第10話 冒険者ギルドの受付は怒らせるな

 静かになったギルド内、バイン君が「行きましょうか」と受付へと向かった。

「よ、ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件はなんでしょうか?」

 NPCのような挨拶をしてきた受付のお姉さん。ショートカットで気が強そうだ。

 この人もギルド内にいた冒険者同様に少し顔が引きつっていた。だが、仕事モードなのかすぐ平常の顔へと戻った。

「冒険者登録をしたいんすけど、今からできるっすか?」

「はい可能ですよ。お一人ずつ鑑定水晶の部屋に入っていただいて能力値のテストをさせていただきます」

 テスト? 今テストって言った? ある程度の数値じゃないと合格しないってこと?

「マサトさん、どうします? 俺はこのまま登録しちゃうっす」

 これに答える前に確認しなくちゃいけない。

「あのすみません、テストというのはどういう事でしょう?」

「はい、鑑定水晶では能力値を見させていただきます。もし能力値が一定の基準を満たしていない場合は冒険者登録ができません」

 あら。それ先言ってよバイン君。

「もしダメだったらお金とかかかります?」

「いえ、鑑定水晶の使用は無料で、冒険者登録には大銅貨1枚を頂いております」

 大銅貨1枚……。ゼリカの胃袋からアイスを取り出して、大銅貨一枚にならないだろうか?

 お金はともかく、受けるのが無料ならば現状を知るという意味で受けてみるか。

「分かりました。私も受けさせてもらいます」

「頑張りましょうマサトさん! マサトさんなら大丈夫っすよ!」

 「ではこちらへ」と案内が始まったので、お姉さんの後を追う。

「お二人はパーティを組まれる予定ですか?」

 移動中に受付のお姉さんが聞いてきた。

「いえ、今の俺じゃあマサトさんの横に胸を張って立つことはできないっす」

 ああ、俺達パーティ組まないのね。なんか悲しいね。

「そうなのですね。マサトさんはそれほどお強いのですか?」

「はいっす。俺の勇者っすね!」

「いやいや、それほどでもないですよ」

 この場合本当にそれほどでもないのだが、なんだかこれほどまでにもち上げられたらテストの数値が凄く高いんじゃないかって気がしてきた。

 勇者として召喚され、魔王の一撃を防ぎ、魔人族の一撃に耐えた男。響きだけならば人族最強の称号を得られるのではないだろうか?

 これはもしかしたらもしかするのかもしれない。

「こちらが鑑定水晶の部屋ですね、私がこのまま鑑定を致します。その前にお二人とも武器はお持ちでしょうか? 武器や防具を装備している状態ですと能力値に変化が起きてしまいますのでここでお預かりしています」

「俺はもってないっす」

 へー、そういう仕組みなのかと思いながら同様に返事をする。

「私ももっていないです」

「あの……。足についているそちらはなんでしょうか?」

 お姉さんが恐る恐る俺の脚についているゼリカを示してきた。

「ああ、失礼しました。女性はセミが苦手という人が多いですからね」

「は、はあぁ……?」

「これはセミの一種でゼリカミンミンゼミです」

 ゼリカ眠眠ゼミだ。響きだけなら実在してもおかしくない。

「は、はあぁ…………?」

 怪訝な顔をするお姉さん。凄く顔に出るタイプだ。

 なんか空気が怪しいな。変な事言ってるかな?

