白藍 晴時

「僕は雨が好き。嫌なこと全てが流れていく気がするから。」



いつの日か、あなたは穏やかな顔でそう言った。


その言葉を体現するかのように雨の中で踊りだしたあなたは、この世のものとは思えないほどに美しかった。


服や髪が纏った水滴は宝石のようにきらめき、踏みしめた水たまりからは星屑が散った。



その後、わたしたちはいつもと同じように別れた。けれど、あなたに会うことはもう二度となかった。



今日も雨が降っている。


雨の日は、いつもあなたを描く。


キャンバスに色を重ね、雨とともに舞うあの日のあなたの残像を追い続ける。


それなのに、どれだけ描いてもあの時のあなたの足音や、纏う香りは蘇らない。

その上、この部屋に流れる空っぽの雨音や漂う冷たい雨の匂いが、私の心を苦しめるのだ。


もしかしたら、あなたが好きだと言ったように、この雨が苦しさを流してくれるかもしれない。


そんな考えが浮かんだが、すぐに消えた。

苦しさを流すどころか、絵の具と一緒に、あなたとの思い出もこの筆から流れてしまいそうだ。



それでも、私は描くことをやめない。あなたの輝きは、記憶だけだと色褪せてしまうから。



ふと、外からの雨音が強くなった気がして顔を上げた。


キャンバスに目を向けると、考え込んでいたためか、絵はほとんど進んでいない。

このままじゃ、あなたの美しさは描けない。少し休もうと筆を置いた。



外の空気を吸いたくて窓を開ければ、雨音がはっきりと聞こえ、微かに雨の匂いがしてくる。


何となく手を伸ばせば雨が当たり、やがて滴り落ちていく。

冷たい水の感覚に、鬱々とした気分が少しマシになったような気がして、たまには雨に当たるのも悪くないな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白藍 晴時 @smile--

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る