなった場合こちらも防御技を繰り出す必要がある。「必殺「直視」」と心の中で呟きながら依頼から視線を外し、前髪君を真っすぐ見据える。するとびくっとして顔を右往左往しはじめた。

 はっ。大した勇気だぜ前髪君。ただそれでも俺は話しかけないけどなぁ!

 はたから見たら何やってんだこいつら状態だ。

 近い距離になってようやく、前髪君が女性だと分かった。微かに見える大きな目が慌てふためいている。用があるというよりも、単純に話しかける事に委縮しているような、そんな印象だった。だからと言って一度始めたゲームをサレンダーする訳にはいかない。目は逸らさない、前髪ちゃんは眼を逸らしているけどこちらは凝視を続ける。

 さあどうする前髪ちゃん。俺に話しかけるしかないんじゃないか? それとももう一度距離を取り直すかい? ちなみに君が話かけてこず逃げた場合、俺が勝利とす。

 勝利目前。勝ちを確信した時だった。前髪ちゃんからさらなる一手、まさしく「王手」の一手が繰り出される。

 前髪ちゃんが俺の左脚にしがみついてきたのだ。

 どうしてだよ。どうしてなんだよ。

 つい理由を聞きそうになってしまった。もう俺の負けでいいとも思ってしまった。だがはっとさせられる、そうかこれは「王手」だ。チェスでいうと「チェック」だ。俺にはまだ沈黙という回避方法がある。口を開かない限り詰みにはならない。まだ勝負はついていない。

 大胆な行動に出た前髪ちゃんの震えが俺の脚を介して伝わってくる。心臓部分が膝関節少し上ぐらいに当たっている。滅茶苦茶バクバクしている事が分かった。

 どうして? どうしてそんな選択を取ったんだ前髪ちゃん。

 女の子でしょ?! いきなり男の脚に抱き着いたらダメだって教わらなかった?!

 教わらないか。

 表情は見えない、でも慌てふためいているのは感じ取れる。

 そしてもちろん俺は平然と依頼を眺める。ちなみに、俺はこのまま今日の宿まで平然といこうと思ってる。当たり前の顔をしてな。なんなら寿命を迎えるまで触れずに一緒の棺桶に入ろうか。

 なんなら両脚の加重がちょうど良くなった。右脚だけ重くて脚と腰が壊れそうだったからちょうどいい。俊敏力はきっと-10だろうけど。

 クライマックス状態に差し掛かったと言っていいものの、均衡状態はまだ続いた。さながらラスト500mのスプリントにアニメ1話分使う弱〇ペダルだ。

 さあどうする。前髪ちゃん。流石にこれ以上の行動はできないだろう?

「うっ……ぐすっ……」

 と思ったら前髪ちゃんは鼻を啜り始めた。もしかして……泣いてるというのか?

 流石に確認しなければと左脚の方へと顔を向ける。すると、こちらを見ていた前髪ちゃんと初めて目が合った。その目は潤んでいた。

「だ、大丈夫?」

 年下の女の子が泣くなとなったら流石の俺もサレンダーだ。これが意図的だったならば最強のカードだったが、様子から見てあり得ないだろう。前髪ちゃんからは申し訳なさと自己嫌悪が溢れていた。

「うっ……ご、ごめんなさい……」

「俺は大丈夫。用があるらしかったけど、どうしたの?」

 というか、俺が申し訳なくなってきた。

「あ、あの……その……い、一緒に……冒険を……」

 目があったのは一瞬。前髪ちゃんは再びおどおどとし始めた。

 一緒に冒険? つまり、仲間になってという事か。様子を見に来ただけとは言い辛いな。

 明日稼げなければ明日の宿がない正真正銘その日暮らし状態だ。依頼を見た感じだと冒険者なんかよりどこかで働いた方がよっぽどいいだろう。だがこの場面で断るのは俺の良心がズタズタにされ、野宿よりも精神衛生に悪い。

 何より俺の嗅覚が言ってる。この子は面白い気がすると。

 やるか、触れたら即死のキノコ狩りデスゲーム。

「分かった。一緒に冒険をしよう。俺の名前はマサトだ」

「い、いいんですかっ!」

 さっきまで泣いていた顔が吹き飛ぶくらい前髪ちゃんは嬉しがった。

「ああ。名前は?」

「ファ、ファマ、です……」

 俺の脚にしがみつきながらファマは言った。いや、もう降りても良いと思うけどね。

「よろしくファマ」

「は、はい……よ、よ、よ、よろしく、お願いします……」

 歌舞伎かな?

「ファマ、いきなりで申し訳ないがお金がないんだ。明日お金を稼ぐ必要があるんだけど、この中の依頼でできそうなものはあるかな?」

「あ、えっと……」

 まだしがみついているファマが依頼に顔を向け、確認を始めた。ファマがどれほどの実力なのかは分からないが期待はしない、というかできない。なぜならば、俺が最弱クラスだからだ。

 依頼は売れ残りばかり、多分明日の朝一とかに来た方が良い気もするからないならないで明日の朝一集合にしよう。そこで依頼の争奪戦だ。敗北確定のな。

「ぜ、全部、です……」

「ああ、やっぱり全部無理そうかな?」

「い、いえ。全部、できます……」

「え? これ全部?」

「は、はい……ど、どれか、一つ、の方が、良いと思います……」

 え、まじ? 凄いな。触れたら即死もいける感じ? 触れたら即死なのに?

「凄いねファマ」

「えへへ……」

 ファマは口角を上げて照れ笑いをみせた。

「安全なものだったら何がいいかな?」

 全部とは言っても流石に安全なものを行こう。死ぬ確率が低ければ低い程いいに決まっているからね。

「あ、安全……あ、ありません……全部、危険、です……」

 なるほど、売れ残ったのは効率が悪い依頼じゃなくて、安全性が低い依頼だったのか。そりゃあそうか。

「マサトさん、冒険者カードをお持ちしました」

 考えている所に後ろから受付のお姉さんがやってきた。凄く笑顔だ。

「ああ。ありがとうございますリサマールさん」

「いえ。依頼についてですが、冒険者ギルドが始まる朝7時に更新されるのでそちらの方がよろしいですよ。それと今残っているような危険な依頼に手を出しては絶対にダメですよ。一応私がチェックしましょうか?」

 あれ。この人こんな優しかったっけ? さっきバイン君を気絶させた人とは別人格かな?

「ありがとうございます。ははっ、リサマールさんに心配されてるんだったら、嬉しくて頑張っちゃうかもなぁっ」

 半分冗談のつもりで、でも感謝は伝える。綺麗なお姉さんに心配されるのは悪くない気分だ。

 リサマールさんは絶えない笑顔のまま冒険者カードを渡してくれた。ただ、それを受け取った瞬間だった。

 リサマールさんの笑みは消え、顔が一気に近づいて耳元でこう囁いた。

「お前を心配してんじゃねぇよ。ファマを泣かせたら殺すぞ」

 と。

「ふふっ。いつでも相談に乗りますよ」

 再び笑顔に戻ったリサマールさんはそう言って帰っていった。


 冒険者やめようかな。

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