 結構気が強そうなお姉さんだからキレたら殴ってきそうで怖い。てか、半分キレてる。

「まあつまり、あまり気にしないでください」

 ここは次に行くのが正解だろう。そもそも引き剥がす事は不可能だ、どうしてもというならば足を切断しなくてはいけない。非常に面白くない展開だ。

「いえ、そちらはセミではなくて人ですよね?」

「え……? セミ、ですよ?」

 カルマ店長には通じたんだけどな。

「そのまま鑑定すると能力値に影響がでてしまうので、鑑定はできませんよ」

「えっ? このままじゃダメなんですか?」

「ダメに決まってるじゃないですか」

 やばい。お姉さんの口調が荒くなってきてるし顔をしかめ始めた。

「じゃあ分かりました。お姉さん、このセミを取ってください。角をもって引き剥がすんです」

 これを聞いたお姉さんは顔を左右に激しく振り拒絶反応を示した。

「む、無理ですよ。絶対に無理です。死んじゃいます」

 お姉さんは明らかにセミを怖がっている。というか、顔面蒼白状態だ。

 やっぱりセミが苦手なのか、死ぬ程苦手なのか。そこまで苦手なのか。

「でも、このままだと絶対に剥がれないですよ。体の一部みたいなものです。さあ、ほら」

 あえてセミを近づけるように、足を前に出してお姉さんへと近づける。

 「ほら、ほら」とまるで変態おやじみたいな口調で。

「わ、分かりました。分かりましたから、近づけないでください。それはセミです」

「違いますよ。ゼリカミンミンゼミです」

 自分で考えておいてなんだが、語呂が良すぎてついつい口に出したくなる。布教しよう。

「どうでもいいでしょそんなの」

 怒りゲージが可視化できるのならば9割に達した頃だ。

「まったく。何なんですかあなたは。じゃあ先に……」

「バインっす」

「バインさん、鑑定をするのでこちらの部屋に入って下さい」

 どうやら能力値というのは機密情報的なものらしいので、一人ずつ行うようだ。

 バイン君とお姉さんが入って3分程でバイン君だけがでてきた。

「どうだったバイン君」

「合格っす! これで今日から冒険者になれるらしいっす!」

「それは良かった」

 右手のひらを掲げるとバイン君は一瞬戸惑ったが、直ぐに理解したのか手を同様に上げてハイタッチをかわす。

 当初の目的はこれで達成されて一安心だ。

「次はマサトさんです。あの人が呼んでるっすよ」

「いってくる」

 中に入ると何もない部屋の中に、台と水晶だけが寂しげに存在していた。

「マサトさん、でよろしいですよね? 改めてリサマールと言います。早速ですが、この水晶に手をかざしてください」

 言われたままに水晶台の前へと歩き、水晶に右手を乗せる。

「ああ、触らないでください。両手で水晶を包むように」

 小声で「汚いです」と聞こえた。

 あんまりそういう事言わない方が良いよ?

「十秒ほどで水晶の中に数値が現れます。項目は、体力、魔力、攻撃力、防御力、俊敏力、器用の6個。ここから算出される戦闘力によって合否を決定いたします。合格基準は戦闘力50以上となっています」

 説明が終了すると同時に水晶に数値が浮かぶ。名リポーターになれるくらい時間管理が完璧だった。

 さて、表示された数値を見てみよう。

 体力:12/12 魔力:0/0 攻撃力:501(+500) 防御力:2(+1) 俊敏:-4(-5) 器用:5

 戦闘力:51

 なんだこのバカが考えた攻撃力全ぶっぱステータスは。

 てか、マイナスってなんだ。確かに歩くのもやっとだけど。

 でもこれで戦闘力50は超えている。

「これって合格ですよね?」

「え、ええ。そうですね。まあ、合格としましょう」

 プラス数値があるがこれが無かったら攻撃力も防御力も1という事か? そんなまさか。人族最強の称号をもつ勇者だぜ?

 お姉さんの表情は微妙そのものだ、まるでなるようになれと思っている顔。全てを諦めたような顔にも見えた。

「今すぐ冒険者登録が可能ですがどうなさいますか?」

 ここで大銅貨1枚を使うと残りは大銅貨3枚と銅貨5枚。

「あのぉ。冒険者になったらギルドからお金って借りられるんですかね?」

「お金ですか? 無理に決まってるじゃないですか、バカなんですか?」

 なんか口悪くなってないか? まあでもよくよく考えると、冒険者っていつ死んでもおかしくないからお金なんて貸さないか。

「ここら辺の宿って一泊いくらくらいですか?」

「大体大銅貨4枚~5枚ほどが最低価格ですね。ただ、冒険者ギルドと提携を結んでいる宿なら大銅貨3枚と銅貨5枚の宿もありますよ。素泊まりですが」

「っ! あなたは私の女神だッ!」

 リサマールさんの両手を強く握って感謝を伝える。

「ちょっ、近寄らないでください」

 振り払われたが感謝は伝わっただろうか? いや、本当に命の恩人なのだが。少なくとも俺をカエルにさせようとした奴より女神だ。

「失礼しました。冒険者登録させていただきます。そして、最安値の宿に予約もしたいです」

「かしこまりました。それでは冒険者カードをお作りしますのでロビーの方でお待ちください」

 水晶部屋を後にして、廊下で待っていたバイン君と目を合わせる。

「マサトさんどうでした?」

「うん、合格したよ」

「おおっ! 流石っす!」

「まあ、余裕だねこんなテスト。朝飯前だよ」

 俺達2人の横を取っていったリサマールさんはなぜか軽蔑した目で俺を見下して、廊下の奥へと歩いていった。まるで道端でおしっこをしているおじさんを見る目だった。

 バイン君がそれに気づくと、庇うようにリサマールさんへと目線を返した。

「なんなんっすかあのおばさn——

 20代後半、いや、30目前に見えるリサマールさんが一番気にしているであろう禁断の言葉をバイン君が言おうとした瞬間だった。

 廊下の先、リサマールさんの方向から飛来した一筋の光がバイン君の顎に直撃。バイン君は意識を失いその場に倒れ込む。それを俺が受け止めた。

 色々スッキリしたような表情となったリサマールさんが奥の部屋へ入っていった。

 ゼリカチャレンジをクリアしたバイン君の反射神経を上回る速度……だと?!

「バインくーーーーーーーんッ!!!」

 よかった怒らせなくて、と安心しながらバイン君の名前を叫ぶことしかできなかった。

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