第6話『封印の残響』

――旧〇〇村・拝殿内


 しゃらん――。

 鈴の音が消えたあと、沈黙が降りた。


 森山は、何も言わず天井を見上げていた。

 佐伯は青ざめた顔で機材を点検し、丸山は周囲を警戒するように拝殿を見回す。


 飯村だけが、ひとつの“音”に気づいていた。

 それは、“記憶にない音”のはずなのに、なぜか知っている音――。


 ぎぃ、と木の床が軋む音。

 何かが“戻ってきた”ような空気の振動。


 「……ここって、封印された場所だったんだよな……」


 森山の低い声が、闇の中で響いた。


 「村人は、“神だった何か”を封じるために、この村ごと異界に落とした。

 でも、本当はその“何か”――自分たちで作った神だったんじゃないのか?」


 「……え?」


 「生け贄とか、祈祷とか、そういうものじゃなくて、“名前”を与えて、姿を象って、信仰の対象にした。

 でも、信仰が消えたとき、“それ”は神でいられなくなった。

 人間が“名を与えた”ことが呪いになったんだ」


 「そして、“神じゃないのに神として作られた存在”が……おかしくなったんだよ」



――東京都内、あるワンルームアパート


 私は、うたた寝をしていた。


 ……いや、夢を見ていた。


 どこかで見たことのある、夏の夕暮れ。

 山道。鳥居。笹の葉が揺れる境内。

 誰もいない村。


 私は、白い浴衣を着た少女の手を引いて歩いていた。


 ユメ。


 確かに、そう呼んでいた。


 拝殿の奥、誰もいない空間に、私たちはふたりで入っていく。

 ユメは、振り向かず、まっすぐと一つの石碑の前に立つ。

 その石碑には、名前が彫られていた。


 でも――不思議と、そこだけ“読めない”。


 ユメは言った。


 「ここに、名前をしまって。だいじょうぶ、わたしが守るから」


 彼女の顔は、笑っていた。

 寂しげで、でも、確かに笑っていた。


 「だから、“神様ごっこ”はおしまいだよ」


 その言葉を最後に、夢はふっと途切れた。



---


 私は、はっとして目を覚ました。


 夢だった――そう思った瞬間、脳裏にひとつの感覚が突き刺さる。


 あの夢は、“記憶”だった。


 あれは、本当にあった儀式。

 あの日、私はユメとともに、名前を“封印した”のだ。


 その封印は、きっと“私が忘れる”ことによって完成するはずだった。

 けれど私は、忘れきれなかった。


 ――思い出してしまった。



---


――旧〇〇村・地下空間(拝殿の床下)


 4人が見つけたのは、崩れた拝殿の床下に続く小さな階段だった。


 狭く、急で、湿気とカビの匂いが充満している。


 その奥に、地下室のような空間が広がっていた。

 祭壇。

 蝋燭の跡。

 そして、中心には、石でできた小さな封碑(ふうひ)が立っていた。


 石碑の表面は摩耗しており、何も読めない。

 ただ、その中央には、誰かの“手の形”のような凹みが残されていた。


 「……ここが、封じられた場所か」


 森山が近づいた瞬間、風もないのに蝋燭の跡から空気がざわりと動いた。


 そして、かすかな声が聞こえた。


 「おかえり……わたしの名前、覚えてる?」


 その声に、佐伯がぎょっとして振り返る。

 けれど、そこには誰もいない。



---


――東京都内・アパート


 私は、ゆっくりと口を開いた。


 「……ユメ」


 その瞬間、部屋の空気が変わる。


 カーテンが揺れ、時計が止まり、照明がふっと暗くなった。

 そして、すぐ耳元で、はっきりと声がした。


 「ねぇ、おねえちゃん。名前、返してくれる?」

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