かき氷

犬猫あれとぴー

一  夏、それは私が最も嫌う季節。夏という季節に留まらず、夏に関するものには嫌悪が湧くほどに夏が嫌いである。

 この季節では、あたりは太陽光線に尽く撃ち抜かれ、空は目に穴があいてしまうほど深く、蛇口の水は生ぬるいのである。加えて、ひとたび自転車を漕がして川沿いを走れば、訳の分からぬ小さな羽虫が私の顔や胴や口の中やらに突進を食らわせるのである。そして、歩けば歩くでまた、私もろとも太陽光線に貫かれ、傷口から噴き出す体液でぐちゃぐちゃになるのである。それが本当に不快と不愉快そのものなのだ。

 そんな季節は無くなってしまった方が良いと思っているので、何度か季節という概念がないような海外に住もうともしたが、如何せん外国語が不得手な私は諦めるほかなかった。

 それに私は虫も嫌いである。無論、カブトムシであるとかハナムグリであるとか、はたまたダンゴムシであっても、そういう甲虫には浪漫を感じられるものの、あの蝶か蛾かどちらかはっきりしない類とか、蚊や蝿、虻など、私にとっては気色の悪いものの他ならないのだ。

 なので私はこの季節の間、決まって家の空調を存分に効かせた心地よい部屋で過ごすのだ。誰にも邪魔されない不動の城、不沈船の如く、その空間の中で私は肌触りの良い布団に肩まで浸かって心を落ち着かせるのだ。


 そんな夏、それも最も夏が光る葉月のこと。

 そんな私は外に出なくてはならなくなった。こればっかりは外すことの出来ない用事で、やらなければいけないことだった。

 それは私の実家の掃除である。

 親戚も来るらしいのだが、久しぶりにあの古臭い田舎に戻らなければならないと思うと気が引けるし、何よりこの季節に外に出ること自体私には難易度の高い仕事であった。

 しかしこの運命に逆らえない弱い人間である私はこの何トンにもなる重い腰をあげ、遠出の為の荷物を持ち、外の暑さに顔を溶かしながら玄関の鍵を閉めた。



二  私は運転免許をまだ持つことが出来ないので、この遠出を電車とバスで乗り切るしかなく、車で1時間のところを往復3時間弱と2000円強を費やした。

 いくら電車内が涼しいといっても、それは外との相対的な温度感のためであって、どこまで行っても私の家に敵う所はなかった。

 早くあの安全基地へ戻りたいと思いつつ、件の場所の最寄り駅を降りて、すぐそこのホテルに受付を済ませた後、ロータリーでタクシーを捕まえた。


 タクシー代を失念していたため、交通費にいくらか加算されたものの、目的の場所に到着した。以前来た時よりもそこのツルが伸びていて、庭の木々は茂り、枝があちこち飛び出して、玄関を邪魔していたし、同時に私を歓迎していた。中から重い物音や話し声が聞こえてきているため、既に親戚達が来ているのだろうと思ったのだが、それどころではなかった。

 敷地外から玄関までの間には嫌な羽音をぶんぶんと立てながら、自分の寝床の材料を探す蜂と玄関の横の壁に静かに鎮座する血色の悪い蛾であろうものなどが一瞬ごとに意識が入れ替わっていた。それらに怯え立ちすくんだりもしたが、なんとかその凝縮されたジャングルを抜けて土間に入った。

 これによって座り込むほどに体力を消耗した私だが、ふと我に返って馴染みのある玄関を見渡すと、玄関横の小さい子窓から差し込む光が、空気中の埃や塵をその部分だけ照らして、それがどことなく風情を感じるなと見とれていると、一人の見た事のある男が居間の方から顔を出して、そのままこちらに近づいてきた。

「君が…。まぁ上がりなさい。私たちはもう帰るところだから。」

 そう言ってその男はそそくさと居間に戻って行った。そして私が靴を脱いで揃えているうちに、お仲間数人と大きな扇風機を連れて玄関を出ていった。

 もう少ししっかりとした挨拶を出来ないものかなと思いつつ、それは私を思ってのことなのだろうとも思った。

 私はしばらくその上がり框に座って、小窓の揺らぐ光を見ていた。彼らが通ってくれたおかげで、さっきとは様相の違う揺らぎを楽しんだ。そしてそれは何故だか私に特定のノスタルジックを押し付けていた。

 はっと我に返って立ち上がり、私は居間の方へ進んだ。

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